9 / 497
1章 お爺ちゃんとVR
009.お爺ちゃん、ログアウトする
しおりを挟む
「ん、ここは……」
夢から覚めるような浮遊感と共に目を覚ます。
まるで今まで夢を見ていたような気分のまま現実に帰ってきた。
そして起き上がろうとして顔全体にかかる重さによってよろめいた。
確かVRギアだったか。それを脱ごうと無理な姿勢をした時──腰に激痛が走った。
「痛つつ、そういえば腰をやっていたんだった」
60年付き添ってきた肉体はすっかり衰えてしまっていた。
患部に手を当てて擦りながら、痛まないように姿勢を起こす。
起き上がるのも大変だ。肘をついたりしながら横になり、壁に手を当てて足を立てる。なるべく腰に負担をかけないようにするのがコツだ。
いつもならあんな無理をすることはないのに、どうにも気分がゲームの中に引っ張られてしまうようだった。
「美咲が夢中になるのも分かる気がするな」
ゲーム世界はまるで夢のようだった。
飛んだり跳ねたりしたのにもかかわらず、患部が痛みを上げることはない。そんなことに感動する辺り自分でも歳を取ったなと思う。
普通ならもっと違う場所に感動するものだが、そればかりは仕方がない。
「由香里」
「あ、お父さん。ゲームの方はどうだった?」
リビングに赴くと娘が出迎えてくれた。婿殿はまだ仕事先から帰っていないようだ。前掛けで手を拭いながらゲームはどうだったかと聞いてくる。その表情から察するに、ついていけるか心配してくれていたのだろう。確かに私は年寄りだが、ゲームくらいやったことはあるんだぞ?
でも実際は結構難儀したのでその話題はそっと胸の奥にしまっておく。
「そうだね、私でも楽しめそうだったよ」
「それは良かった。美咲はお爺ちゃんと一緒にやるんだ~の一点張りで。私もプレイしてるんだけどあまり時間取れなくて相手できなかったのよ」
「ほう?」
娘もやってるなんて初耳だ。
そう言えばジキンさんも息子さんに誘われたといっていたっけ?
今の年代は30代でも普通に遊びに寛容らしい。
私の代では考えられないな。これが世代の差というやつか。
そこでキッチンから電子音。
「ごめんなさい、この話はまた後で」
「うん、料理中に悪いね」
「ううん、心配してたから。でも大丈夫そうで安心した」
どうやら調理中だったらしく、メロディアスな音楽が電子レンジから奏でられていた。
今では料理のほとんどがレンジ一つで賄える。便利な暮らしになったのは分かるんだが、手間暇をかけて作る料理も好きなんだよね。
自分では作らないので妻には頭が上がらない私だが、私の世代ではそういう人って結構多いそうだ。SNSで繋がっているフレンドは時代の流れと共に手料理が消えていくと嘆いていたが、それもまた仕方のないことなのかもしれない。
今の時代、人間の仕事がどんどんロボットに置き換わっている。
そのせいもあって私の時代よりも時間に余裕があるのかもしれないね。変わっていく生活、変わっていく時代の中で取り残されたような気持ちになって気がつけば妻に電話をかけていた。
「はい。どうかされました?」
「ん、いや。声が聞きたくなってね」
「なんですかそれは」
妻は呆れたような声で私を詰る。彼女は昔から弱音を吐く私をこのように厳しい言葉で立て直してくれたんだ。本人は照れ隠しで暴力を振るうような性格をしてるけど、そんな彼女だからこそ私は定年まで仕事を勤め上げることができたとも言える。
支えられて、今ここにいる。遠く離れていても心は繋がっていると二、三話して確認できた。
「ありがとう、これでもう少し頑張れる」
「そうですか。由香里は良くしてくれてますか?」
「うん、世話になりっぱなしで頭が上がらないよ」
「そうですね。あなたはいつもそう」
またお小言が始まりそうだったので手短に会話を済ませて電話を切る。電話口の向こうで何かを言いかけた彼女の声が途切れ、少しだけ悪かったなという気分になった。
「お爺ちゃーん」
「おおっと」
飛んでくる、という表現が似合う孫の美咲の強襲を受ける。
飛び込むようにして抱きついてきたのでそのまま高い高いして二回、三回とくるくる回りながら地上に下ろしてやる。
腰が痛くなかったらもっと長くやれていたが、無理は良くない。そのことも察してくれたのか彼女からのアンコールはなかった。
「お爺ちゃん、あの後どうだった?」
「お友達ができたよ」
「女の人?」
洗面所で並んで手洗いとうがいを済ませると、ふと質問をされた。
窺うような視線。きっとどこかでシャーロットさんに声をかけていたのを見られていたのだろう。彼女の瞳からはジトッとしたものを感じとる。
「ううん、多分同世代だと思うな。犬みたいな毛並みの獣人さんでね。男の人だよ」
「なーんだ」
「一緒に街の中を回ったり、クエストをこなして仲良くなったんだ。後で紹介してあげるよ」
そう言ったが彼女は急に興味をなくしたようにキッチンに足早で向かっていく。美咲ももう中学生。まだまだ子供だと思っていたが、色恋に興味を持つ年頃か。
やはり誘うにしても女性というだけで角が立つな。
ジキンさんもそれで苦労したと聞くし、彼女を誘うのはもう辞めておこうと思う。
そのあと婿殿の秋人君を迎えて一緒に食卓を囲う。
唐揚げを頬張る孫の姿を見ながら軽く笑いが起きる。
笑われた本人は何処か不機嫌そうにしていたが、すぐに唐揚げが追加されると機嫌をよくした。
夢から覚めるような浮遊感と共に目を覚ます。
まるで今まで夢を見ていたような気分のまま現実に帰ってきた。
そして起き上がろうとして顔全体にかかる重さによってよろめいた。
確かVRギアだったか。それを脱ごうと無理な姿勢をした時──腰に激痛が走った。
「痛つつ、そういえば腰をやっていたんだった」
60年付き添ってきた肉体はすっかり衰えてしまっていた。
患部に手を当てて擦りながら、痛まないように姿勢を起こす。
起き上がるのも大変だ。肘をついたりしながら横になり、壁に手を当てて足を立てる。なるべく腰に負担をかけないようにするのがコツだ。
いつもならあんな無理をすることはないのに、どうにも気分がゲームの中に引っ張られてしまうようだった。
「美咲が夢中になるのも分かる気がするな」
ゲーム世界はまるで夢のようだった。
飛んだり跳ねたりしたのにもかかわらず、患部が痛みを上げることはない。そんなことに感動する辺り自分でも歳を取ったなと思う。
普通ならもっと違う場所に感動するものだが、そればかりは仕方がない。
「由香里」
「あ、お父さん。ゲームの方はどうだった?」
リビングに赴くと娘が出迎えてくれた。婿殿はまだ仕事先から帰っていないようだ。前掛けで手を拭いながらゲームはどうだったかと聞いてくる。その表情から察するに、ついていけるか心配してくれていたのだろう。確かに私は年寄りだが、ゲームくらいやったことはあるんだぞ?
でも実際は結構難儀したのでその話題はそっと胸の奥にしまっておく。
「そうだね、私でも楽しめそうだったよ」
「それは良かった。美咲はお爺ちゃんと一緒にやるんだ~の一点張りで。私もプレイしてるんだけどあまり時間取れなくて相手できなかったのよ」
「ほう?」
娘もやってるなんて初耳だ。
そう言えばジキンさんも息子さんに誘われたといっていたっけ?
今の年代は30代でも普通に遊びに寛容らしい。
私の代では考えられないな。これが世代の差というやつか。
そこでキッチンから電子音。
「ごめんなさい、この話はまた後で」
「うん、料理中に悪いね」
「ううん、心配してたから。でも大丈夫そうで安心した」
どうやら調理中だったらしく、メロディアスな音楽が電子レンジから奏でられていた。
今では料理のほとんどがレンジ一つで賄える。便利な暮らしになったのは分かるんだが、手間暇をかけて作る料理も好きなんだよね。
自分では作らないので妻には頭が上がらない私だが、私の世代ではそういう人って結構多いそうだ。SNSで繋がっているフレンドは時代の流れと共に手料理が消えていくと嘆いていたが、それもまた仕方のないことなのかもしれない。
今の時代、人間の仕事がどんどんロボットに置き換わっている。
そのせいもあって私の時代よりも時間に余裕があるのかもしれないね。変わっていく生活、変わっていく時代の中で取り残されたような気持ちになって気がつけば妻に電話をかけていた。
「はい。どうかされました?」
「ん、いや。声が聞きたくなってね」
「なんですかそれは」
妻は呆れたような声で私を詰る。彼女は昔から弱音を吐く私をこのように厳しい言葉で立て直してくれたんだ。本人は照れ隠しで暴力を振るうような性格をしてるけど、そんな彼女だからこそ私は定年まで仕事を勤め上げることができたとも言える。
支えられて、今ここにいる。遠く離れていても心は繋がっていると二、三話して確認できた。
「ありがとう、これでもう少し頑張れる」
「そうですか。由香里は良くしてくれてますか?」
「うん、世話になりっぱなしで頭が上がらないよ」
「そうですね。あなたはいつもそう」
またお小言が始まりそうだったので手短に会話を済ませて電話を切る。電話口の向こうで何かを言いかけた彼女の声が途切れ、少しだけ悪かったなという気分になった。
「お爺ちゃーん」
「おおっと」
飛んでくる、という表現が似合う孫の美咲の強襲を受ける。
飛び込むようにして抱きついてきたのでそのまま高い高いして二回、三回とくるくる回りながら地上に下ろしてやる。
腰が痛くなかったらもっと長くやれていたが、無理は良くない。そのことも察してくれたのか彼女からのアンコールはなかった。
「お爺ちゃん、あの後どうだった?」
「お友達ができたよ」
「女の人?」
洗面所で並んで手洗いとうがいを済ませると、ふと質問をされた。
窺うような視線。きっとどこかでシャーロットさんに声をかけていたのを見られていたのだろう。彼女の瞳からはジトッとしたものを感じとる。
「ううん、多分同世代だと思うな。犬みたいな毛並みの獣人さんでね。男の人だよ」
「なーんだ」
「一緒に街の中を回ったり、クエストをこなして仲良くなったんだ。後で紹介してあげるよ」
そう言ったが彼女は急に興味をなくしたようにキッチンに足早で向かっていく。美咲ももう中学生。まだまだ子供だと思っていたが、色恋に興味を持つ年頃か。
やはり誘うにしても女性というだけで角が立つな。
ジキンさんもそれで苦労したと聞くし、彼女を誘うのはもう辞めておこうと思う。
そのあと婿殿の秋人君を迎えて一緒に食卓を囲う。
唐揚げを頬張る孫の姿を見ながら軽く笑いが起きる。
笑われた本人は何処か不機嫌そうにしていたが、すぐに唐揚げが追加されると機嫌をよくした。
13
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜
きっこ
ファンタジー
五感完全再現のフルダイブVRMMO《リアルコード・アース》。
遅れてゲームを始めた童顔ちびっ子キャラの主人公・蓮は、戦うことより“料理”を選んだ。
作るたびに懐いてくるもふもふ、微笑むNPC、ほっこりする食卓――
今日も炊事場でクッキーを焼けば、なぜか神様にまで目をつけられて!?
ただ料理しているだけなのに、気づけば伝説級。
癒しと美味しさが詰まった、もふもふ×グルメなスローゲームライフ、ここに開幕!
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
1000年生きてる気功の達人異世界に行って神になる
まったりー
ファンタジー
主人公は気功を極め人間の限界を超えた強さを持っていた、更に大気中の気を集め若返ることも出来た、それによって1000年以上の月日を過ごし普通にひっそりと暮らしていた。
そんなある時、教師として新任で向かった学校のクラスが異世界召喚され、別の世界に行ってしまった、そこで主人公が色々します。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる