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5、理想と現実(二)
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椅子に縛り付けられ、目隠しもされてしまった状態で意識を取り戻したラナは、口に挟み込まれた布を舐める舌触りも、手足を固く縛り付けるロープの感触も、全てが恐怖の対象となって叫び声を上げた。
「んんッ!うぅー!んんんー!」
口を塞がれたラナが言葉にならない声で叫び続けていると、近くで物音がした事に気付いて、叫ぶのを止めて耳をすませた。すると、足音がだんだんと近づいてきたかと思えば、聞いたことのない男の声がした。
「気づいたようだな」
この男が自分をさらった犯人であることに気づいたラナは、頭の中で「このままでは殺されてしまう」という警告音が鳴り響いていた。
(どうしてここまで私を狙うの!?)
武術や魔法など身を守る力もないラナにとって、今の状況は過酷なものだった。理不尽な目に遭わされている自分が悲しくて、悔しくて、たった一人の家族だった兄のことを思い出して涙がこみ上げてきた。
(兄さん、どうしたらいいの…。誰か助けて…!)
その時、凄まじい爆発音と爆風がラナの体を飲み込んだ。縛られていた椅子が傾いたので、このまま床に倒されるか、壁に激突することを想像した瞬間、今度はなぜか温かい空気に全身が包まれたような気がして、ふわりと浮いた状態になったことがわかった。
周囲では物が壊れたりぶつかったり、激しい騒音があちこちから聞こえてくるのに、ラナだけは視界が封じられた暗闇の中で説明のつかない安心感に満たされていた。
しばらくして風が止んだ後の部屋の中では、ラナを誘拐してきた男達が「ぐあっ!」「うぅっ!」とそれぞれ悶絶した声をあげて、床の上に転がっていたのだった。
「売家(家具付き)」の看板が立つ空き家の一室で、誘拐されて人質となっていた女性を助けることができたレイノルド、ベック、そしてアッカーの三人は、それぞれが勝手にしゃべり始めた。
「やっぱり加減ができていないな。どうやったら一番早く修得できますかね」
と悩んでいるのはレイノルド。
「ドアを壊すだけなのに、何であんな手先の動きだけでバカみたいな量の魔力が出るんだよ。アッカーがいたから安全に保護できたんだぞ!あんなんだったら俺が蹴破ったほうがマシだ!」
と呆れながら怒っているのはベック。
「警護期間の終了と同時に襲われるなんて、犯人に情報が洩れていたのか?いったいどこから情報が漏れたんだ?」
と深刻な表情で言ったのはアッカーだ。
他の警護団の仲間達が来るまで、大人しく椅子に座って待つことになった被害者のラナは、助けてくれた三人の騎士の不思議な会話にただじっと耳を傾けていた。
「ごめん。ドアだけ壊すつもりだったんだけど、破壊した瞬間にナイフを持った男が見えたからつい力が加わってしまった…」
「アッカー、レイはやっぱり訓練が必要だよ。お前からちゃんと魔法の使い方を教えてやってくれよ」
「俺は忙しいから自分達でなんとかしろって言っただろう。それより先輩達が来たらこの状況をどう説明するんだよ」
アッカーの最後の言葉で、レイノルドとベックも黙り込んでしまった。意識を失って床に転がる犯人は五人もいて、簡単にはほどけないように魔法をかけたロープでぐるぐる巻きにしてあるので、それはひとまず安心してもいい。
しかし一番の問題は、この部屋の中が悲惨な状態にあるということだ。ラナが座っている椅子以外の家具は全部、レイノルドの風魔法で破壊してしまったのだ。
三人が「弁償」という単語を思い浮かべて沈黙していたところで、ラナはやっと助けてもらったお礼をいうチャンスを見つけることができた。
「あの…、ありがとうございました」
今回の誘拐事件の被害者であるラナは、小柄な可愛らしい女性だった。そんな人が泣きそうな顔をしながらお礼を言ったので、三人はしどろもどろといった感じになってしまった。
先に動いたのは、女性に対してはどこまでも紳士な対応になるベックだった。彼はラナの目線に合わせて膝をついて、こうなったいきさつを説明した。
「怖かったですよね。すぐに助けられなくてすみません。あなたを迎えに来ていた騎士が偽物とわかって様子を伺っていたところ、別の男が現れてあなたを攫って行ったので、他にも仲間がいるかもしれないという話になって、全員を一度に捕まえることにしました。それでも、あなたを怖がらせてしまって申し訳ありませんでした」
誘拐を見逃して犯人を一網打尽にしたかったという話を聞いたラナは、謝ってくれた相手に何と言えばいいのかわからなくなって、言葉を詰まらせながら、あふれ出る涙をふいた。
慌ててハンカチを差し出したベックの背後で、アッカーも気不味い想いで様子を見守っていたが、少し時間をおいてラナに対して抱いていた疑問をぶつけた。
「しかし…単なるストーカー被害とは思えない状況ですね。何か訳有りだったのですか?」
ラナはアッカーの指摘に驚いて、目を見開いたまま固まってしまった。
(どうしよう…。この人達ならあの事を言ってもいいのかしら…)
迷いはあったが、ラナは誰かにずっと聞いて欲しかったという自分の本心に気づいて、言うなら今しかないと決心をした。
「私の兄が殺されたことはご存知ですよね」
ラナが慎重に言葉を選んでいることに気づいたアッカーは、無言で頷いた。
「兄は昔、ベイズ工場の生産管理部門で働いていました」
「ベイズ工場と言えば、この国の軍事産業でトップクラスを誇る企業が運営している工場ですね」
ラナはアッカーの正確な情報に、しっかりと頷いた。
「ある日、生産数と発注した備品の数があまりにも合わないということに気づいて、数字の入力ミスかもしれないと思った兄は経理担当の知り合いに再確認をお願いしたそうです。そしたら、その方は翌日自宅で手首を切って自殺してしまったところを発見されて、遺書も見つかりました」
三人は顔を見合わせて、この後の話の展開を互いに予想していた。
「遺書によると、長年うつ病に悩んでいたとかで、それ以上に詳しいことは書かれていませんでしたが、自宅からは処方された薬も出てきて、そのまま自殺ということで終わってしまったんです」
膝をついたままのベックが、数カ月前に起こった事件について思い出して尋ねた。
「確かにそういう事件がありましたね。では、お兄さんの死はそれと関係していると言うのですか?」
ラナはまたしても否定せずに素直に頷いた。
「兄はその人のことが好きだったんです。彼女が日頃から何か悩んでいる様子だったことや、自分が何気なく質問したことが、結果的に彼女を死に追い込んでしまったんじゃないかって、ずっと苦しんでいたんです」
三人は無言のまま、その後もラナの話を静かに聞いていた。
「んんッ!うぅー!んんんー!」
口を塞がれたラナが言葉にならない声で叫び続けていると、近くで物音がした事に気付いて、叫ぶのを止めて耳をすませた。すると、足音がだんだんと近づいてきたかと思えば、聞いたことのない男の声がした。
「気づいたようだな」
この男が自分をさらった犯人であることに気づいたラナは、頭の中で「このままでは殺されてしまう」という警告音が鳴り響いていた。
(どうしてここまで私を狙うの!?)
武術や魔法など身を守る力もないラナにとって、今の状況は過酷なものだった。理不尽な目に遭わされている自分が悲しくて、悔しくて、たった一人の家族だった兄のことを思い出して涙がこみ上げてきた。
(兄さん、どうしたらいいの…。誰か助けて…!)
その時、凄まじい爆発音と爆風がラナの体を飲み込んだ。縛られていた椅子が傾いたので、このまま床に倒されるか、壁に激突することを想像した瞬間、今度はなぜか温かい空気に全身が包まれたような気がして、ふわりと浮いた状態になったことがわかった。
周囲では物が壊れたりぶつかったり、激しい騒音があちこちから聞こえてくるのに、ラナだけは視界が封じられた暗闇の中で説明のつかない安心感に満たされていた。
しばらくして風が止んだ後の部屋の中では、ラナを誘拐してきた男達が「ぐあっ!」「うぅっ!」とそれぞれ悶絶した声をあげて、床の上に転がっていたのだった。
「売家(家具付き)」の看板が立つ空き家の一室で、誘拐されて人質となっていた女性を助けることができたレイノルド、ベック、そしてアッカーの三人は、それぞれが勝手にしゃべり始めた。
「やっぱり加減ができていないな。どうやったら一番早く修得できますかね」
と悩んでいるのはレイノルド。
「ドアを壊すだけなのに、何であんな手先の動きだけでバカみたいな量の魔力が出るんだよ。アッカーがいたから安全に保護できたんだぞ!あんなんだったら俺が蹴破ったほうがマシだ!」
と呆れながら怒っているのはベック。
「警護期間の終了と同時に襲われるなんて、犯人に情報が洩れていたのか?いったいどこから情報が漏れたんだ?」
と深刻な表情で言ったのはアッカーだ。
他の警護団の仲間達が来るまで、大人しく椅子に座って待つことになった被害者のラナは、助けてくれた三人の騎士の不思議な会話にただじっと耳を傾けていた。
「ごめん。ドアだけ壊すつもりだったんだけど、破壊した瞬間にナイフを持った男が見えたからつい力が加わってしまった…」
「アッカー、レイはやっぱり訓練が必要だよ。お前からちゃんと魔法の使い方を教えてやってくれよ」
「俺は忙しいから自分達でなんとかしろって言っただろう。それより先輩達が来たらこの状況をどう説明するんだよ」
アッカーの最後の言葉で、レイノルドとベックも黙り込んでしまった。意識を失って床に転がる犯人は五人もいて、簡単にはほどけないように魔法をかけたロープでぐるぐる巻きにしてあるので、それはひとまず安心してもいい。
しかし一番の問題は、この部屋の中が悲惨な状態にあるということだ。ラナが座っている椅子以外の家具は全部、レイノルドの風魔法で破壊してしまったのだ。
三人が「弁償」という単語を思い浮かべて沈黙していたところで、ラナはやっと助けてもらったお礼をいうチャンスを見つけることができた。
「あの…、ありがとうございました」
今回の誘拐事件の被害者であるラナは、小柄な可愛らしい女性だった。そんな人が泣きそうな顔をしながらお礼を言ったので、三人はしどろもどろといった感じになってしまった。
先に動いたのは、女性に対してはどこまでも紳士な対応になるベックだった。彼はラナの目線に合わせて膝をついて、こうなったいきさつを説明した。
「怖かったですよね。すぐに助けられなくてすみません。あなたを迎えに来ていた騎士が偽物とわかって様子を伺っていたところ、別の男が現れてあなたを攫って行ったので、他にも仲間がいるかもしれないという話になって、全員を一度に捕まえることにしました。それでも、あなたを怖がらせてしまって申し訳ありませんでした」
誘拐を見逃して犯人を一網打尽にしたかったという話を聞いたラナは、謝ってくれた相手に何と言えばいいのかわからなくなって、言葉を詰まらせながら、あふれ出る涙をふいた。
慌ててハンカチを差し出したベックの背後で、アッカーも気不味い想いで様子を見守っていたが、少し時間をおいてラナに対して抱いていた疑問をぶつけた。
「しかし…単なるストーカー被害とは思えない状況ですね。何か訳有りだったのですか?」
ラナはアッカーの指摘に驚いて、目を見開いたまま固まってしまった。
(どうしよう…。この人達ならあの事を言ってもいいのかしら…)
迷いはあったが、ラナは誰かにずっと聞いて欲しかったという自分の本心に気づいて、言うなら今しかないと決心をした。
「私の兄が殺されたことはご存知ですよね」
ラナが慎重に言葉を選んでいることに気づいたアッカーは、無言で頷いた。
「兄は昔、ベイズ工場の生産管理部門で働いていました」
「ベイズ工場と言えば、この国の軍事産業でトップクラスを誇る企業が運営している工場ですね」
ラナはアッカーの正確な情報に、しっかりと頷いた。
「ある日、生産数と発注した備品の数があまりにも合わないということに気づいて、数字の入力ミスかもしれないと思った兄は経理担当の知り合いに再確認をお願いしたそうです。そしたら、その方は翌日自宅で手首を切って自殺してしまったところを発見されて、遺書も見つかりました」
三人は顔を見合わせて、この後の話の展開を互いに予想していた。
「遺書によると、長年うつ病に悩んでいたとかで、それ以上に詳しいことは書かれていませんでしたが、自宅からは処方された薬も出てきて、そのまま自殺ということで終わってしまったんです」
膝をついたままのベックが、数カ月前に起こった事件について思い出して尋ねた。
「確かにそういう事件がありましたね。では、お兄さんの死はそれと関係していると言うのですか?」
ラナはまたしても否定せずに素直に頷いた。
「兄はその人のことが好きだったんです。彼女が日頃から何か悩んでいる様子だったことや、自分が何気なく質問したことが、結果的に彼女を死に追い込んでしまったんじゃないかって、ずっと苦しんでいたんです」
三人は無言のまま、その後もラナの話を静かに聞いていた。
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