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三章
エルフの糸使い⑥
しおりを挟む「何を射掛ける?」
「取り敢えず全部」
「ははは、やるだけやってみるよ」
「的が大きいから肩の力を抜いていいよ」
ピシュピシュと放たれた弓を面倒臭そうに払うレンゼルフィア。
それすらも計算。
あとは一気に勝負を決めるべく、激しく動き回るまで時間稼ぎ。
ウッディさんの矢には『切断』を付与してある。
直撃せずともそれは対象へ《出血》の効果を……スタミナ回復無効の効果を与えて行く。これらも布石の一つ。
ヘイトは上。
そしてレンゼルフィアは鬱陶しいハエでも叩き落とすように飛び立ち、空を掴んで踏み込んだ。
ここで事前に仕込んでいた糸に切断をONにする。魔力で編んだ糸はダメージがないため認識されず、鋼が付与されたその糸で、レンゼルフィアの高い膂力が仇となった。
そして切断には出血の他に、もうひとつ狙いがあった。それは痛みを対象へ与える事。
ダメージは無いのに痛い。それがじわじわと心を恐怖で満たす為の足がかりになる。
発動タイミング次第で謎の痛みを伴う見えない攻撃にレンゼルフィアは空を掴み損なって背中から地に落ちた。
落下ダメージは高さに重量が加わるため、軽くは無いダメージが加算される。
ステータス看破が無いため詳細は見えないけれど、HPバーが半分に到達した事は見て取れた。
「よーし、撤退だー」
「オッケー」
「ええっ!?」
「逃げ回るよー」
ウッディさんから不安な声。
別に打つ手がなくなったわけじゃ無いけれど、少しスリルも味わってもらおうか。どうも簡単にクリア出来るとタカを括っているようだし。
それから私達は逃げ回った。
逃げの一手である。
しかし出血効果でスタミナが直ぐに尽きた。スタミナ0の疲労がレンゼルフィアに大きくのしかかる。
スタミナが0になると走る事も、動く事もできなくなるデメリットがつきまとう。
そしてそれが回復しないのなら?
それは数ある攻撃手段が絞られて行く事になる。特に魔法には詠唱が欠かせない。それはMOBであろうと適用される。
声が出せずとも精神が集中できれば問題ないのもあるが、このレンゼルフィアの場合はそれを咆哮で誤魔化す癖がある。
咆哮からの魔法がこの狼の常套手段。
だけど既に咆哮は対策済み。
動き出すたびに痛みが行動を縛り、青空なのに頻繁に起こる落雷でレンゼルフィアは地に伏した。
開戦から大体30分ぐらいである。
所詮弱体化したレンゼルフィアなどこんなものだろう。
約束された勝利に興奮も感動もない。
単純作業を終えたパーティメンバーに労いの声をかけ、私達はボスエリア前で歓声に包まれた。
押しかけてきたプレイヤーの中から抜け出して、放心していたリージュさんの元へ足を運ぶ。
「どう、あんなビルドでも意外と戦えるでしょ?」
「…………」
返答は無言。言葉以上に私を見上げる瞳が訴えてくる。そのビルドの真意が知りたいと。何をやったのかと。
だけど教えてあげない。
ここで一人だけに教えるのは他のプレイヤーにフェアじゃない。だからヒミツ。
自分で答えにたどり着いて欲しい。
そう願いを込めて、リージュさんの下を立ち去る。
ウッディさんとはここでお別れ。
彼には急ぎの仕事があるらしいと街へ急行した。そして私には新たな仕事が舞い込んだ。既に取り決められていた風な態度にやきもきとするが、それらは直ぐに打ち消される事になる。
ワールドアナウンスの前兆である荘厳な鐘の音が聞こえてきたからだ。
私は何もしていない。
マリさんも身に覚えがないらしい。
そして……
《ムサシ率いる『パーティ:俺の生き様』によって森林ボス『妖艶』のルステフェルドが討伐されました》
《森林フィールドボスが討伐された事により、本日からゲーム内時間で30日間、森林フィールドのエリアデバフの効果とMOBの能力が30%弱体化します》
《ドライアドのジョブリストに「糸使い」の条件が解放されました》
《イマジンの酒場に【英雄】NPC:ノワールが配置されました》
《英雄が2名解放された事により、ユニーククエストが解放されました。情報は冒険者組合でランク:C以上で購入できます》
《引き続き Imagination βrave Burstの世界をお楽しみください》
ワールドアナウンスの告知を聞いて、その内容を飲み込むまでに数分を要した。
それは私の心をかき乱すのに十分な威力を持っていた。
【英雄】ノワール
懐かしい記憶とともに甦るのは黒歴史の数々。それが人前に出るという事態に思わず顔から火が出るほどに、羞恥心が沸き立った。
「ミュウさん、先を越されちゃったね?」
心配そうに覗き込む彼女の顔。
声にはいつものバカにしたような色はなく、言葉通りのストレートな気遣いが乗せられていた。
「うん。出来るだけ秘匿していたかったのに」
彼女は沈黙で肯定した。
近くでその存在を知っているが故の沈黙。
「だって……ねぇ?」
誰に問うでもなく、力ない言葉がエリア内の空気に染み込んでいく。
ノワール。その存在が引き起こすであろう出来事を想像して、私はその場で悶絶するも、自暴自棄になりながらストレスの発散場所を求めるようにレンゼルフィアをキッと睨みつける。
元はと言えばコイツが……コイツの元になったやつが原因である、そう呪いを込めて見やる。ちょっと当時のオーラが出てしまったが無視する。
「マリさん、オーダーは?」
見送られた時のやたら調子良さげなプレイヤーの顔がチラつく。きっと裏があるに違いない。
「気づいちゃうか」
「そりゃ、横入りしたのにあんなあからさまに見送られたらね」
「うん、そだね。ウッディさんがクランハウスの件で商談を持ちかけて副次的なおまけを設けたのが大きな原因ではある」
「……だから事が露呈する前に帰ったと?」
「それもあるし、仲間を集めて準備しているのかもしれない」
「分かりました。戦闘回数だけ教えてください。あとの処刑メニューはこちらで構築します」
「おー怖。ノワール再臨だね。それで? 噂を加速させちゃうわけだけど、その真意は?」
「もうお分かりでしょう? ムカついた。それだけです。それに今日は色々と振り回されてフラストレーションが溜まってるんです。シャルロットに闇影、それにマサムネ。一体あいつらは私に何を求めてるんですか? マリさん、知ってますか?」
少しヤケクソになりながら食い気味に問い詰めます。
しかし「知らないよー」と身振り手振りしながらも心底困惑していました。これは白ですか。チッ。
「マリさんの手引きではないと?」
「あたしは万能でも無ければ神様でもないよ? おおかた掲示板で噂を聞きつけて二陣でやって来たんじゃないかな?」
「二陣……それっていつ?」
「確か火曜日からだから5日前?」
ああそれで。リージュの言っていた言葉をすり合わせ、あいつらにしてはおとなし目だったことを考慮する。
ドライアドにチェンジ。
そして公にされ気味な事実を肯定するように、自身はノワールだった事実を打ち明けた。
しかし帰って来た反応は意外にも「お帰り」と言う優しい言葉
大半は「やっぱり」という言葉であったが、形はどうあれ復帰プレイヤーというのは嬉しいものなのだそうだ。
でもだからと言って前作のようなプレイングを期待されても困る。実に困る……という事で、今回の参加はあくまで一時的であり、週末の息抜きで決してガチではないと言及しておいたし、マリさんにも口頭で伝えてもらった。
その事を伝えた上でソロでレンゼルフィアに対峙し、本気を見せたところ……「少しも衰えてない」などの賛辞を貰う。
あれ、これ喜んでいいのかな?
わたしとしてはもっとこう…「ブランクがあるからしょうがないよ」的な心配をかけられると思ったのに……むぅ。うまくいかないなぁ。
『じゃあみんな、近くで参戦したい人を5人集めまーす。順番極めはマリさんがしてくれます。押さないで、押さないで。じゃあマリさんよろしく。こういうの得意でしょ?』
「また唐突に。別にいーけど。こっちは街に他ゲームと同様の活気を取り戻すのが狙いだし。はーいじゃあ一列に並んで~。最初の5人をじゃんけんで決めまーす。追加分はどうする?」
追加? 後から参加希望の方ですか?
んー、気分次第なところもあるし、ストレス発散が目的だから問題ないかな?
『そこらへんは適当に。ただし見学だけってちゃんと言ってね?』
「あいよー」
結局その日、レンゼルフィアは15パーティ分の死と再生を繰り返し、腹いせで30回死んだ。そして死と再生の末路、弱点の項目に「ドライアド:ミュウ」と追記されたのは運営も知らない事柄だった。
その日はみんなに見送られるようにして街に帰るとすぐにログアウトした。
「酒場に寄って行こう」なんてマリさんに誘われたけど、リアルの話を振ったらすぐに諦めてくれた。今日頑張るって言ってたしね。本人が忘れてどうするのやら。
◇
VRマシンから起き上がり、就寝の準備をしていると電話がかかって来ました。
確認すると孝さんでした。こんな時間に一体どうされたんでしょうか?
「はい、高河です」
「祐美か? 琴子は帰って来ているか?」
電話口の彼は少しご機嫌気味に興奮していました。
「いえ、一度忘れ物を取りに帰って来ましたけど、またすぐに出かけていかれました」
「そうか、それじゃあ今から出かける準備をしてくれないか?」
今からですか?
時計の針は20時を少し回った頃。
「分かりました。なんの準備もしていませんので30分程頂戴したく」
「それくらい待つさ」
「ありがとうございます。それにしても、なんだか嬉しそうですね。何かいいことでもありました?」
いつもより言葉に熱を込めて語る彼に、それとなく尋ねてみる。聞けば昔引退してしまった、追っかけをしていた頃のVRアイドルの復帰が決まって年甲斐もなくはしゃいでしまったのだと打ち明けてくれました。
「まぁ、それはおめでとうございます」
「ありがとう。君はそういうのは気にならないのだな。もっと嫉妬されるのかと、いや、僕は何を言っているんだろうな。気にしないでくれ」
興奮から余計な事を口走った事を後悔しているような素振りを出しながら、彼は雄弁に想いの馳せを綴ってくれました。
それで少し遅れてしまったのは内緒ですが、彼は笑って許してくれました。
その日私は彼と共に夜の街へ赴き、そのまま一夜を共にしました。
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