甘味食して、甘淫に沈む

箕田 はる

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 暮らしにも慣れ、季節も梅雨から初夏の兆しが見え始めた頃。
 春信は再び餡作りを再開することにした。
 本来であれば、初夏に近いこの時期は、餡子の保存には向かない。それでも何もせずに、ただ書庫に籠もるよりは有意義なことには違いなかった。
 春信はまず、小豆を選別することから始める。本来であれば、秋頃の収穫したての小豆の方が鮮度も良いが、今は我慢するしかない。
 選別した小豆洗い、それから渋抜きするために小豆を沸騰したお湯であく抜きしていく。一度お湯を捨て、また新しい水を加えて一時間ほど煮込んでいく。小豆が柔らかくなったのを確認し、煮汁を捨ててからまた小豆を鍋に戻す。弱火で砂糖を分け入れ、木べらで優しく練りあげていく。
 ここまでに相当の時間を要するが、春信は苦には感じなかった。それどころか、久しぶりに嗅いだ小豆の甘く香ばしい匂いに、春信の胸は高鳴っていた。
 少しの時間差や砂糖の量で、味は大きく変わってしまう。だからこそ、餡職人という選任がいて、かつ昭蔵は簡単に認めてくれないのだ。
 職人技に等しい作業であり、緊張もあるが春信はこの作業が一番好きだった。和菓子の要とも言える餡の部分を自分の勘と経験値で変わるところに、面白さを感じていたからだった。
 最後に火を止めて、塩をひとつまみ加えて混ぜ合わせる。
 一口だけ味見をすると、口の中に濃厚な甘さが広がっていく。以前に作った物と遜色のない出来映えではある。だが全く同じということは、昭蔵に認められる味ではないということと等しい。
 何が足りないのか、何が間違っているのか春信には分からなかった。
 溜息を吐き、調理に使ったものを片付ける。洗い物が終わった頃に、丁度粗熱も取れていた。
 いっそのこと、捨ててしまいたかったが、高価な食材を無駄にするわけにはいかず、やむを得ず餡子玉を作る事にする。
 ただ粒餡を丸めただけの簡単なものだが、簡潔に餡子の味が伝わるものだった。
「出来ましたか?」
 顔を覗かせた倉田に「出来たけど、失敗作だ」と春信は肩を竦める。
「一つ頂いてもよろしいでしょうか?」
 春信は頷くと倉田に容器を向ける。
 頂きますと言って、一つ摘まむと倉田は口へと運ぶ。緊張した面持ちで春信はそれを見守った。
「とても美味しいです。井之口堂の味がします」
 倉田が微笑む。初めて見た彼女の笑顔に、春信は世辞ではないと悟る。
「でも、これじゃあ駄目なんだ。何がいけないのかすら、僕には分からない」
「私からすれば、充分に素晴らしいと思うのですけどね」
 倉田が困ったように、容器を見つめる。
「こんなもので良ければ、貰ってもらえると助かる」
「良いのですか?」
「捨てるには勿体ないし、また作るから」
 容器を倉田に渡すと、春信は二階へと向かう。何か手がかりになりそうな物を探そうと、書室へと入る。
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