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しおりを挟む「お戻りか?」
明臣が顔を上げるなり冗談めかした声で問う。
「逆だろ。帰ってきてたなら、声を掛けてくれれば良かったのに」
傍の懐中時計を開くと、時刻はすでに午後五時を示そうとしていた。
「お前は何を言っているんだ。声どころか愛する人がこんなに近くにいて抱いているというのに、お前は気づかなかったじゃないか」
さすがにぐうの音も出ず、春信は黙り込む。
「素直に非を認めないのか。こういう強情なところは、父親譲りなのかもな」
拗ねた顔をする春信の肩に顎を乗せ、明臣が囁く。
そこで自分が何をしにここに来たのか、春信は思い出す。小さく息つくと、「話があって来たんだ」と切り出す。
いい話ではないのだと察したのか、すんなりと明臣が身を離した。
春信は明臣と向き直る。
やや前のめりになりつつ、「縁談が早まったのか?」と明臣が早々に口火を切った。
それに怯むまいとして腹に力を込め、春信は口を開く。
「僕に養子の話が来ている」
「養子だと?」
さすがの明臣も、頓狂な声を上げる。
「どこからだ?」
「鳴宮家らしい」
「……鳴宮家って、あの鳴宮汽船だったところか?」
さすが今は豪商なだけに、明臣も知っているようだった。春信は首肯する。
「……鳴宮かぁ……確かどこかで……」
明臣は腕を組み、考え込む。春信同じく、鳴宮という姓をどこかで聞いた覚えがあった。だけど今だに思い出せず、もしかすると新聞で読んだだけかもしれないと半ば諦めていた。
「そんな豪商がなんで養子を取るんだ。跡継ぎがいないのか? だったら別に春信でなくとも、他を当たってもらえばいい」
「僕にもわからない。でも……それで家が持ち直せるなら」
「まさか、借金の為に行くのかよ」
怒りを抑え込むように、明臣の声音が低くなる。春信はそれには答えず、「向こうにとって、利益に繋がるかは分からないけど」と淡々と述べる。
明臣が唐突に立ち上がる。箪笥の前に行くと、一番上を引き出す。その裏側に手を這わせ、何か封筒を手にすると春信の前に再び腰を下ろした。
「ここに当面の生活費がある」
春信の手を取り、明臣が封筒を握らせる。そのずっしりとした重みが、明臣の覚悟の表れなのだろう。
「だから今すぐ一緒に逃げるぞ。何があろうと、俺がお前を守ってやる」
封筒ごと抱き込むように、明臣が春信の手を握る。
「……明臣」
彼の必死さは痛いほどに伝わってくる。できる事なら、彼と共に逃げたいとも思う。それでも春信は首を縦に振ることは出来ない。
明臣の言うとおりで自分はやはり父親に似て頑固なのかもしれないと、春信は何とも言い難い気持ちになった。
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