巫女ヒメ様は、それを告げない

鹿部

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辺境ムラの小さな鉄

 コウが買われた小さなムラは、環濠(堀と木の柵)で囲まれていた。水が豊富な土地だから堀にはきちんと水が張られているが、幅はそんなに大きくはなく、せいぜい人を一人横に倒したくらいか。環濠の外には田と少しの畑があり、春も早い今はまだ田植え前で、農民達が土を掘り起こし水を張る準備を行なっている。田もそこまで大きくはないが、畔は矢板と杭で固められ、きちんと崩れないように作られていた。そんな一つ一つを技術者であるコウは気にして見てしまう。その辺りから、ムラにどの程度の力があるのか見て取れるものだからだ。

 環濠の中も細い堀でいくつかの区域に分けられていた。中央から北にかけて住居が並ぶ居住域と、東西に一つずつの墓域。土器や道具の工房は二、三棟ずつ居住域に点在している。南は例の市がある広場に、高床式の倉庫がいくつか。そして取り立てて祭殿のような何かを祀る建物は見当たらない。 
 村長ムラオサ とミトヤが住んでいる場所は同じ区域だが、有力者が特定の区域に住むと決まっている訳でもないようである。身分差は、このムラではまださほどはっきりとはしていないのかもしれない。

 西の国では、王や巫女、それに近しい階級である大人タイジン と、一般階級である下戸ゲコ 、奴隷階級の生口セイコウ という風に身分が別れている。身分は親から引き継がれるが、生口は戦闘の捕虜や罪人であることも多い。そして下戸以下の一般人は、大人に道ですれ違う時には道の脇まで下り草むらの中に跪いていなければならなかったし、大抵巫女の名前も知ることなく一生を終える。
 一方、ここでは村長ムラオサ はいても大人と下戸の区別はなさそうで、生口も少なかった。ミトヤと道を歩いていても村人達はニコニコと微笑みながら軽く頭を下げるくらいで、年端もいかない童達までミトヤ様、と名を呼び手を振ってくる。
 ざっくり言ってしまえば、上層部を見ると村長ムラオサ が村人に恐れられ、巫女は愛され慕われている。そして下を見れば少ない生口が多少見劣りする家に住み自分の財産を持つこともないと、まぁ身分と言えばそれくらいだ。その財産にしたって、普通の村人だって大した物は持っていないから別に変わらないのだが。
 他にも新参者にはわからない細かい機微があるのかもしれないが、今のところは全体としてそんな印象である。

 ミトヤから聞く話や自分の目で見た光景で、このムラの程度も大体把握できてきた。奴国にいる時に、西以外の倭国の国々は文化も技術もかなり遅れていると聞いていたコウからしたら、まぁこんなものかと確かめられたような形だ。これでもここは近郷のいくつかのムラを束ねる中核のムラ、という位置付けであるらしいから、周辺も推して知るべしというものだろう。

 少々見直したのは、工房を案内された時だ。大きめの土屋根の中に入った最初から、ミトヤはこれまでで一番自慢げだった。見て、と道具類を示されてその理由がわかる。

クロガネ か?」

「そうなの。ここにあるだけじゃないわ。田で使ってる鋤や鍬だって、刃はクロガネなんだから」

 腰に手を当てて胸を張る姿を工人達は娘でも見るような温かい眼差しで見ていた。

「ほんに、巫女様は金属カネがお好きで」

「そうなぁ、海人が持ってきたら、どんなチビたアカガネ もクロガネも絶対に手に入れるものな」

「チビたといえば巫女様、この前のちぃさい破片な、叩いて研いだらよう切れるようになったから、木で握りを付けたけんど、見るかい」

 年老いた工人に差し出された道具を目の前に掲げて、ミトヤは小首を傾げながら嬉しそうによく眺めた。

「すごいわ、これで細かな細工ができそうね」

「そじゃ、そじゃ。椿の木ぃの硬いのに難儀せんでええ。石刃じゃあちぃとも歯が立たんからな」

「でもウシ爺。貴方は目が悪いんだから、これはヒコに渡して細かい作業はやらせなさい。怪我しちゃうわ」

「ほっほっ、巫女様には敵わんな」

 会話を流し聞きながら、コウは鉄を取り付けられた工具を手に持って眺めた。なるほど、確かにこの鉄は本来もっと大きい道具、斧か何かだったのだろう。そんなものは鍛治ができなければ作れないから、使っているのは外つ国か西の力のある大国だけだが、そこで折れた破片が捨てられずに海人に運ばれて、こうして辺境の地で加工されて使われているということか。自分達で鍛治を行う技術がなくても確かに、石器と同じように叩いたり研いだりすればある程度使う事はできる。その考えを裏付けるように、そこにある鉄器はどれも小さかった。

「なるほどな」

 銅鏡の破片らしい文様の入った鑿を見ながら呟いたのがミトヤに聞こえたようだ。

「こんな破片を見たり、海人から大きな国の話を聞いたりして想像していたの。円や真っ直ぐな線を引けるとか、そういうことができる人がいるんだろうなって。大きな国を作るには、色々なものが作れなきゃいけないわ。建物一つにしてもそうでしょう。そういう人達がいれば、できるんだろうって」

「あの質問の由来がわかった。そういうことか」

 コウ自身も職人だから、こういうものを見る目はつい真剣になる。黙り込んで見ているうちにふと視線を感じた。横から、ミトヤが何か期待の籠もった視線でコウを見ている。

「なんだ?」

「どうかしら」

「何が」

「これで、このムラの一通りを貴方に見せたのだけど」

 確かに、なんでそんな事をするのだろうとは思っていた。わざわざ、来たばかりの他所者に。童の気まぐれかと思っていたが違うらしい。無言で先を促すと、そっとミトヤが口を開いた。

「このムラを、これから西の国々に負けないくらいに、大きくする事はできるかしら?」

 コウでなければ聞いた瞬間に吹き出していても良いような質問だったが、この賢い童が真剣に言っていることがわかったから笑えなかった。なるほどな。もう一度そう思い、見ていた工具を置いた。
 
「無理だろう」

 それだけ言って立ち上がり、入り口にかけられた筵をめくり工房を出た。勿論それだけで許して貰える相手ではなく、すぐに追いかけてきたミトヤがコウの腕を両手で掴んで軽く睨む。

「それは何故?」

 こんな明白なことに説明なんかいるか。そう顔に出ていることには勿論気づかれてしまう。むぅ、と童の頬が膨らみ、掴んだ腕を引かれる。やはり逃してはもらえないらしい。諦め顔で引っ張られるコウを連れて、ミトヤはある建物にまで歩いて行った。ミトヤの家だ。他の住民が地面に穴を掘り柱を立てて藁と土で屋根を付けただけの家なのに対して、巫女であるミトヤはそれより大きな高床の木製の家に、家族とは離れて一人で寝泊まりしている。倉庫と変わらない作りだが、この素朴なムラでは一番立派な部類の建物だ。

 ここももうすっかり馴染みだった。このムラを案内されていない時はずっとここでお喋りに付き合わされていたのだから。
 入り口さえ潜ってしまえば、屋内は体格の良いコウでも不自由に感じない程度に広い。二人の姿を見て、窓枠にとまっていた白い小鳥が「てい」と鳴いた。そうだ、”一人で”寝泊まりしているのではなかった。この妙な鳥もいた。
 
 コウの手を引いて床に座った童は、むくれた頬のまま何か無言で考えている。企んでいる、という表現の方が正しかったとわかったのは、急ににこりと笑ってこう言ったからだ。

「風にだいぶあたってしまったわ。髪を かして頂戴、コウ」

 流石にもうため息を隠す気にもなれない。

「…主様よ」

 もういい加減に無理だと思った。この童はただ分かってないんだ、と思いたい。胡座をかくコウの前にちょこんと座っている小さな姿となるべく目線の高さを合わせるように身を縮め、言葉を選びながら切り出した。

「あんたが賢いことはもう知っている。言えば分かってくれると思うから言うんだが」

 大きい目がパチパチと瞬いた。聞いてくれるようだから、そのまま続ける。

「生口は主人に仕えるものだといっても、それぞれ意思も誇りもある。それに元が捕虜や罪人なら、腹の中で何を考えてるかなど知れたものじゃない。あまり変なことをさせると、お互いの為にならないぞ。いいか、侍女や意思のない道具のように扱われるのは、大抵の男なら良い気がせんと言っておく。それか心得違いの奴なら、童相手だろうと変な気を起こすかもしれん。この先俺以外にも男を使うことがあるだろうから、覚えておいた方が良い」

 やや下を向いて小首を傾げている巫女の眉が段々下がってきた。下の身分の人間に進言されて怒り狂う性格ではなさそうなことは分かっているものの、甘やかされていそうだから叱られたようには感じるかもしれない。あまり臍を曲げられすぎれば立場上困るのは自分の方だ。コウは少し考え、近くに置かれた櫃を引き寄せ櫛を取り出した。

「どうだ、俺をあの工房で働かせるなら、こんな目の荒い櫛よりまともな物を作ってやる。奴国の姫君に負けないくらい、立派な飾櫛を主様に渡してやれるぞ」

 機嫌を取ろうとしても、しゅんと下がってしまった眉は持ち上がらなかった。小さな声が悲しそうに萎れている。

「ごめんなさい、貴方を困らせて。でも、わかって欲しいわ。私だって、他の男にならこんなことはしないの。コウ、貴方だからなの。貴方にだけよ」

 弱々しく訴える台詞はコウに罪悪感と、加えて流石に多少の優越感めいたものを抱かせた。こんなに一途に懐いてくれている童にキツいことを言うことはなかったのではと、一瞬思ってしまったくらいだ。だがコウが言葉に迷ううちに、巫女の童はあくまでしおらしくこんなことを付け足した。

「だって貴方のその、すごーく嫌だけど仕方ない、って我慢して従う顔が好きなんだもの」

 あぁ? 一瞬戸惑い、遅れてくっきりと青筋が米神に浮かんだのを感じる。さっき泣いたカラスがなんとやら、コウの反応を見てころころと笑い転げているミトヤの姿は、この一連を全て分かってやっているという何よりの証拠だ。

「フフフッ、違うの、冗談、冗談よ。本当はね、貴方が優しいからつい甘えたくなっちゃうだけなの」

 笑いすぎた涙目で取り繕うように言われたところで、気分が良くなる訳はない。優しいだと? またこいつは適当なことを言って大人をからかおうと。自分は罪人となってからは乱暴な男だと思われていたし、奴国で蕃人達の頭だった時も厳しいと噂こそされ、優しいなどとは言われたことがない。そんなことを言われたことがあるとすれば相当前、外つ国にいた頃──思い出す必要もない。もう前のことすぎて、別の人間の記憶のようだ。

 憮然としているコウを見て、ミトヤはさも良いことを思いついたとばかりに言う。

「このムラを大きくするのを手伝ってくれるなら、貴方の気にいる仕事をきっとさせてあげられるのだけど」

 結局、その話に戻すらしい。全くこんな田舎ムラで、この童はどうやってこんな風に人を手玉に取る方法を学んだんだ?
 諦め顔のコウの胡座の上に小さな尻を乗せ、返事も待たずに結んでいた髪を解く背中を忌々しく見ながら童の脇に手を入れ持ち上げた。「 いてやるから、せめて乗るな」と言ったせめてもの抵抗に、意味があると信じたい。
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