甘味食して、甘淫に沈む

箕田 はる

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 それから春信は、時間を見つけては身辺整理を少しずつ始めていく。
 さすがに表立ってすることは出来なかったが、いつでもここを出られるようにしておきたかったのだ。
 明臣には手紙を記す事にした。
 直接話せば強引にでも言いくるめられ、押し問答が続くだけだと思ったからだ。
 今までの経緯と自分の想い。それから、自分の事は忘れて早く幸せになるようにと書き添えておく。
 一方的にはなってしまうが、その方が明臣も諦めがつくようにも思えた。何故なら、春信が頑固で決めた事を曲げない事ぐらい知っているからだ。
 あれから一週間ほど経つが、清次は変わらない態度で春信に接し、愛してくれていた。
 だが、答えがなかなか出ない状況を引き延ばしにし続けるわけにもいかなかった。
 そろそろ答えを聞かなければと、重たい気持ちで春信は書棚の整理に取り掛かる。
 ほとんどが清次の用意したものではあるが、中には自分が持ってきていた書物や新たに購入したものもある。
 自分が気に入っている物だけを数冊だけ、持ち出すつもりでいた。
 何処に向かうかも決めていない旅路だ。僅かに父から持たされたお金を元手に、どこまで行きどこで暮らすのか。まだ決まってはいないが、とにかく今はここを出ることが第一の関門だった。
 ずらりと並ぶ書物の中で、春信は一冊の本に目を留める。
『氷層』だった。
 それを引き抜くと、春信は表紙を見つめる。この男女は互いを想った末に、心中した。悲恋でもあるが、究極の愛を成し遂げたと言っても過言ではないだろう。だが、自分はどうだろうかと、春信は口を引き結ぶ。
 扉を叩く音がし、春信がそちらを見る。開かれた扉の先に、清次が現れる。
「春信君、ちょっと来てほしい」
 硬い口調からして、あまり良い話ではなさそうだった。ついにこの時が来たかと、春信は激しく打つ心臓を感じながら本を机に置く。
 扉を押さえている清次の横を抜けると、「着いてきて」と階段のほうに足を向けた。
 清次の後ろを歩きながら、リビングを抜ける。奥には客室があり、たまに清次の来客を対応するのに使っているぐらいだった。
 紹介したい人でもいるのだろうかと不思議に思いながらも、黙ったまま後ろを歩く。
 部屋の前で清次が立ち止まる。ちらりと春信の方を見ると、すぐに扉に視線が戻る。
 扉を打ち鳴らし、それからゆっくりと奥に押し開く。
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