15 / 63
15
しおりを挟むテレビから聞こえるざわめきに、語部は俯いていた顔を上げた。
芥川賞と書かれた横に、二名の著名と作品名。直木賞と書かれた横に一名の著名と作品名が並んでいた。受賞者が到着次第、これから受賞者の挨拶が始まる。
語部はそこでチャンネルを変えた。アナウンサーがマグロ丼を片手に、オーバーなリアクション取っている映像が流れ出す。
「先生」
ゆっくりと視線を安時に向ける。紙面から顔を上げた安時と目が合った。
「確か先生は芥川賞を受賞されていますよね。その時、先生はどう思われたのですか?」
読めない表情の安時に、どういった真意でそれを聞いたのか語部には分からなかった。
「どうって……」
どう返して良いのか分からず、語部は顔を顰める。
安時が自分の失態を知らないはずがない。文芸界の人間のみならず、世間は自分の醜態を一度は目にしているはずなのだ。別に作家に対しての遠慮を強いるつもりはないが、まさかその話を切り出してくるとは意外だった。
「先生は一言で切り上げていたので、僕には先生の真理が分かりませんでした。先生はあのとき、何を考えていらしたんですか?」
口調こそは穏やかだが、目はいつになく真剣だ。何故こんな質問をしてくるのか分からず、語部は狼狽える。だが、小説に対する愛情が強い安時だからこそ、あの時の情景にずっと疑念を抱いていたのかもしれない。
真摯に答えるべきなのは分かっている。それなのに「あの頃は未熟だったんだ」と言うだけが精一杯だった。
「そうですか」
それだけ言うと、安時はこのプロットですが――と話を変えた。
語部はいつの間にか掻いていた手の汗をそれとなくズボンで拭った。内心は酷く動揺していた。安時の様子を横目で窺うも、いつも通り仕事モードの真剣な表情をしていた。
「テーマは現代に沿っていて良いと思います。ラストも先生らしく、救いのある展開で締められています。ただ――」
言葉を切った安時の眉が困ったように下がっている。まるで親に怒られるのではないかと、怯える中学生のようだった。
「ただ……なんだ?」
緊張で喉が詰まった。口の中が乾き、かつての悪夢が語部の脳裏を過る。険悪な表情の語部に、安時が怯えた様子で膝に乗せている拳を握った。
「磯谷先生が、これと同じテーマなんです。それも少し話が似通っていて――」
安時が遠慮がちに言った。編集者は何人もの作家の担当を持つのは普通のことだった。磯谷も安時の掛け持つ作家の一人で、プロットを既に見ているからこその指摘なのだと分かる。
「ぼ、僕はもちろん。先生の作品が好きなので、このテーマで話を書かれた作品を読みたいって思っていますよ。でも……すでに磯谷先生の方は、執筆を始めていらっしゃるので、今更ストップをかけるのは――」
「分かった」
安時の言葉を遮ると、語部は安時の手から紙を取り上げる。
「考え直すから、時間をくれ」
語部は立ち上がると、パソコンデスクに向かう。引き出しからファイルを取り出し、薄いフィルムに差し込んだ。
「本当に、すみません」
ソファから立ち上がり、安時が頭を下げた。
「別にいい。誰が悪いって問題でもない」
作品は先に出した者勝ちだ。この構成をいち早く着手しなかった自分にも問題がある。似たような作品が多く存在するとはいえ、さすがに同じ出版社で同時期に出すのは忍びない。それならばプロとして、新たな作品を生み出すだけの話だ。一個や二個のネタでついえてしまうような作家だとしたら、これから先も生き残れはしない。
「逆に言ってもらえてよかった」
語部は呟くように言うと、今まで没にしてきたプロット数枚取り出していく。
「え?」
「盗作作家だって、思われずに済んだからな」
語部はそう言って、用紙を見比べる。一枚は動物の殺処分をテーマにしたもの。もう一枚は孤独死をテーマにしたものだ。まだ神崎が担当だった時に考えたもので、あまりにも重いテーマは作風的に無理があると、却下されていた。確かに語部の作品は社会テーマが多いとはいえ、ライトで最後は大団円で終わるものであった。以前はこの二作をうまくアレンジできるほどの力がなかった。
今ならそのテーマで書けるか、と聞かれればまだまだ厳しいようにも思える。作家生活が何年続こうと、自分の力不足はその都度痛感させられた。
語部は溜息を吐くと、用紙をファイルに戻してデスクの引き出しの一番下に戻す。
「……先生」
不安げな表情の安時と目が会う。
「問題ない。また考えればいい」
自分に言い聞かせるように語部は呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
秋月の鬼
凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。
安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。
境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。
ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。
常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる