巫女ヒメ様は、それを告げない

鹿部

文字の大きさ
5 / 8

剣と鏡

 このムラを大きくするのを手伝ってくれるなら、あなたの気にいる仕事をさせてあげられるのだけど。

 気の進まないながらも長い黒髪に櫛を通しつつ、先程言われた言葉を思い返している。絹糸のような細い髪は、自分のタコのできた荒々しい手とあまりに不釣り合いだった。

「確かに、このムラは思ったよりは悪くない。広い平地で田を作りやすいが、一方で川に海に湖に、ほとんど四方を水に囲まれているから外から攻めるとすれば難しい。港としても使いやすい、良い立地だ。交易にしても翡翠の産地が近いし、染め物も中々珍しい色のものがあるから他所からは喜ばれるだろう。小さいが、豊かなムラではあるな」

 コウが考えながら静かに切り出すのを、背を向けた巫女は何も言わずに聞いている。

「だが、このムラに金属カネ の剣はあるか?鏡や、銅鐸は?」

 小さな頭がふるふると振られ髪が揺れた。肩から落ちた一房を手に取り、目の荒い櫛を通していく。

「西の国々には山ほどある。外つ国には、もっとだ。もう、このムラとは別の世界だぞ。今更何かしたところで追いつけるものじゃない」

「それがなんなの。鏡や銅鐸がどんなものかは聞いて知ってる。神が宿るものなんでしょう。でも、別にこのムラにも神様はいらっしゃるわ。他に使い道がないなら、要らないと思うの。剣だけは、戦いで使えるから欲しいけれど。だから剣だけ、このムラでも作れるようになれば良いだけじゃない?」

 半ば振り向いた顔が不満げに言った。賢い童も流石にこんな田舎にいれば、その辺りの事情は知らないか。コウはどう話したものかと少し考える。説明が長くなるから、わざわざ話したくなかったのだ。

「剣を作る、か。そうだな、まず、海人が銅や鉄の剣を持ってきたことはあるか?割れていない鏡や、銅鐸でも良いが」

 白い顔は何か言いたげだが、言い返してこないということはないのだろう。前を向け、と声をかけ、また別の一房に櫛を通す。

「ないだろう。ある筈がない。斧や鍬なんかとは違って、あれは権威を示す物だ。外つ国の王が専用の工房で作らせ、どこにどう配布するかまで管理する。だから、外つ国でも市に出回らないし、一般の住人の手にも入らない。海人が仕入れる先は大抵そのどちらかだから、商品になることがないんだ」

 一度言葉を切った。この童はどこまで知っているだろうか。

「そもそも、アカガネ やクロガネ の道具をどうやって作るかも、知らないか」

 首を振られた。少しだけ迷ったが、別にこんな場所で製法を多少話したところで捕まえに来る人間がいる筈もない。

「このムラでも、翡翠を他所から仕入れた後に加工して勾玉にするだろう。同じように、外つ国には銅や鉄の元が獲れる場所がある。見た目は、石みたいなものだな。それを…大雑把に言えば、土器を焼く時のように火を使って焼く。甕に入れてな。そうすると、石が溶けて水のようになる。その水を型に入れて…型はわかるか」

 また首を振られた。生意気な童が真剣に聞き入っているのが少しおかしい。持っていた櫛をその目の前に差し出した。

「想像してみろ。土器を作る時に、粘土にこの櫛を押し付ける。すると、この形の窪みができるな。その粘土を焼けば窪みの形を残したまま硬くなる。それが型だ。もしその窪みに水を入れて、そのまま氷になったらどうなる? この櫛と同じ形の氷ができるだろう。同じことを、溶けて水のようになった金属カネ でやるんだ。冷めたら氷と同じように固まるからな。鏡や銅鐸はそうやって作る。剣や斧なんかなら、型から出したあとは叩くなり研ぐなり…あんたの工房で爺さんがやっていたのと同じだ。そこまでいけば、もうわかるな」

 一つ一つ頷きながら聞く童の瞳が輝いている。

「作り方、それくらいなら…」

「待て。これは簡単に言ったんだ。実際は、かなり難しい。土器を焼く時よりもはるかに火を熱くしないと石は溶けない。火を燃やすための特別な炉を作らないとならないし、燃やし方も…この辺りの技術は、外つ国の秘密なんだ。場合によっては、話すと罪になることもある。西の国でも今のところは真似できていないからな」

「でも、西の国では剣を作ってると聞いたわ」

「そうだ。それは、さっき言った難しい秘密の部分というのが石から溶かす部分のことだけだからだ。つまりな、外つ国の工房で、まず金属の石を溶かす。そしてそれをいきなり剣の型に流し込むのではなく、もっと単純な形の型に入れ、適当な大きさの塊に固める。延べ棒、というものだな」

 実物も見たことがない人間に通じるか不安だが、とりあえずは続ける。

「その延べ棒を西の国は外つ国まで行って手に入れるんだ。最初の石から溶かすのは難しいが、一度溶かして塊になったものをもう一度溶かすのはそこまで難しくはないからな。入手してきた延べ棒を自分達の炉で溶かして加工するというやり方で、奴国や他の西の国は金属の剣や他の道具を作っている」

 ミトヤにとっては初めて聞くような話ばかりで難しいのだろう、顎に指をあてて考えてこんでいる。だがやはり飲み込みは早いようで、問うてきた内容は要点をついていた。

「じゃあ、私たちも外つ国まで船で行って、その延べ棒を買えば良いのかしら?」

 髪を梳かしてもらうことよりもうすっかり話に夢中になっている。あぐらをかいた膝に乗り上げるようにして勢いこむ童を手で制しながら教えてやる。

「加工後の剣や鏡と同じで、延べ棒も王が管理している。市には出回らない」

「それならどうやって西の国は手に入れているの?」

 もっともな疑問だ。頭が良い相手だから、話が進むのが早い。童に昔話の結末を語ってやるような調子で、続きを言った。

「そこで主様がいらないと言った、鏡の出番だ」
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

大和型重装甲空母

ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を12隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。 表紙はNavalArtというゲームの画像で、動画投稿者の大和桜花さんに作っていただきました