御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

八千古嶋コノチカ

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御曹司の初恋ーーお願いシンデレラ、かぼちゃの馬車に乗らないで

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「あぁ、分かった。俺も戻るから」

 部屋の外では斗真さんがそう返事をしていた。通話相手を宥める声音から帰国を促されていると察する。

「姫香、すまない。すぐイタリアへ戻らなきゃいけなくなった。色々詰めなきゃいけないが、ひとまず身ひとつで付いてきてくれないか? パスポートは実家だよな?」

 ドアを開くと少し早口で伝えてきた。

「斗真さん、私」

「急ぎ過ぎている自覚はある。でも姫香と離れたくない。これからする商談は俺じゃないといけなくて、会社にとってのメリットも大きい。姫香と仕事を秤にかけたくないが、どちらも大切だ」

 抱き締められ、父の事を言い出せなくなる。
 むしろ仕事と秤へかけられるのが光栄だ。事情を話して斗真さんの心の天秤を私へ傾けたいとは思えない。

「イタリアへは斗真さんが先に行き、私は後から向かうっていうのは駄目かな?」

「何故そんなに焦らす? 言ったよな? 姫香を一時も離したくない。やっと叶った初恋を置いてイタリアへ帰れないよ」

 父が倒れたと知っているが、詳しい病状は知らないのだろう。浅田さんの件はともかく、彼が私の家を不躾に詮索するはずないから。
 ここで父の容態が急変したと告げれば、斗真さんは大切と言っていた商談を放棄しかねない。

 ーーピンポーン、インターフォンが響く。

 きっと、わたしを迎えに来た運転手が鳴らした。

「私、イタリアへは行けない」

「え? 姫香?」

「ごめんなさい、付いていけないの」

 斗真さんを剥がし、首を横に振る。


 まさかノーを突きつけられると思っていない彼は見開き、戸惑う。私を抱いていた腕がダラリと垂れ下がる隙に玄関へ移動する。

「ま、待って、姫香! 何処へ行くんだ?」

「迎えが来たから帰ります」

「迎えって……イタリアには来てくれないのか?」

「今すぐには行けないです」

「急にどうした? 性懲りもなく浅田がちょっかい出してきたのか?」

「浅田さんは関係ありません」

「ならキスが嫌だった? スキンシップが慣れないようなら姫香がいいと言ってくれるまで自重する。だけどイタリアへ連れて帰るのは待てない。何か理由があれば話してくれ」

 頼むよ、と斗真さんは訴えた。私の心変わりに腹を立てたりせず、丁寧に歩み寄ろうとしてくれる。無論、キスやハグが嫌なはずがない、嫌なはずないのだけれど。

 それ以外は近付かないでと念じる。

「……今すぐが無理だって言うけれど、いつなら来れそう? せめて期日を設けてくれないか? 確かな約束が欲しい。姫香をその日に迎えに来るよ」

 これは最大限の譲歩である。私は背を向けたままドアノブを握り、目を閉じた。

「ごめんなさい」

「俺は怒ってない、謝らなくていい。訳を話してくれれば力になる」

 必死に説得してくれる最中、斗真さんの携帯がまた震えた。対応するか迷う空気に私は呟く。

「電話に出て下さい」

「ーーすまない。すぐ終わらす」

「いえ、仕事の話でしょうし。私、お邪魔にならないよう外に出てますね?」

 今しか振り切るチャンスは無かった。

「お、おい! 姫香! 待て!」
 
 勢いよく飛び出すと待っていた運転手とぶつかる。斗真さんの静止を聞かず、そのまま運転手の手を取ると車へ向かった。
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