作家は二度、炎上する

箕田 はる

文字の大きさ
16 / 63

16

しおりを挟む

 すみませんと何度も謝っていた安時が帰ったのは、夜の七時を過ぎた頃だった。
 静まり返っている部屋のデスクに向かい、語部は頭を抱えていた。
 一ヶ月かかったプロットが全て無駄になったのだから、どうしても意気消沈してしまう。加えて語部は、没になるとは思ってはいなかった。担当編集が安時に変わってからそういったことがなかったせいか、自ずと通るのが当たり前になっていた。
 だが、これが普通のことなのだ。失念していたが、そもそも簡単にプロットが通ること自体がありえない。何度も何度も編集と話をして、デスクや編集長にチェックしてもらってからやっと執筆に移るものだ。
 自分の力の過信を語部は恥ずかしく感じた。その点では神崎は何年一緒にやっていても、決して語部を甘やかすことはなかった。安時は自分に少し陶酔しているのかもしれない。何でもかんでも「良いです。さすがです」と褒めちぎるのは気分は良くとも成長には繋がらない。
 今度、編集長に相談してみようと語部は心に決めた。文学賞の一件以来、編集長が自分に対していい顔をしていない。分かっていたが、やる気さえ見せれば和解できるかもしれないという希望も少しはある。
 その前に新しい作品のプロットを考えねばと、裏紙のメモ用紙を手繰り寄せ、ペンを片手に思案する。トントンとペン先を紙にぶつけつつ、ニュース番組の特集でやっていた内容を反芻する。
 老老介護の現実、仕掛けられている盗聴器を探し出す業者、ホームレスの生活風景、深夜の街で繰り広げられる警察官の死闘――
 世の中には自分の知らない世界が多くある。そのことをいつもテレビやネットで目にする度に、自分の知識の乏しさを実感させられた。
 作家は日々が勉強だと語部は考えている。小説を書く上で、知識量が圧倒的にものを言うからだ。かくいう語部も下調べや取材は行っていた。フィクションとはいえ、全てを嘘で塗り固めるのは違う。きちんとした事実関係の中で、支障のない範囲で嘘を織り交ぜることが大切なのだ。その匙加減を間違えてしまうと読者は興ざめしてしまう。
 緻密な取材や下調べが大切なことは語部にも分かっている。だが、時間がなかった。売れっ子作家ならそんなに焦る必要もないだろうが、語部は中ぐらいの立ち位置だ。
 本屋から書籍を下げられてしまえば、名前すら忘れられてしまうだろう。コンスタントに書けなければ、出版業界からいつ見限られてしまってもおかしくない。小説一本でやってきた語部にとって、それは恐怖でしかなかった。
 恐怖と焦りで思考が止まってしまう。このままでは行き詰まり、また何も書けない日々につながってしまうかもしれない。そうなる前にと語部は椅子から立ち上がった。
 外にでも出て気分を変えようと、財布とスマホをジーンズのポケットに入れる。ふと、何か思いつくかもしれないと、メモ帳とペンを反対のポケットに突っ込むと部屋を出る。
 日が延びたとはいっても、さすがに七時半を過ぎると夜の闇が空気を変えていた。顔と半袖のシャツから伸びた腕に、夜風が湿り気を帯びつつ触れている。
 マンション前の道路をヘッドライトを眩しく照らしながら車が行き交っていた。語部は右折すると、歩道をひたすら歩いていく。とりあえず夕食もまだだったこともあり、コンビニでなにか買おうと考える。
 徒歩五分ほどの距離にコンビニはあり、途中に小さな公園がある。
 道路に面した公園は、ボール遊戯が禁止されている。以前、そこでサッカーをしていた小学生がボールを追いかけて道路に飛び出し、車に轢かれたのが原因だった。
 それが原因なのか、はたまた少子化が影響しているのか。ブランコや滑り台はあるものの、日中でも人気は少なかった。
 電柱の下にはその小学生に手向けられたであろう花束が、茶色く変色した状態で放置されていた。語部もどこか複雑な心境でいつもその前を通り過ぎていた。
 だが、今日はいつもと違った。公園の様子が語部の視界の端に止まった瞬間、語部の心臓が跳ね上がる。その違和感の正体を探ろうと、語部は視線を右に向ける。
 街灯の下にあるブランコに、違和感の正体と思しき人の姿が目に止まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや

静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。 朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。 「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。 この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか? 甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!

秋月の鬼

凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。 安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。 境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。 ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。 常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

処理中です...