【完結】ドライアドの糸使い

双葉 鳴

文字の大きさ
63 / 109
四章

閑話◇魔王の片鱗

しおりを挟む
 ◇side.ウッディ


『こんにちは、ウッディさん。そこの雑木林借りていい?』
「やあミュウ君、今朝ぶりだね」
『うん……』
「少し暗いね。どうしたんだい?  僕でよければ相談に乗るけど。こう見えて人生経験は豊富でね。なんでも頼りたまえ」
『あはは、なんだかウッディさんが頼もしい。それで場所はお借りしても?』
「どうぞ。こちらとしても君に直々に手入れしてもらえるのなら願ったり叶ったりさ。ああ、そうそう。復元の際、気持ち色をつけておいてくれると嬉しいかな?」
『うん、わかった。わたしがこれから何をするかは聞かないの?』
「聞いて欲しいのなら聞くけど、君は聞いてほしくはなさそうだ。だから聞かない。それじゃ納得できないかい?」
『ううん、ありがとう。それじゃあまたね。ちょっとうるさくなると思うから他の人に伝えといてくれる?』
「わかった。みんなにはそう伝えておくよ。あまり根を詰めすぎるのもよくない……と、今の君には余計なお世話かもしれないけどね」
『ふふ、変なウッディさん。でも、そうだね。そうする。それじゃあ』
「うん、またね」


 僕は彼女をできる限りの笑顔で送り出し、すぐに背を向ける。
 時は再び流れ出し、それと同時に恐怖に飲まれた。心臓は煩いくらいに鳴り響き、生きてる喜びに打ち震えるように体へ血液を送り出す。汗腺からは脂汗が流れ出る。気づけば全身汗びっしょりだ。その不快感よりも、何よりも彼女におきた変化が気になった。


「なんだアレは……」


 喉の奥から絞り出した声はいつもより皺枯れていた。喉は渇き切り、水分を求めている。
 これがいつのまにかかかっていた<状態異常(バッドステータス):恐慌>による効果だろうか?
 その恐ろしい効果を身を以て体験した僕は、脱力した体をなんとか動かそうとアイテムバッグを探り、しかし該当するアイテムが存在しないことに絶望した。


「クソッタレめ。起こしちゃいけないモノを目覚めさせたな。誰が、何の為に……」


 ミュウ君……ノワールに連なる伝説にはいくつか目を通した事がある。
 しかしその殆どが荒唐無稽な作り話に過ぎず、信憑性も何もないモノだった。
 しかし本人に出会ってそれを確信する。
 アレは違う。全く別の存在だ。
 精霊である事とかどうでも良いぐらいに思考が別ベクトルにある。
 だからこそ彼女は英雄足り得たのだろう。それをなんでもないかのように振るう彼女が怒っていた。
 それがどれほどの効果を及ぼすかはわからないが、ただ一つわかることがある。

 それは彼女があそこまで怒る出来事が午前中に起こった事だ。
 それが誰の陰謀かはわからない。それが誰にどれぐらいの規模で振るわれるのかも分からない。
 僕が思うのは “余計な真似をしてくれた” ただそれだけだ。

 まだほんの初期症状。僕の妻も普段は優しいのに、一度拗れると半年は口を聞いてくれない。それぐらいに怒りが長引くのだ。だからこそわかる怒りの症状。
 普通に話しているのにもかかわらず、圧力がすごくて冷や汗が止まらないのだ。

 にも関わらず、それがミュウ君の場合は死を悟ったのだ。生き残ったことを喜ぶように心臓は跳ね、呼吸ができることを体が喜んでいる。だがこれだけで終わるはずがないことは火を見るよりも明らか。

 見ているのだ。僕は彼女の力を目の当たりにしている。一般常識の斜め上の能力を当たり前のように振るう彼女が激情に任せて力を振るえばどうなるかなんて想像に容易い。

 まず最初にフィールド全体に激しい縦揺れが起こった。地震ではない。
 イマジンの街に今まで一度も地震など起きたことがないからわかる。
 次に雑木林の木が一本残らず宙を舞ったのだ。雑木林だと思ったエリアは更地になり、そこにミュウ君が歪な笑いを浮かべて立っていた。
 おかしい。精霊に……特にドライアドは表情の変化に乏しいはずなのに。
 彼女はとても豊かな表情で笑っていた。三日月を思わせるほど口が裂けていた。
 ただそれだけなのに、地の底から滲み出るような笑い声が聞こえた気がした。

 そこへ打ち上げた木がミサイルのごとく降り注いだ。だけどミュウ君は一歩も怯まずに降り注ぐ木を浴びていた。
 高笑いが聞こえる。いや、笑ってはいない。声は聞こえない。地響きだけがしつこいくらいに鳴り止まない。でも笑っているように口が裂けていた。不安になる。あの顔をずっと見ているのはひどく不安になる。怖い、怖い、怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわい。

 音が止んだ時、そこには惨状が広がっていた。雑木林なんてものは地図上から消されてしまったかのように、否。初めから存在しなかったようにそこはほじくり返された土だけが無残に広げられていた。これが一人の人物が引き起こしたことなのか。
 同時に絶対に怒らせないようにしようと心に何度も刻み込む。

 やがて耕されたエリアは淡い光に包まれた。この光景は知っている。《復元》だ。死の大地に再び緑が咲き誇る。芽が出てそれが大きくなり、成長が早送り再生していくようにそこへ再び雑木林……なんて生易しいものではない。ジャングルが出来上がった。

 でも、これで終わりじゃないことはわかる。だって彼女は笑っていたから。可笑しそうに笑っていたから。そして木が、見たこともない生態系の木が、飛ぶのが当たり前のように宙を舞った。次々と宙を舞う姿はまるで曲芸でも見せられているかのような気分にさせてくれる。
 けどそれがそういう類のものじゃないことは彼女の顔を見ればわかる。アレは違う。楽しんでいない。いや、愉しんでいる?  わからない。僕は彼女が分からない。さっさとこんな場所を逃げ出したいのに、腰が抜けて一歩も動けない。
 逃げなきゃ死ぬ。しぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬ
 ……あっ。

 変な声が出た。

 それがどんな心境で出た声であったかはわからない。ただ、これが当たれば死ぬなぁ。
 そう思わせる巨木が僕とすぐ後ろにあるログハウスに影を落とした。そんな時に喉の奥からそんな声を出していた。
 意識が途切れる直前、彼女の声を聞いた気がする。
 怒っているような、泣いているような、それを笑ってごまかしているような悲しい声。いつまでも耳に残る声だ。
 その声をBGMに、僕の意識はそこで途切れた。






 ◇side.アーサー

 最近は森林フィールドにプレイヤーが持っていかれてしまったが、草原フィールドボス前はそこそこ賑わっている。


「アーサーさん、ちょっとこっち来てください」
「なんだ?」
『こんにちは、アーサーさん。次やりたいんだけどいい?』
「ミュウさんか。悪いけど一番最後に並んでくれ。みんな順番を守ってくれているんだ。たしかにミュウさんは強いけど、そういう問題じゃない。こういうゲームだからこそのルールはある。マリさんもそういうことを教えて欲しいよな」
『わかった』
「そうか、わかってくれるか。それじゃあ最後尾に案内しよう。こっちだ」
『全員居なくなれば良いんだね?』
「は、何を?」


 何が起きたかは分からなかった。瞬間ぞくりと肌が泡立ち、気がつけばオレ以外の全員が光の粒子を撒き散らしていた。


『これで順番待ちしている人がいなくなったね。参加していい?』
「何を……あんたは一体何を!」
『……アーサーさんもわたしの敵?』


 その言葉を聞いてオレは声を出せなくなった。その目を見て、オレは……オレは?  オレは何をしていたっけ?

 気づけば天井のシミを数えていた。見渡せばつい先ほどまでボスエリアの前で屯ろしていたパーティが全員ベッドの上で頭に疑問符を浮かべていた。
 どうにも思い出せない。
 最後に誰かの顔を見た。
 そうか、ログを見れば良い。
 そう思って、ログを覗いて……

 <プレイヤー:ミュウによってキルされました>


 その言葉の意味を脳が理解できなかった。


「キル……された?  オレが……ミュウさんに?」


 いったい、どんな理由で?


「アーサーもか?  一体どういうことだ?  彼女がノワールである事は周知の事実だ。だけど彼女にはちゃんと良心も思いやりもあった。そんな彼女だからこそオレたちは一般プレイヤーとして変に騒ぎ立てるような事はしなかった」
「ああ……」
「だが今日のはどういう事だ?  まるで感情だけで動いている獣そのものじゃないか!  ただ自分の意見が通らなかっただけでキルされた。
 あんたがあの子を一番よく知っているって、だから任せたんだぞ!?  どう責任を取るつもりだ!」
「分からない、彼女は本当にミュウさんだったのか?  彼女の目を見ると鳥肌が治らないんだ。頼む、だれかこの症状を止めてくれ、頼む!」
「諦めな。この状態異常に効くポーションはまだ出回っていない。レシピどころか素材もありゃしないんだ」
「そんな……」
「ノワール」


 誰かがボソリと言った。興奮したように歓喜の声を上げている。完全に目がイっている。正気じゃない。だけどその声がやけに耳に残った。


「ノワールが復活したんだ!  側だけじゃない、内面も!」


 その感情だけで何の信憑性も無い言葉に、妙に納得した自分がいた。
 ノワールの復活。誰かが望んでいた未来にたどり着いたのだろう。
 それがムサシさんの手によって引き起こされたのなら、遅かれ早かれ至った道だ。

 だけど、本当にアレがノワールなのか?  掲示板で噂されているよりも8割り増しで最悪じゃないか。タダでさえ、能力でさえ手に負えないのに、あんな野生の獣みたいなものがノワールだと!?


「ムサシさん、あんたはいったいなんてものを復活させたんだ……」


 それがオレを含めた被害者の総意であった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

幼馴染パーティーから追放された冒険者~所持していたユニークスキルは限界突破でした~レベル1から始まる成り上がりストーリー

すもも太郎
ファンタジー
 この世界は個人ごとにレベルの上限が決まっていて、それが本人の資質として死ぬまで変えられません。(伝説の勇者でレベル65)  主人公テイジンは能力を封印されて生まれた。それはレベルキャップ1という特大のハンデだったが、それ故に幼馴染パーティーとの冒険によって莫大な経験値を積み上げる事が出来ていた。(ギャップボーナス最大化状態)  しかし、レベルは1から一切上がらないまま、免許の更新期限が過ぎてギルドを首になり絶望する。  命を投げ出す決意で訪れた死と再生の洞窟でテイジンの封印が解け、ユニークスキル”限界突破”を手にする。その後、自分の力を知らず知らずに発揮していき、周囲を驚かせながらも一人旅をつづけようとするが‥‥ ※1話1500文字くらいで書いております

処理中です...