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二章 主従

世界を操る者達

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「フ、フフフ、フハハハハハ! そうか、ついにルードが落ちたか。でかした!」

「もったいなきお言葉にございます、我が王」

 国王マリオンの前に跪くのはメイド姿の女。
 ルード付きのメイドであった。今まで散々手を焼かされたルードが、ようやく薬の手によって落ちたと報告を聞き、マリオン王はようやく憂いは払拭されたと大笑いしてしまったのである。

 実の息子に手を掛けた事実を前に、リボイスは糸の切れた人形の様にその場で寝転ぶルード王子を残念に思い「助けられなかったか……」と苦渋の表情で状況を見守るしかなかった。

 兄マリオンのジョブはマリオネット。
 意識を失った相手を意のままに操り、まるで人形の様に扱う。
 そして最も邪悪なのは、一度糸を通した後は相手の意識に関係なく肉体を操ることにあった。

 これによって弟は守るべきメイドに背後から刺され、後を追う様にメイドも自身の腹を刺し自害したことで事件は迷宮入り。
 
 一緒に兄を追い落とそうと協力していたリボイスは道半ばで敗走し、兄マリオンに忠誠を誓う形で生かされた。
 忠誠を誓う際に肉体に糸を通されている。
 今現在、マリオンは愛した妻も、実の娘にさえ疑いの目を向けて糸を通した。

 しかしルードだけがそれに抗った。
 今の今まで糸をつけるのに苦戦したからこそ、兄マリオンの喜びはひとしおだったのである。

「お前の息子も我が配下に加えてやっても良いのだぞ、リボイス?」

「お戯れを」

「お前は何を考えているのかわからんからな。息子に変な教育を施してないか気になっている」

「もちろん、いつでも国がより良くな事を考えておりますよ」

「国は私だ。私こそが国である。それをゆめゆめ忘れるな?」

「御身のままに」

 リボイスは心にもないことを口から吐き出し、王国奪還に向けて新しいプランを考えていた。


 ◆


 一方その頃。
 ルードの擬鎧を操っていたはずのアルフレッドは……

「やば、寝坊しちゃった」

「昨晩は随分とお楽しみでしたものね」

 サリィの言い分では、深い意味がある様に取れるが、楽しむ方向性が若干違う。別館に来訪したのは兄コモーノ。
 そして久しぶりに組み手でもしようと擬鎧越しに刃を構えたのだ。

「擬鎧越しだと随分えげつなかったからね、兄さん」

「圧倒的でございました」

「まさか今までの攻撃の隙を、わざと残してフェイントに使うなんて思わなかった」

「おぼっちゃまらしくない動きだと思ったら、そんなことが起きてたんですね」

「やっぱりサリィも見えてたか。兄さんて別に弱くないんだよね。でも僕に対抗意識燃やしすぎてて、基準が僕なんだ」

「おぼっちゃまを基準ですか……それは流石に」

 メイドの中では落ちこぼれといえど、冒険者ランクで言えばA相当の腕前を持つサリィ。
 そんなサリィから見てもアルフレッドは化け物だ。
 もし冒険者になってたら、史上初、最年少のSSSランク冒険者になってたっておかしくない。

 そんな相手に勝利するための技術を磨く者。
 それがコモーノ様。
 以前までの傲慢さを脱ぎ去ったら、こうまで別人になられるのかとサリィを持ってしても目を見張るものがあった。

「ルード様も飛び入り参加で手合わせしてたからね」

「魔剣なしで圧倒されてました」

「兄さん曰く、魔剣に頼ってたら弱くなるから使わないそうだよ?」

「普通は魔剣士ですから上手く魔剣を扱うのが普通ですのに」

「兄さん、負けず嫌いだから」

「本当に。でもおぼっちゃまもそう言うところありますよ?」

「え、そうかな?」

「そうですよ。それよりもお食事の時間です。どうされますか?」

「先にいただこうかな。お仕事の件は食後にでも考えるよ」

「かしこまりました」

 食後、アルフレッドは擬鎧に意識を通すなり即座に違和感を感じ取る。

(あれ? なんだこれ。まるで全身に糸をくくりつけられてる様な? まぁいいか……ふん!)

プツン、と気合い一発で外れる糸。
当然マリオンが仕込んだ操り糸であるが、擬態の主人はアルフレッドなのでアルフレッドが邪魔だと感じたら外されるのだ。

マリオネットの決定権は主従の関係で決められる。
親と子なら親に決定権がある様に、本来ならルードはマリオンの操り人形になっているはずだった。しかしコモーノの企みで本物のルードは別館にて匿われ、偽物のルードが王宮で暮らしていることを知ってるのは妹のマーナぐらいである。

「よし、肩周りが随分軽くなったぞ。次は足、胴体も。よっと」

 プツン、プツンと全身に巻かれた糸が弾けていく。
 そこへ扉に入室許可を求めるノックが鳴らされた。
 ルードのメイドはノックをしても返事を待たずに開け閉めするので、それを咎めることはない。
 そもそもルードは寝たきりのことが多く、返事がないなら尚更入室するほかないのだ。

「お目覚めになられましたか、ルード様」

「おはよう、ウーラ。今日もいい天気だね」

「……何故、その様なお返事をされるので?」

「何か変?」

「……(すっごい変です! なんで起きて自由意志で動けてるんですか? 陛下の糸が入った子達は質問に空返事で答える生きた屍になられるはずなのに! もしこれがバレたら私咎められちゃうわよ! よーし、こうなったら是が非でも隠し通すわよ! がんばれウーラ・ギリモノー。私ならできる!)いいえ、随分とごゆっくりお休みになられてたので、心配してました」

「今日は随分と気分がいいんだ。まるで憑き物が落ちたみたいだよ」

 んー、と背伸びをするルード。
 本当に糸が張られたのか凝視するウーラ。
 穏やかな午後の日差しは騙し合う二人にスポットを当て、再び寝入るまで続いた。


 ◆


「なに、ルードが目を覚ましてる? なにを馬鹿なことを」

「メイドの様子がおかしいので、部下に様子を探らせたら、案の定糸が外れたことを隠しておりました。メイドは事が露見するのを恐れ、隠し立てしようとしたとのことです」

「私の糸を弾いたと? どこまでも忌々しい奴め!」

「どうされますか?」

「巫女を呼べ。私の運命に翳りがないかを見定める」

「わたくしならここにおりますよ」

「まだ登城許可を出しておらぬぞ、クーシャ」

「あら、貴方とわたくしの仲じゃない。そこは顔パスでなんとかしてくれない?」

 クーシャ・ゲンサ。
 ゲンサ公爵家の令嬢でありながら、未来と過去を見通す目を持つ私と兄の同年代の女性だ。
 しかし顔立ちや背格好は当時の学園生のまま。
 リボイスやマリオンだけが老け込んだ様な錯覚を覚えるくらいに若々しい。

「ちょうど良かった。あれから随分と運命が変わった様に思う。私の道を今一度問おう!」

「そうですわね、それについてお話ししたくて参りました」

 クーシャは真ん中で左右に分けられた銀髪を耳の後ろにかきあげ、パープルアイをマリオンに向けながら口を開く。

「この国はあと10年持たないでしょう」

「馬鹿な! 誰が私を裏切ると言うのだ?」

「それはマリオン様が一番知っておいででしょう?」

「国王陛下の前である、私語は慎まれよ」

「あら、相変わらず頭でっかっちなのね、貴方は」

「何を!?」

 リボイスが腰の剣に手を伸ばす。
 それより先にクーシャが動いた。

「ワールドストップ」

 クーシャの言葉に、今まで息をして動いていたすべての動植物が動きを止めた。

「全く、誰かしら。私のシナリオをめちゃくちゃにしてくれた奴は!」

 まるでこの世界の行末を知ってるかの様な物言いの少女は、遠くを見据えて目を細める。

「凶兆はスグエンキルにあり」

 すぐに宣託が降りてくる。
 それは一番あり得ない。
 なにしろそうデザインしたのは他ならぬクーシャなのだから。

「この代のスグエンキルと言えば、血塗れ侯爵の幼少期よね? 弟を殺してすぐに位階をⅩまで伸ばし、どう転んでもバッドエンドまっしぐらなはず……」

 すぐに考えをまとめ上げる。
 何度シミュレートしても、クーシャの演算はコモーノがバッドエンドの道を歩む。
 そう仕向けたのは他ならぬクーシャであるからだ。

「まさか弟が生きてる? だとしたらありえるかも!」

 王の采配。あれは悲劇の幕開けの舞台装置。
 スグエンキルに生まれさせれば番犬システムが発動して闇落ちバッドエンドルート確定。
 その想定が根本から崩れ落ちるのだ。

「でも問題はどうやって生き延びたかよね?」

 番犬システムは強力な強制力。どんなに魔剣の使用者の意思が強くても、魔剣の契約で暴走状態になる。そこで楽しい思い出を代償に無双するのがお約束な筈。

「なんにせよ、リテイクが必要だわ。テコ入れするにしてもどこから手をつけるべきかしら。まずは疑いの目をかけられるのも鬱陶しいし、こいつらから片付けるか」

 クーシャは無礼者と斬りかかろうとしてきたリボイスの決定権を奪い、従者に仕上げた。
 愚王マリオンはオートモードで。
 これでよし。

 クーシャはシナリオに沸いたバグを見つけ次第潰す作業に没頭した。

「あーあ、残業は勘弁してよ?」

 彼女が消える際、口の様な言葉が漏れるも誰もそれを気に留める様子もない。時は再び動き出し、マリオンの悪巧みにリボイスが胃を痛める日々が続いた。
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