【完結済み】追放された貴族は、村で運命の愛を見つける

第2話：追放への旅立ち

　リリアナの部屋に戻ると、見慣れた家具や装飾品が無情にも彼女の目に映り込んできた。ここは、幼い頃から育った場所。過去の記憶が瞬く間に彼女の胸をよぎる。大きな窓から差し込む陽の光さえ、今は冷たく感じた。

　彼女はゆっくりとドレスの裾を握りしめ、その冷たい布地の感触に小さな震えを感じる。自分がこの部屋に戻ってくることは、もうない――そう思うと、胸の奥から苦しいほどの感情が押し寄せてきた。

（この場所とも、もうお別れなのね）

　リリアナは無意識に、自分の体を抱きしめるように両腕を回した。孤独感が身体中に広がっていくのを感じる。これまで自分が築いてきたものすべてが、この瞬間に崩れ去ろうとしている。だが、それでも彼女は涙を流すことを許さなかった。

　強くあらねばならない。リリアナは、心の中でそう言い聞かせた。涙を見せることは、自分に対する敗北を意味するのだと。

　その時、ドアが控えめにノックされた。

「リリアナ様、支度はお済みでしょうか？」

　侍女のエリザが、静かに声をかけた。その声には、いつもよりも深い悲しみと緊張が混じっているのが分かった。エリザは幼少の頃からリリアナに仕えていた。彼女にとっても、この別れが辛いものであることは明らかだった。

「……ええ、もうすぐ行くわ」

　リリアナは平静を装い、声を出した。だが、心の奥では感情が荒波のように揺れ動いていた。この場を離れることへの恐れ、未知の世界への不安、そして、裏切りへの怒りが混ざり合い、彼女の胸を締め付ける。

　部屋を後にする前に、リリアナはもう一度、自分の居場所を見回した。手を伸ばしても、今はもう触れることができない、遠い過去の記憶のように感じた。それでも、彼女は一歩を踏み出さねばならない。

（私はこの場所を捨てるのではない……生き残るために、新しい一歩を踏み出すのだ）

　彼女の心の中に小さな炎が灯る。それは、絶望の中でも消えない強さの象徴だった。

　廊下に出ると、エリザが待っていた。彼女の目には涙が浮かんでいたが、リリアナはそれに気づかないふりをした。侍女の弱さに同調することは、リリアナにとって自分の感情に負けることを意味するからだ。

「準備は整っています。馬車が門の前に用意されています」

「ありがとう、エリザ」

　リリアナは短く答えた。そして、無言でエリザの後に続いて階段を降りる。屋敷の中は普段とは違う静けさが漂っていた。まるで、屋敷そのものがリリアナの去ることを惜しんでいるかのように。

　玄関の扉が開かれると、冷たい風が彼女の頬をかすめた。馬車が用意されており、その周りには何人かの侍従が控えていたが、誰もリリアナを見つめることはしなかった。彼らもまた、何かを知っているのだろうか。だが、彼女はその沈黙に問いかけることをしなかった。

「リリアナ様……」

　エリザが声をかける。しかし、その言葉の後に続くものはなかった。何を言っていいのか、エリザ自身も分からないのだろう。

　リリアナはそっと微笑んだ。それは、どこか寂しさと決意が入り混じった微笑だった。

「もう、大丈夫よ。ありがとう、エリザ」

　その言葉には、リリアナ自身に対する励ましの意味も込められていた。自分が弱さに負けないよう、彼女は心の中で何度も言い聞かせる。

　そして、静かに馬車に乗り込んだ。扉が閉まり、窓越しに見える屋敷の姿が徐々に遠ざかっていく。その景色が彼女にとって最後のものであることを、リリアナは知っていた。