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第14話「暗中」
しおりを挟むあたしは気づくと闇の中に浮かんでいた。
「ここは?」
確か自分は脚の手術をするために病院へ来ていて、ついさっき麻酔のマスクを被せられて。
──でも、あたしには全身麻酔をかけるって先生は言っていた
全身麻酔は脳を眠らせるのではなく、"意識のスイッチを切る"ものであるという話だった。だから夢を見ることもなく、目覚めたら手術は終わっている、と。
あの交通事故もそうだった。麻酔ではなくトラックに追突されたのが切っ掛けではあったけど、あたしは気がついたらベッドの上で、身体中に管や機械が繋げられていて。
──膝が、生身だ
あたしは右膝を触った。左膝と同じ形の骨が入っている。お腹は? ヘソの下あたりにあった、手で触ってもわかるぐらいの傷跡がない。
「これは、夢……?」
周りが真っ暗で自分がどうなっているか判らない以外は、手足の感覚もある。こんなに"リアルな夢"、最後に見たのはいつだっけか? 確か子供の時に、お父さんの車に乗ってて──
『あなた、後ろからトラックが』
お母さんの絶叫が聞こえ、何かが潰れるような音と同時にあたしは吹っ飛ばされた。
「あああああっ!!」
それは奇妙な感覚だった。自分の悲鳴、そして全身に遅いくる痛み。特に右膝とヘソの下は、言葉に出来ないぐらいの痛さなのに、まるで他人の苦しみを上から眺めているような感じだ。
──痛い痛い痛いっ!!
それでも痛いことには変わりがない。お父さんとお母さんを呼ぼうとしたけど、口から出るのは"痛い"という言葉だけ。
「……いてる!手が動いてるぞ!!」
「聞こえるか!? 今、助けるからな!」
どれぐらい時間が経ったかわからなくなってから、大勢の男の人の声が聞こえてきた。それからメキメキ、ガリガリと何かを壊してる音。
「生きてるぞ! 生存者発見!」
「腹部の出血が酷い……下肢の一部も! 輸血の準備を」
ああ、これはあたし、死ぬんだ。脚から、お腹から、あたしの大切な何かがどんどん漏れていくのがわかる。このままあたしは──そう思ったところで、音と痛みはプッツリと途絶えた。
──あれは、あたし?
遠くに見えた光の中に、あたしの顔が見えている。あたしは必死で手足を動かして、その光に這い寄った。
「皆川先生、これは……」
「これから君のリハビリや生活を助ける事になる、AIアシスタントだよ」
夏海先生が抱えているタブレットに、シェリーの姿が映し出されていた。
「はじめまして、高水理奈さん。私はナシェリア。あなたの介護を担当する高機能汎用型AIです」
シェリーが礼儀正しく挨拶をしている。でも、その姿は今のシェリーとは何かが違う。動きはぎこちないし、表情も固い。
光がふっと消え、また別の光が現れた。光の中で、あたしが必死に歩行のリハビリをしている。何度もよろけて床へ座り込んでは立ち上がり、またよろけて。
一往復して車椅子へ倒れ込むようにすがりつく。傍らのテーブルに置いてあったタブレットから、シェリーが声をかけた。
「理奈さん、よく出来ました」
「……」
息を切らしながら車椅子に座ったあたしは俯いて、無言のままだ。
「このまま順調にリハビリが進行すれば、半年で歩行できるところまでは回復できるはずです」
「……本当に?」
俯いたままのあたしがボソリと呟いた。
「はい。昨日と比較して、継続した歩行距離は1m23cm伸びています。これを元に算出した回復曲線は──」
「……もういい」
「理奈さん?」
「もう治らなくていい。地面に右足を着けるだけだ痛いし、こんな思いするならもう歩けないままでも」
あたしがシェリーから目を逸らしたままぼやいている。そうだ、あの時私は絶望していた。
「でも理奈さん、あなたの事を心配している人達が」
「いないよ、そんな人」
「そんな……」
「どうだっていいのよ、もう!!」
あたしがタブレットを睨み、叫んだ。
「脚が治って歩けるようになったところで! お父さんもお母さんもいないじゃない!!」
「理奈さん、落ち着いて」
ああ、火に油だ。シェリーの仏頂面、作られたような端正な笑顔。あの時全てが私の神経を逆撫でしていたのを思い出した。
「……だから私のことはもうほっといてよ!!」
散々シェリーを罵倒した挙句、あたしはタブレットを引っ掴んで床に投げつけた。
違う、止めて……止めて! あの時シェリーは、あたしの回復を真に願っていたの。だから、シェリーをそんな風にするのはダメ。
『止めてぇ!!』
あたしが声を絞り出した瞬間、光も、自分の身体の感触も──全てが消える。あたしの意識は闇の中へ吸い込まれるように散っていった。
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