ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴

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92話 ダンジョンブレイク【札幌】1

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「ハッ! メシ!」

 熟睡してたのだろう、リクライニングを限界までフラットにして雑魚寝してた俺は、スープから湧き立つ匂いに誘われて飛び起きた。

「お、ようやく起きたなお寝坊さん」

「ポンちゃんぐっすり眠ってたぜー? 揺すっても全然起きないぐらいにな」

「んで、俺が代わりに朝食作ってた」

「キュ(背に腹は変えられんからのぅ)」

 オリンまで……

「何時間眠ってた?」

「昨日の夕方からだから、ざっと15時間ってとこだな」

「ポンちゃん、疲れてるんなら態度に示した方がいいぜ? 眠ってると思ったら死んでたなんて洒落にならねーからな」

 普段からお疲れアピールを全力でしてるヨッちゃんが言うと説得力があるな。

 最近は最初の頃より音を上げなくなった。
 それだけ燃費が良くなったというのもある。

 俺はどうだろう? 基本料理してるだけだしな。
 ここ最近は地元を離れてあっちこっちに移動とてんやわんや。

 やりつけない仕事も多く、その上期待に押しつぶされて少し参っていた様に思う。

「そうそう、創作意欲を我慢して作るメシだって疲労が溜まるもんだ。簡単な朝飯ぐらいは俺に任せてさ、ポンちゃんはもっと自分の時間を作った方がいいぜ?」

「そうなのか? 俺は別に無理なんかして……いや、助かるよ。きっと俺はみんなの期待に応えようって気持ちばかりが焦ってて、料理を楽しめなくなってることにストレスを感じていたんだと思う」

 口に出して吐き出すことで、スッとすることもあるんだな。
 俺は自他共に認める料理人で、料理が好きだ。

 でも自分でやりたいことをさせてもらえないのはストレスになる。
 なるほどな、口に出して仕舞えば納得だ。

 ここ最近の俺は俺らしくなかったということだな。

「ちなみにこれは親父からのアドバイスだが、ポンちゃんは店を持つのは不向きだってさ。もちろん、腕は一流だぜ? けど気分で一定の料理を大量に採算をとりながら仕上げるのにストレスを感じるだろ? そういう人間は店をやるのに向かないって言ってた」

「確かになぁ、オレは目の前でポンちゃんの料理を食ってて、これはお金払わないのはまずいなって気持ちでお店開いたら? って言ってた気がする。その言葉がポンちゃんを縛ってたとしたら、ストレスの一因はオレでもあったのかなって」

「そんなことはないよ、ヨッちゃんは俺の気分を上げてくれるために行ってくれてんだろ? 俺もちょっとは夢見てたところもあったというのは事実だ。料理人って、やっぱりいつかはお店出して、お金もらって有名になるうてのが思い描くゴールだからな。でも実際に見て、俺は菊池さんほど店を持って地域貢献したいかって言われたらそれほどでもないんだよな。俺は新しいメニューをどんどん開発したい。上を目指したい!ってタイプだし」

「ならさ、今後屋台は趣味で、大量売りじゃなく制作過程とレシピの売り切りでいいんじゃねーかなって俺は思うよ。あとは野菜や加工素材の販売所な」

「それだと、リスナーとかは困らないか?」

 <コメント>
 :別に困らないぞー
 :リモート飲み会勢は強メンタルだからな
 :困る奴らは登録消してったから
 :価格400倍は効果覿面でしたね
 :飲んで、うまいものが目の前で見れる、それ以上を求めるリスナーは無粋よ
 :むしろこっちの要望を全部答える必要なんてないんだぞ?
 :そーそー、俺ら好き勝手言ってるだけだから
 :そんで勝手にお金を送りつけるんだ、応援してますってな
 :まだ投げゼニ機能解禁されてねーけどな
 :それは毎日楽しいっ時間を過ごさせてくれてありがとうって意味もあるぞ
 :ポンちゃんの料理はどんな素材でもおいしく変貌しちまうからな
 :最近作ってみた界隈で話題になってるぜ、ポンちゃんのレシピ
 :あ、見た見た

 わっ、まだ繋がってたのかよダンチューブ。

「ここはダンジョンブレイクをした北海道だぜ? この配信はただの日常垂れ流しではなく、これから北海道に向かおうとする探索者にも向けられて公開中にしてるんだ」

「マジかよ」

「ポンちゃんの寝顔もバッチリ写した」

 やめてくれ……
 顔から火が出そうだよ。

「ほいよ、寝起きで喉乾いてんだろ。冷製スープと肉たっぷり野菜炒め、ホットドリンクを用意してる。寝起きの定番はこれだな。親父のレシピはもっと複雑だが、それに近い形になってると思うぜ? 中でもホットドリンクは太鼓判を押されたんだ。ぐいっといってくれ。目ぇ覚めるぜ?」

「助かる」

 冷製スープはかぼちゃを主軸にした野菜のポタージュだ。

 程よく冷やされており、口当たりは軽いのに腹に溜まる一品だ。
 それぞれの野菜の風味が生かされており、朝飯前にいただくには少し贅沢すぎる味わいだ。

 続いて肉野菜炒め。
 こっちはオーソドックスな玉ねぎやニンジン、キャベツ、茄子などの茹で野菜に、珍しく湯掻いてすりおろした蓮根や牛蒡のなんちゃってミートが仕込まれていた。

 味付けは味噌、コチュジャン、胡麻ペースト、あとはラー油かな? ピリ辛な味わいでご飯が欲しくなる。

 付け合わせにブロッコリーとメチャクチャな組み合わせ。
 俺だったらこの食材で何を作るか? 考えさせられる一品でもある。

 最後にホットドリンク。
 こっちはレモンと生姜のしぼり汁を数滴の蜂蜜で仕上げたような爽やかな一品。

 冷え切った体をぽかぽかさせる効果もあるのだろう、寝起きでぼやけた体をしゃっきりとさせた。

 目が冴える、頭が澄み渡る。
 すごいな、これ。
 今度真似してみよう。

 飲んだくれた翌日にはいいかもしれない。

「どうだった? まだまだ親父には劣るけど、これが今の俺の実力ってやつだぜ」

「その割にお得意の飾り包丁は入ってないけどな」

「ううう、うるせーよ。そういうのはあんまりおっぴろげに晒すもんじゃねーの! ここぞという時に取っておいて度肝を抜かせるんだ。それにさ、それをできる精密な包丁さばきはそれだけにしか使えねーってわけじゃねーんだぜ? 例えばレモンや生姜をこうやって薄ーく切って貼り合わせたりするのだって技術なんだよ」

 ダイちゃんはやり慣れてるのだろう生姜を螺旋状に切り、そこに同様の螺旋状に切ったレモンを合わせて一つの物体を作り上げた。

 それを絞り上げると、あの不思議な味わいのホットドリンクが出来上がっていた。
 熱入れはヨッちゃんの十八番だ。これは確かに俺には無理な芸当である。

「ヨッちゃんもすげーよなぁ、欲しい温度にピタリとそろえちまう」

「熱燗、ぬる燗、お冷の適正温度は頭に叩き込んだからな」

「ヨッちゃんは人力冷蔵庫兼スチーマーだからな」

「俺の知り合いにマジックキャスターいるけど、ここまで便利じゃなかったぜ?」

「オレは料理特化のマジックキャスターだからな」

「いつも助かってる。それで、ここは?」

「ああ、札幌に着くには着いたんだが……」

 目の前には巨大な瓦礫群。
 中央には渦巻いた蟻地獄が形成され、一定範囲に近づくものを吸い込もうとする形。

 道の真ん中に突如現れた空間とでもいうべきか。
 それはこちらを招き入れる門か、はたまた地獄の一丁目への片道切符か。

「キュ(次元ゲートじゃの。妾の契約者である汝が起きぬ限り、道は断たれたままというわけじゃ)」

「オリンが何か言いたそうにぴょんぴょんしてたんだけどさー、全然何伝えようとしてるかわかんなくて」

 ヨッちゃんは身振り手振りで説明してくれる。

「俺はうっすら理解できたぜ? ここから先はポンちゃんが必要だって。でもぐっすり眠ってるのに叩き起こすのも悪くてよ」

「キュ(どちらにせよ、ここから先は契約者としての力が試される)」

 その力の説明を一切しないオリンが何かを言ってら。

 ただ、間違いなくわかるのは、ここから先は今までの常識が通じないだろうということ。

 ダンジョンの発生自体が日常の地続きに対し、これらは別の空間へ飛ばそうという意思がするんだよな。

「これ、入ったほうがいいの? 他の道は?」

「どこも似たようなもんだぞ。札幌全体がこのゲートの中に入り込んじまってる。海路で石狩方面に出ることも可能だが、空路は無理だ」

「だろうなぁ」

 今さっき、空を飛んでる鳥が渦に飲まれた。

 それが鳩やスズメならいいが、どう見てもダンジョン産モンスターでもあるにも関わらず。
 つまり無差別に吸い込むという類のものだ。

「何はともあれ行きますか」

「おうよ!」

「ここまできたら一蓮托生だぜ!」

 なぜか誰もダイちゃんを引き止めずに、俺たちは渦の中に足を踏み込んだ。

 オリンは屋台とワゴン車を吸収してから遅れて入ってくる。
 俺たちが全員潜ると同時、門は収縮して塞がった。

 完全に閉じ込められた形である。

 その中にはトマトのような真っ赤な空に包まれた札幌地域が確かにあった。
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