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週末は天気も良く、昨日までの雨が嘘みたいな青空が広がっていた。
外出用に春信は着物で正装し、清次は洋装を着こなしていた。
都心部は和洋折衷入り乱れる装いの人が多く、静かな田舎町に比べれば大いに賑わいを見せていた。
洋造りの店構えが多く建ち並び、横文字の看板が踊っている。見上げるほどに高い百貨店を前に、春信は圧倒されていた。
その中でも一際目を引く、まるで巨大なお城のような建物こそが、二人が目指していた劇場だった。
手続きを済ませて中に足を踏み入れると、すでに中は人で溢れかえっていた。まず驚いたのが、椅子が並んでいることだった。
寄席や歌舞伎などの演劇だと、座布団に座って見るか、もしくは桟敷席と呼ばれる少し高価な座席が主流だったからだ。
座席に腰掛け、開演を待つ。舞台は厚いカーテンに隠されていた。
「緊張しているのかい?」
口数の少ない春信を気にしてか、清次が声をかける。
「……少しだけ。こういうとこ、良く来るの?」
堂々としている様子の清次に、春信は問い返す。
「付き合いでね、何度か足を運んでいるぐらいだよ」
その付き合いというのが、どう言ったものなのかぐらい春信にも分かる。少しだけ胸中が波立つ。
「もしかして、妬いているのかい?」
目敏く聞かれ、春信は「そんなんじゃない」と視線を逸らす。
開演のブザー音が鳴り、照明が落ちる。カーテンが開かれ、光に照らされた舞台が浮かび上がる。煌びやかなドレスを着た女性とタキシード姿の男性が、華やかな洋室で向き合っていた。
会話劇から始まり、そこから舞台が切り替わり、話が進行していく。
なかなか目にすることのない西洋の一風景を前に、春信はすっかり虜になっていた。
開演して二時間という時間が一瞬だったかのように、春信は浮ついた足取りで劇場を出る。
「凄かった。こんな世界があるなんて」
感動覚めやらぬまま、春信は感嘆の息を吐く。
「君ならば、こういったのが好きだろうと思っていたんだ。想像以上に喜んで貰えて光栄だよ」
清次が微笑む。むず痒いような気持ちがわき上がり、春信は視線を俯ける。今日の自分は何だか浮かれているようだった。
その足で向かったのは『太陽軒』だった。幼い頃と変わらない店構えは、変貌を遂げている周囲の街並みの中で、唯一の郷愁を思わせた。
店内に足を踏み入れる。あの頃とは変わらず、洋卓と椅子の並んだ席が置かれ、賑わいを見せていた。唯一変わったことといえば、洋装の人間が増えたということぐらいだろう。
女給に案内され、二人で席に着く。運ばれてきた水を口にし、一息ついた。女給からメニューを渡されたが、春信は迷わずライスカレーに決めていた。
「ボクもライスカレーにしようかな」
清次がそう言って、手を上げる。女給がやってきて注文を受けている間、春信は周囲の視線が清次に向いているのに気付く。こちらをチラチラ見ては、一緒に来ていた友達に頬を染めながら、耳打ちする若い女性客。他にも男性と来ているにもかかわらず、視線を離せずにいるモダンな女性までいた。
かく言う女給も、なかなか離れようとしなかったぐらいだ。
「どうしたんだい?」
清次に問われ、ようやく春信は意識を清次に向けた。
「……何でもない」
「大丈夫だよ。君が声をかけられた時は、ボクが追いはらってやる」
さりげなく視線を流した清次が、励ますように言う。
「僕じゃなく、君の方が気を付けた方が良い」
「ボクは平気だよ。君にしか興味がないからね」
春信はコップの水に口をつけ、黙ったまま受け流す。
外出用に春信は着物で正装し、清次は洋装を着こなしていた。
都心部は和洋折衷入り乱れる装いの人が多く、静かな田舎町に比べれば大いに賑わいを見せていた。
洋造りの店構えが多く建ち並び、横文字の看板が踊っている。見上げるほどに高い百貨店を前に、春信は圧倒されていた。
その中でも一際目を引く、まるで巨大なお城のような建物こそが、二人が目指していた劇場だった。
手続きを済ませて中に足を踏み入れると、すでに中は人で溢れかえっていた。まず驚いたのが、椅子が並んでいることだった。
寄席や歌舞伎などの演劇だと、座布団に座って見るか、もしくは桟敷席と呼ばれる少し高価な座席が主流だったからだ。
座席に腰掛け、開演を待つ。舞台は厚いカーテンに隠されていた。
「緊張しているのかい?」
口数の少ない春信を気にしてか、清次が声をかける。
「……少しだけ。こういうとこ、良く来るの?」
堂々としている様子の清次に、春信は問い返す。
「付き合いでね、何度か足を運んでいるぐらいだよ」
その付き合いというのが、どう言ったものなのかぐらい春信にも分かる。少しだけ胸中が波立つ。
「もしかして、妬いているのかい?」
目敏く聞かれ、春信は「そんなんじゃない」と視線を逸らす。
開演のブザー音が鳴り、照明が落ちる。カーテンが開かれ、光に照らされた舞台が浮かび上がる。煌びやかなドレスを着た女性とタキシード姿の男性が、華やかな洋室で向き合っていた。
会話劇から始まり、そこから舞台が切り替わり、話が進行していく。
なかなか目にすることのない西洋の一風景を前に、春信はすっかり虜になっていた。
開演して二時間という時間が一瞬だったかのように、春信は浮ついた足取りで劇場を出る。
「凄かった。こんな世界があるなんて」
感動覚めやらぬまま、春信は感嘆の息を吐く。
「君ならば、こういったのが好きだろうと思っていたんだ。想像以上に喜んで貰えて光栄だよ」
清次が微笑む。むず痒いような気持ちがわき上がり、春信は視線を俯ける。今日の自分は何だか浮かれているようだった。
その足で向かったのは『太陽軒』だった。幼い頃と変わらない店構えは、変貌を遂げている周囲の街並みの中で、唯一の郷愁を思わせた。
店内に足を踏み入れる。あの頃とは変わらず、洋卓と椅子の並んだ席が置かれ、賑わいを見せていた。唯一変わったことといえば、洋装の人間が増えたということぐらいだろう。
女給に案内され、二人で席に着く。運ばれてきた水を口にし、一息ついた。女給からメニューを渡されたが、春信は迷わずライスカレーに決めていた。
「ボクもライスカレーにしようかな」
清次がそう言って、手を上げる。女給がやってきて注文を受けている間、春信は周囲の視線が清次に向いているのに気付く。こちらをチラチラ見ては、一緒に来ていた友達に頬を染めながら、耳打ちする若い女性客。他にも男性と来ているにもかかわらず、視線を離せずにいるモダンな女性までいた。
かく言う女給も、なかなか離れようとしなかったぐらいだ。
「どうしたんだい?」
清次に問われ、ようやく春信は意識を清次に向けた。
「……何でもない」
「大丈夫だよ。君が声をかけられた時は、ボクが追いはらってやる」
さりげなく視線を流した清次が、励ますように言う。
「僕じゃなく、君の方が気を付けた方が良い」
「ボクは平気だよ。君にしか興味がないからね」
春信はコップの水に口をつけ、黙ったまま受け流す。
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よろしくおねがいします。
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