作家は二度、炎上する

箕田 はる

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 すみませんと何度も謝っていた安時が帰ったのは、夜の七時を過ぎた頃だった。
 静まり返っている部屋のデスクに向かい、語部は頭を抱えていた。
 一ヶ月かかったプロットが全て無駄になったのだから、どうしても意気消沈してしまう。加えて語部は、没になるとは思ってはいなかった。担当編集が安時に変わってからそういったことがなかったせいか、自ずと通るのが当たり前になっていた。
 だが、これが普通のことなのだ。失念していたが、そもそも簡単にプロットが通ること自体がありえない。何度も何度も編集と話をして、デスクや編集長にチェックしてもらってからやっと執筆に移るものだ。
 自分の力の過信を語部は恥ずかしく感じた。その点では神崎は何年一緒にやっていても、決して語部を甘やかすことはなかった。安時は自分に少し陶酔しているのかもしれない。何でもかんでも「良いです。さすがです」と褒めちぎるのは気分は良くとも成長には繋がらない。
 今度、編集長に相談してみようと語部は心に決めた。文学賞の一件以来、編集長が自分に対していい顔をしていない。分かっていたが、やる気さえ見せれば和解できるかもしれないという希望も少しはある。
 その前に新しい作品のプロットを考えねばと、裏紙のメモ用紙を手繰り寄せ、ペンを片手に思案する。トントンとペン先を紙にぶつけつつ、ニュース番組の特集でやっていた内容を反芻する。
 老老介護の現実、仕掛けられている盗聴器を探し出す業者、ホームレスの生活風景、深夜の街で繰り広げられる警察官の死闘――
 世の中には自分の知らない世界が多くある。そのことをいつもテレビやネットで目にする度に、自分の知識の乏しさを実感させられた。
 作家は日々が勉強だと語部は考えている。小説を書く上で、知識量が圧倒的にものを言うからだ。かくいう語部も下調べや取材は行っていた。フィクションとはいえ、全てを嘘で塗り固めるのは違う。きちんとした事実関係の中で、支障のない範囲で嘘を織り交ぜることが大切なのだ。その匙加減を間違えてしまうと読者は興ざめしてしまう。
 緻密な取材や下調べが大切なことは語部にも分かっている。だが、時間がなかった。売れっ子作家ならそんなに焦る必要もないだろうが、語部は中ぐらいの立ち位置だ。
 本屋から書籍を下げられてしまえば、名前すら忘れられてしまうだろう。コンスタントに書けなければ、出版業界からいつ見限られてしまってもおかしくない。小説一本でやってきた語部にとって、それは恐怖でしかなかった。
 恐怖と焦りで思考が止まってしまう。このままでは行き詰まり、また何も書けない日々につながってしまうかもしれない。そうなる前にと語部は椅子から立ち上がった。
 外にでも出て気分を変えようと、財布とスマホをジーンズのポケットに入れる。ふと、何か思いつくかもしれないと、メモ帳とペンを反対のポケットに突っ込むと部屋を出る。
 日が延びたとはいっても、さすがに七時半を過ぎると夜の闇が空気を変えていた。顔と半袖のシャツから伸びた腕に、夜風が湿り気を帯びつつ触れている。
 マンション前の道路をヘッドライトを眩しく照らしながら車が行き交っていた。語部は右折すると、歩道をひたすら歩いていく。とりあえず夕食もまだだったこともあり、コンビニでなにか買おうと考える。
 徒歩五分ほどの距離にコンビニはあり、途中に小さな公園がある。
 道路に面した公園は、ボール遊戯が禁止されている。以前、そこでサッカーをしていた小学生がボールを追いかけて道路に飛び出し、車に轢かれたのが原因だった。
 それが原因なのか、はたまた少子化が影響しているのか。ブランコや滑り台はあるものの、日中でも人気は少なかった。
 電柱の下にはその小学生に手向けられたであろう花束が、茶色く変色した状態で放置されていた。語部もどこか複雑な心境でいつもその前を通り過ぎていた。
 だが、今日はいつもと違った。公園の様子が語部の視界の端に止まった瞬間、語部の心臓が跳ね上がる。その違和感の正体を探ろうと、語部は視線を右に向ける。
 街灯の下にあるブランコに、違和感の正体と思しき人の姿が目に止まった。
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