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1章 お爺ちゃんとVR

009.お爺ちゃん、ログアウトする

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「ん、ここは……」


 夢から覚めるような浮遊感と共に目を覚ます。
 まるで今まで夢を見ていたような気分のまま現実に帰ってきた。
 そして起き上がろうとして顔全体にかかる重さによってよろめいた。
 確かVRギアだったか。それを脱ごうと無理な姿勢をした時──腰に激痛が走った。
 

「痛つつ、そういえば腰をやっていたんだった」


 60年付き添ってきた肉体はすっかり衰えてしまっていた。
 患部に手を当てて擦りながら、痛まないように姿勢を起こす。
 起き上がるのも大変だ。肘をついたりしながら横になり、壁に手を当てて足を立てる。なるべく腰に負担をかけないようにするのがコツだ。

 いつもならあんな無理をすることはないのに、どうにも気分がゲームの中に引っ張られてしまうようだった。


「美咲が夢中になるのも分かる気がするな」


 ゲーム世界はまるで夢のようだった。
 飛んだり跳ねたりしたのにもかかわらず、患部が痛みを上げることはない。そんなことに感動する辺り自分でも歳を取ったなと思う。
 普通ならもっと違う場所に感動するものだが、そればかりは仕方がない。


「由香里」

「あ、お父さん。ゲームの方はどうだった?」


 リビングに赴くと娘が出迎えてくれた。婿殿はまだ仕事先から帰っていないようだ。前掛けで手を拭いながらゲームはどうだったかと聞いてくる。その表情から察するに、ついていけるか心配してくれていたのだろう。確かに私は年寄りだが、ゲームくらいやったことはあるんだぞ?
 でも実際は結構難儀したのでその話題はそっと胸の奥にしまっておく。


「そうだね、私でも楽しめそうだったよ」

「それは良かった。美咲はお爺ちゃんと一緒にやるんだ~の一点張りで。私もプレイしてるんだけどあまり時間取れなくて相手できなかったのよ」

「ほう?」


 娘もやってるなんて初耳だ。
 そう言えばジキンさんも息子さんに誘われたといっていたっけ?
 今の年代は30代でも普通に遊びに寛容らしい。
 私の代では考えられないな。これが世代の差というやつか。

 そこでキッチンから電子音。


「ごめんなさい、この話はまた後で」

「うん、料理中に悪いね」

「ううん、心配してたから。でも大丈夫そうで安心した」


 どうやら調理中だったらしく、メロディアスな音楽が電子レンジから奏でられていた。
 今では料理のほとんどがレンジ一つで賄える。便利な暮らしになったのは分かるんだが、手間暇をかけて作る料理も好きなんだよね。
 自分では作らないので妻には頭が上がらない私だが、私の世代ではそういう人って結構多いそうだ。SNSで繋がっているフレンドは時代の流れと共に手料理が消えていくと嘆いていたが、それもまた仕方のないことなのかもしれない。

 今の時代、人間の仕事がどんどんロボットに置き換わっている。
 そのせいもあって私の時代よりも時間に余裕があるのかもしれないね。変わっていく生活、変わっていく時代の中で取り残されたような気持ちになって気がつけば妻に電話をかけていた。


「はい。どうかされました?」

「ん、いや。声が聞きたくなってね」

「なんですかそれは」


 妻は呆れたような声で私を詰る。彼女は昔から弱音を吐く私をこのように厳しい言葉で立て直してくれたんだ。本人は照れ隠しで暴力を振るうような性格をしてるけど、そんな彼女だからこそ私は定年まで仕事を勤め上げることができたとも言える。
 支えられて、今ここにいる。遠く離れていても心は繋がっていると二、三話して確認できた。


「ありがとう、これでもう少し頑張れる」

「そうですか。由香里は良くしてくれてますか?」

「うん、世話になりっぱなしで頭が上がらないよ」

「そうですね。あなたはいつもそう」


 またお小言が始まりそうだったので手短に会話を済ませて電話を切る。電話口の向こうで何かを言いかけた彼女の声が途切れ、少しだけ悪かったなという気分になった。


「お爺ちゃーん」

「おおっと」


 飛んでくる、という表現が似合う孫の美咲の強襲を受ける。
 飛び込むようにして抱きついてきたのでそのまま高い高いして二回、三回とくるくる回りながら地上に下ろしてやる。
 腰が痛くなかったらもっと長くやれていたが、無理は良くない。そのことも察してくれたのか彼女からのアンコールはなかった。


「お爺ちゃん、あの後どうだった?」

「お友達ができたよ」

「女の人?」


 洗面所で並んで手洗いとうがいを済ませると、ふと質問をされた。
 窺うような視線。きっとどこかでシャーロットさんに声をかけていたのを見られていたのだろう。彼女の瞳からはジトッとしたものを感じとる。


「ううん、多分同世代だと思うな。犬みたいな毛並みの獣人さんでね。男の人だよ」

「なーんだ」

「一緒に街の中を回ったり、クエストをこなして仲良くなったんだ。後で紹介してあげるよ」


 そう言ったが彼女は急に興味をなくしたようにキッチンに足早で向かっていく。美咲ももう中学生。まだまだ子供だと思っていたが、色恋に興味を持つ年頃か。
 やはり誘うにしても女性というだけで角が立つな。
 ジキンさんもそれで苦労したと聞くし、彼女を誘うのはもう辞めておこうと思う。

 そのあと婿殿の秋人君を迎えて一緒に食卓を囲う。
 唐揚げを頬張る孫の姿を見ながら軽く笑いが起きる。
 笑われた本人は何処か不機嫌そうにしていたが、すぐに唐揚げが追加されると機嫌をよくした。
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