甘味食して、甘淫に沈む

箕田 はる

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 数日経ってから、春信はチョコレートを使った餡子の開発に着手した。
 先日のことが頭の中で渦巻いていたが、すぐにでも取り掛からなければ、秋までに間に合わないだろう。それに身体を動かしている方が、あまり考えなくて済みそうだった。
 いつも通りの工程で餡を作っていく。どの段階でチョコレートを入れるべきか。それから砂糖の分量も大事になってくるはずだった。
 粒餡よりこし餡の方が、まろやかな口溶けになりそうだと、色々と考えながら手探りで作業を進めていく。
 こし餡の場合はさらし布を使って、皮を取る作業が必要となってくる。
 取りあえず今回は粒餡で作ってみることにする。砂糖の量を変え、溶かしたチョコレートをそれぞれ合わせていく。
 貴重な材料なだけに、何度も失敗を繰り返す訳にはいかなかった。
 一度目はやはり、思ったような味が出ずに失敗に終わる。
 日を改めて、再び別の方法を試すために、試行錯誤していく。作らない日であっても、書庫に籠もっては突破口を求めて彷徨った。
 本格的な夏を迎え、残すところあと二ヶ月となった。
 十月に舟に乗せる予定が決まり、時間はほとんど残されてはいない。にも関わらず、まだ思うような餡は完成していなかった。
 粒餡とこし餡の両方を用意したいと考えていた春信には、時間がなかった。
 開いている時間を見計らっては、台所へと足を踏み入れる。
 棚から材料を取り出した所で、小豆が足りないことに気付く。
 いつもなら倉田に頼むのだが、今日は珍しく体調が悪いと帰ってしまっていた。
 清次も仕事でいない。一人だけの状況は初めてで、寂しいような解放感があるような、何とも不思議な心持ちだった。
 小豆がなければ何も出来ないと、春信は困り果てる。諦めて明日まで待とうかとも思ったが、一日でも無駄にすれば間に合わなくなるかもしれないという焦りが大きかった。
 春信は悩んだ末に、買いに出かける決意をする。清次に必ず言ってから出るようにと言われていたが、今回はやむを得ない事情がある。
 それに小豆ぐらいだったら、近くの問屋で扱っている。すぐに帰って来れば問題は無いはずだ。
 春信は必要なお金を持ち、玄関の外に出る。この家に来てから初めて一人で門を抜け、問屋に向かった。
 小豆を買って家に戻り、玄関を開く。目の前に立っていた清次の姿に、春信は瞬時に硬直した。
何処どこに行ってたんだい?」
 口調は淡々としているが、明らかに冷めた瞳を前に春信はただ戦慄を覚える。小豆の入った袋に一瞥いちべつをくれるも、清次はそれには触れずに春信の腕を掴む。
「来なさい」
 顔を歪めるほどに痛い力で引かれ、春信は玄関を上がる。力の入らない手から小豆の入った袋が落ちたが、構ってはいられなかった。
「一人だろうからと、心配して早く帰って来てみれば……まさかこんなことになるとはね」
 こんな時間に帰って来ることは滅多にない。だからこそ、春信は油断してしまっていたのだ。軽率な行いをしたと、今更ながら後悔が募る。
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