作家は二度、炎上する

箕田 はる

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 そこまで広くないリビングを突っ切り、そのまま玄関へと向かう。乱暴に施錠を外し、扉を開ける。背広姿の安時やすとき はるが、びくっと体を震わせ立っていた。手にはビジネス鞄を持っているが、傘を持っていないところを見ると雨は降っていないようだった。
 不安げに眉尻を下げている安時は、やや上目遣いで語部を見つめている。童顔のせいか二十八歳には見えないあどけなさがあった。下手すれば高校生と言われても、納得がいく容姿だ。
 何度も補導されかけたり、飲み会の場でも年齢確認されている姿を語部も目にしている。その度に顔を真っ赤にして運転免許証を差し出している安時に、さすがに語部も同情を禁じ得なかった。
「先生、まさか約束忘れてませんよね。今日は次回作の打ち合わせに来たんですよ。覚えてますよね」
 念を押すように何度も言う安時は、青陽出版の担当編集者で語部とは二年の付き合いになる。出会った当初、憮然とした表情の語部を前にして震える手で名刺を渡してきたのが彼だった。語部が「どうも」と言っただけなのに、安時の肩は震えていた。
 女々しい態度にまたしても、めんどくさいタイプを押し付けられたと、語部は出版社を恨んだ。こんなに怯えてばかりいられたら、仕事に支障が出るかもしれないと——
 しかし、その考えはすぐに覆る事となった。
 初めての打ち合わせ、仕事の話になった途端、何かに触発されたかのようにテキパキとした物言いに変化したのだ。語部もさすがにそれには驚いた。
 プロットを見せると、安時は笑みを浮かべて「先生がこうしたいと決められた内容でしたら、僕から口出しすることはありません」と言って、一切口出しはしてこない。
 どこか落ち着かない気持ちのまま、語部が初稿を終えて安時に見せた。彼はえらく嬉しそうに、その原稿を受け取った。以前までは改稿が多く、自分の作品なのか担当の作品なのか分からないと思っていた。だが、初期の頃と同じ、自分の伝えたいことを盛り込んだ作品だった。嫌な過去が蘇り、返答が来るまで落ち着かな気持ちを持て余すことになるだろうと思った。しかし、渡した翌日には興奮気味の安時から連絡が入り、すぐにでも話がしたいと言われたのだ。
「凄く良かったです。我慢できなくて、一日で読んでしまいました」
 そう言って目の下に隈を作っていた安時に、語部は居たたまれなくなっていた。
 安時の感想を聞いて、語部は彼を見くびっていたことを酷く恥じた。語部が伝えたかったことを的確に捉え、更にはどういう場面でどう感じたのかと、大げさなぐらい語ってくれるのだから。
 小説で大事なのは、読者の感情だ。同じ感情がずっと続けば、疲労感やマンネリが生まれる。喜怒哀楽を上手く組み入れている小説こそ、読者の心を飽きさせず捉え続ける。特に長編小説を書くうえでは、それが大事だと語部は考えていた。だからこそ、飾らない安時の反応がありがたかったのだ。
 以前よりも部数は落ちてしまったが、安時もかつてのファンも皆、面白いと言って語部を褒めた。自分の好きな話を書いているということもあり、小説を書くという初期の頃の楽しさを思い出した気すらした。
 加えて安時はスランプに陥っている語部に対し、変わらずに何度もこうして足を運んでくれている。
 もう半年近く、語部はプロットを出せていない。小説家は小説を書いてなんぼの職業。内心焦りは感じていた。代わりなどありあまるほどに、今のご時世にはいる。それでも安時は「先生のペースで良いんです。スランプの作家はたくさんいますから」と言って、急かすことはしない。
 それどころか「先生のファンはまだ、たくさんいますよ」と言って、ファンレターを持ってきた。
「きちんとした返事を返すことで、高感度もあがりますよ。今の時代、ただ本が面白いだけでなく、人柄の良さでも評判に繋がりますからね」
 同意見だった語部は、素直に従った。
 安時は自分を理解してくれる人間だと、語部はいつしか見る目が変わっていった。
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