作家は二度、炎上する

箕田 はる

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 テレビから聞こえるざわめきに、語部は俯いていた顔を上げた。
 芥川賞と書かれた横に、二名の著名と作品名。直木賞と書かれた横に一名の著名と作品名が並んでいた。受賞者が到着次第、これから受賞者の挨拶が始まる。
 語部はそこでチャンネルを変えた。アナウンサーがマグロ丼を片手に、オーバーなリアクション取っている映像が流れ出す。
「先生」
 ゆっくりと視線を安時に向ける。紙面から顔を上げた安時と目が合った。
「確か先生は芥川賞を受賞されていますよね。その時、先生はどう思われたのですか?」
 読めない表情の安時に、どういった真意でそれを聞いたのか語部には分からなかった。
「どうって……」
 どう返して良いのか分からず、語部は顔を顰める。
 安時が自分の失態を知らないはずがない。文芸界の人間のみならず、世間は自分の醜態を一度は目にしているはずなのだ。別に作家に対しての遠慮を強いるつもりはないが、まさかその話を切り出してくるとは意外だった。
「先生は一言で切り上げていたので、僕には先生の真理が分かりませんでした。先生はあのとき、何を考えていらしたんですか?」
 口調こそは穏やかだが、目はいつになく真剣だ。何故こんな質問をしてくるのか分からず、語部は狼狽える。だが、小説に対する愛情が強い安時だからこそ、あの時の情景にずっと疑念を抱いていたのかもしれない。
 真摯に答えるべきなのは分かっている。それなのに「あの頃は未熟だったんだ」と言うだけが精一杯だった。
「そうですか」
 それだけ言うと、安時はこのプロットですが――と話を変えた。
 語部はいつの間にか掻いていた手の汗をそれとなくズボンで拭った。内心は酷く動揺していた。安時の様子を横目で窺うも、いつも通り仕事モードの真剣な表情をしていた。
「テーマは現代に沿っていて良いと思います。ラストも先生らしく、救いのある展開で締められています。ただ――」
 言葉を切った安時の眉が困ったように下がっている。まるで親に怒られるのではないかと、怯える中学生のようだった。
「ただ……なんだ?」
 緊張で喉が詰まった。口の中が乾き、かつての悪夢が語部の脳裏を過る。険悪な表情の語部に、安時が怯えた様子で膝に乗せている拳を握った。
「磯谷先生が、これと同じテーマなんです。それも少し話が似通っていて――」
 安時が遠慮がちに言った。編集者は何人もの作家の担当を持つのは普通のことだった。磯谷も安時の掛け持つ作家の一人で、プロットを既に見ているからこその指摘なのだと分かる。
「ぼ、僕はもちろん。先生の作品が好きなので、このテーマで話を書かれた作品を読みたいって思っていますよ。でも……すでに磯谷先生の方は、執筆を始めていらっしゃるので、今更ストップをかけるのは――」
「分かった」
 安時の言葉を遮ると、語部は安時の手から紙を取り上げる。
「考え直すから、時間をくれ」
 語部は立ち上がると、パソコンデスクに向かう。引き出しからファイルを取り出し、薄いフィルムに差し込んだ。
「本当に、すみません」
 ソファから立ち上がり、安時が頭を下げた。
「別にいい。誰が悪いって問題でもない」
 作品は先に出した者勝ちだ。この構成をいち早く着手しなかった自分にも問題がある。似たような作品が多く存在するとはいえ、さすがに同じ出版社で同時期に出すのは忍びない。それならばプロとして、新たな作品を生み出すだけの話だ。一個や二個のネタでついえてしまうような作家だとしたら、これから先も生き残れはしない。
「逆に言ってもらえてよかった」
 語部は呟くように言うと、今まで没にしてきたプロット数枚取り出していく。
「え?」
「盗作作家だって、思われずに済んだからな」
 語部はそう言って、用紙を見比べる。一枚は動物の殺処分をテーマにしたもの。もう一枚は孤独死をテーマにしたものだ。まだ神崎が担当だった時に考えたもので、あまりにも重いテーマは作風的に無理があると、却下されていた。確かに語部の作品は社会テーマが多いとはいえ、ライトで最後は大団円で終わるものであった。以前はこの二作をうまくアレンジできるほどの力がなかった。
 今ならそのテーマで書けるか、と聞かれればまだまだ厳しいようにも思える。作家生活が何年続こうと、自分の力不足はその都度痛感させられた。
 語部は溜息を吐くと、用紙をファイルに戻してデスクの引き出しの一番下に戻す。
「……先生」
 不安げな表情の安時と目が会う。
「問題ない。また考えればいい」
 自分に言い聞かせるように語部は呟いた。

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