17 / 497
1章 お爺ちゃんとVR
イベント『滅亡を呼び起こす災獣』1
しおりを挟む
◆秋人視点
その話を妻から初めて聞いた時、たしかにこれはチャンスだと思った。ただ規模が規模だ。僕たちのクランでは荷が勝ちすぎていると思ったからだ。
クラン『精錬の騎士』
騎士と銘打っているが、実質は物作りを得意とする人材を一手に担う生産クランだ。騎士とつけているのは騎士を顧客とした品揃えを目標としていたから。
それでも戦闘する上での力は必要だったので素材集め班も多くいる。
全員が全員生産者というわけでもないのだ。
ただしメインは生産。だから中堅からいつまで経っても上層へと駆け上がるのにあと一押しが足りなかった。
「お義父さんには礼を言わなければな」
「うん、でもお父さんはこういうのにあまり興味持ってくれないから」
うん?
妻の言っている意味が理解できない。
発見者はお義父さんだし、娘だからとなんでも譲ってもらえるという考えがそもそもおかしいのだ。けれど彼女は当たり前のように娘だからと主張する。
「まさかとは思うけど、お義父さんから奪う形で引っ張ってきたという事はないよね?」
眼に力を込める。すると妻は途端に目を泳がせた。
慣れない口笛も吹き始める。
まったく。いい加減に自分の年齢を思い出しなさい。僕たちはもう子供ではない。子を持つ親の立場だ。まだ親に甘えようと考える精神性があるのか君は。
「だって、お父さん私なら安心だって言って譲ってくれたもん」
言い訳にしたって酷い理由だ。
これは何を言っても聞き入れてはくれないな。
お義父さん、貴方のことは尊敬してますけど子育ては失敗しましたね。妻はお義父さんの事を利用する事が当たり前という打算的な考えを抱いてます。でも貴方は許してしまうんでしょうね。だからここは僕が動きます。彼女だけに任せていたら、より酷くなりそうで怖いから。
「うん、そうだね。じゃあ僕から伝えるから、由香里もその場にいてくれる?」
「分かったわ」
彼女は非常に頑張り屋で優秀な人物なのだが、こと父親が絡むと甘えが出てくる。それに絶対に自分を曲げないのだ。僕が言っても譲らず、非常に頑固になる。
その夜、お義父さんに話を持ちかけた。
そこでお義父さん直々に僕のクランに世話になる事を改めて聞かされた。もっと妻からたかられているのではないかと心配していたが杞憂だったようだ。それに……
「いつまで経っても親にとって娘は可愛いものだからね。上二人の娘が家庭に入ってからはとんと連絡が来なくなった。今もこうして甘えて来てくれるのは由香里だけだよ。父親冥利に尽きるね」
そう話すお義父さんは本当に嬉しそうで、僕はそれ以上何もいえなかった。もしも美咲がこの先大きくなった時、もし同じ状況に陥ってしまったら、きっと僕も同じように許してしまいそうだったから。
これは男親の心理であり弱点なのかもしれない。
「それでも過度に甘やかすのは辞めてくださいね。癖になってしまうと抜け出せなくなってしまうので」
「秋人君は由香里が本当にそうなってしまった時の最後の砦だよ。そうなってしまった時、私では対処しきれなくなる。頼むよ?」
「それは勿論。それとゲーム内で彼女が甘えて来た時は……」
「うん、私だって嫌なことには嫌だとハッキリ言える大人だ。それに娘に話せない苦労もたくさんしてきた。彼女の浅慮に対して注意してやることもできる。けれどね秋人君、私が知ってる知識はこの時代では古臭いかもしれない。そこは君が支えてやってくれないか? 私は君達よりも早く召抱えられる運命だ」
「そんな、お義父さんはまだまだお若い……」
60歳になったばかり。働こうと思えばどこだって。
そう言いかけた先の言葉を飲み込んだ。
本当にそうか? 自分が60になるのと、お義父さん世代が今を生きるのは同じ事じゃない。
時代の変化でたしかに暮らしは良くなった。
同時に無駄だと思った物をなくしてきた。
由香里の実家は物が溢れている。それは僕たちからしたら無駄なものにしか思えないが、お義父さんにとったら大切なものだ。
物を大切にするお義父さんがこれから先の時代で生きていけるか考えた時、僕は難しいだろうという言葉を導き出していた。
フルダイブという技術に対してだってどこか否定的だ。
僕たちほど頭で理解できていないのかもしれないし。
そして僕がその言葉を放とうとした時、お義父さんは少しだけ寂しそうな顔をしていた。きっと分かってるんだ。既に自分が今の時代に置き去りにされてるだろうことは。
それを自覚したうえでこの人は妻のことを頼むと掛け合ってくれているのだと気付かされた。
「ありがとう。それでも自分の体のことは自分がよく分かってる。無理はしないさ。でも、そういう時になったときの覚悟はしておいて欲しい」
「肝に命じておきます」
「なら私は安心だ。安心してゲームを楽しめる。今後イベントの事で色々と君に迷惑をかけると思うけど、あまり娘を責めないでやって欲しい。あの子はね、周囲の価値観に染まりやすいだけなんだ。本来はもっと優しい子だよ。本心から私を利用しようとはしてないんだ。そこは分かって欲しい」
「それは僕が一番分かっていますよ。おやすみなさいお義父さん」
「うん、おやすみ」
お義父さんはそういうけど、僕はやっぱり心配だ。
僕の前で見せる表情と、お義父さんの前で見せる妻の表情は違うから。僕の前で見せる表情は偽りの仮面を被っている。
きっと娘の美咲の前でもだ。
それがお義父さんの前だと娘としての顔になる。
それは別に良い。親子だから。
でもそれにしたっておねだりが過剰だとは思う。
それぐらい彼女にとって安心できる相手ということだ。
開いた掌を見つめ、握りしめた。
結婚して15年。僕はまだ妻からの信頼を勝ち取れていないのか?
お義父さんを見るたびに不安が過ぎるのだ。
その話を妻から初めて聞いた時、たしかにこれはチャンスだと思った。ただ規模が規模だ。僕たちのクランでは荷が勝ちすぎていると思ったからだ。
クラン『精錬の騎士』
騎士と銘打っているが、実質は物作りを得意とする人材を一手に担う生産クランだ。騎士とつけているのは騎士を顧客とした品揃えを目標としていたから。
それでも戦闘する上での力は必要だったので素材集め班も多くいる。
全員が全員生産者というわけでもないのだ。
ただしメインは生産。だから中堅からいつまで経っても上層へと駆け上がるのにあと一押しが足りなかった。
「お義父さんには礼を言わなければな」
「うん、でもお父さんはこういうのにあまり興味持ってくれないから」
うん?
妻の言っている意味が理解できない。
発見者はお義父さんだし、娘だからとなんでも譲ってもらえるという考えがそもそもおかしいのだ。けれど彼女は当たり前のように娘だからと主張する。
「まさかとは思うけど、お義父さんから奪う形で引っ張ってきたという事はないよね?」
眼に力を込める。すると妻は途端に目を泳がせた。
慣れない口笛も吹き始める。
まったく。いい加減に自分の年齢を思い出しなさい。僕たちはもう子供ではない。子を持つ親の立場だ。まだ親に甘えようと考える精神性があるのか君は。
「だって、お父さん私なら安心だって言って譲ってくれたもん」
言い訳にしたって酷い理由だ。
これは何を言っても聞き入れてはくれないな。
お義父さん、貴方のことは尊敬してますけど子育ては失敗しましたね。妻はお義父さんの事を利用する事が当たり前という打算的な考えを抱いてます。でも貴方は許してしまうんでしょうね。だからここは僕が動きます。彼女だけに任せていたら、より酷くなりそうで怖いから。
「うん、そうだね。じゃあ僕から伝えるから、由香里もその場にいてくれる?」
「分かったわ」
彼女は非常に頑張り屋で優秀な人物なのだが、こと父親が絡むと甘えが出てくる。それに絶対に自分を曲げないのだ。僕が言っても譲らず、非常に頑固になる。
その夜、お義父さんに話を持ちかけた。
そこでお義父さん直々に僕のクランに世話になる事を改めて聞かされた。もっと妻からたかられているのではないかと心配していたが杞憂だったようだ。それに……
「いつまで経っても親にとって娘は可愛いものだからね。上二人の娘が家庭に入ってからはとんと連絡が来なくなった。今もこうして甘えて来てくれるのは由香里だけだよ。父親冥利に尽きるね」
そう話すお義父さんは本当に嬉しそうで、僕はそれ以上何もいえなかった。もしも美咲がこの先大きくなった時、もし同じ状況に陥ってしまったら、きっと僕も同じように許してしまいそうだったから。
これは男親の心理であり弱点なのかもしれない。
「それでも過度に甘やかすのは辞めてくださいね。癖になってしまうと抜け出せなくなってしまうので」
「秋人君は由香里が本当にそうなってしまった時の最後の砦だよ。そうなってしまった時、私では対処しきれなくなる。頼むよ?」
「それは勿論。それとゲーム内で彼女が甘えて来た時は……」
「うん、私だって嫌なことには嫌だとハッキリ言える大人だ。それに娘に話せない苦労もたくさんしてきた。彼女の浅慮に対して注意してやることもできる。けれどね秋人君、私が知ってる知識はこの時代では古臭いかもしれない。そこは君が支えてやってくれないか? 私は君達よりも早く召抱えられる運命だ」
「そんな、お義父さんはまだまだお若い……」
60歳になったばかり。働こうと思えばどこだって。
そう言いかけた先の言葉を飲み込んだ。
本当にそうか? 自分が60になるのと、お義父さん世代が今を生きるのは同じ事じゃない。
時代の変化でたしかに暮らしは良くなった。
同時に無駄だと思った物をなくしてきた。
由香里の実家は物が溢れている。それは僕たちからしたら無駄なものにしか思えないが、お義父さんにとったら大切なものだ。
物を大切にするお義父さんがこれから先の時代で生きていけるか考えた時、僕は難しいだろうという言葉を導き出していた。
フルダイブという技術に対してだってどこか否定的だ。
僕たちほど頭で理解できていないのかもしれないし。
そして僕がその言葉を放とうとした時、お義父さんは少しだけ寂しそうな顔をしていた。きっと分かってるんだ。既に自分が今の時代に置き去りにされてるだろうことは。
それを自覚したうえでこの人は妻のことを頼むと掛け合ってくれているのだと気付かされた。
「ありがとう。それでも自分の体のことは自分がよく分かってる。無理はしないさ。でも、そういう時になったときの覚悟はしておいて欲しい」
「肝に命じておきます」
「なら私は安心だ。安心してゲームを楽しめる。今後イベントの事で色々と君に迷惑をかけると思うけど、あまり娘を責めないでやって欲しい。あの子はね、周囲の価値観に染まりやすいだけなんだ。本来はもっと優しい子だよ。本心から私を利用しようとはしてないんだ。そこは分かって欲しい」
「それは僕が一番分かっていますよ。おやすみなさいお義父さん」
「うん、おやすみ」
お義父さんはそういうけど、僕はやっぱり心配だ。
僕の前で見せる表情と、お義父さんの前で見せる妻の表情は違うから。僕の前で見せる表情は偽りの仮面を被っている。
きっと娘の美咲の前でもだ。
それがお義父さんの前だと娘としての顔になる。
それは別に良い。親子だから。
でもそれにしたっておねだりが過剰だとは思う。
それぐらい彼女にとって安心できる相手ということだ。
開いた掌を見つめ、握りしめた。
結婚して15年。僕はまだ妻からの信頼を勝ち取れていないのか?
お義父さんを見るたびに不安が過ぎるのだ。
12
あなたにおすすめの小説
もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜
きっこ
ファンタジー
五感完全再現のフルダイブVRMMO《リアルコード・アース》。
遅れてゲームを始めた童顔ちびっ子キャラの主人公・蓮は、戦うことより“料理”を選んだ。
作るたびに懐いてくるもふもふ、微笑むNPC、ほっこりする食卓――
今日も炊事場でクッキーを焼けば、なぜか神様にまで目をつけられて!?
ただ料理しているだけなのに、気づけば伝説級。
癒しと美味しさが詰まった、もふもふ×グルメなスローゲームライフ、ここに開幕!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる