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しおりを挟むデビューから三年目。今から五年ほど前の二十四歳の時。語部は芥川賞を受賞した。
日本でトップクラスの賞を受賞したのは、語部には予想外のことだった。でもそれは、自分の力というよりも神埼の力だった。神埼が指示した通りに改稿を繰り返した作品など、もはや自分の作品ではない。喜びよりも、憤りや虚しさしか語部にはなかった。
芥川賞授賞式で語部は「いらない」と一言だけ口にしてマイクから離れた。周囲はお祝いムードから一転、場が凍り付いたのを語部は肌で感じた。
でも自分が言えることはそれだけだった。自分で一から考えた作品でこの賞を取ったわけじゃない。内心、ヤケを起こしていたのだ。
それでも言った後になって、語部はひどく後悔した。
取り返しのつかないことをしてしまったと——
案の定、語部は周囲からバッシングを受けるはめになった。すぐさま新聞記事でも取り上げられ、ネット上でも大炎上した。語部のいつもの無愛想な雰囲気が、更に拍車をかけていたようだった。
——芥川賞を愚弄している。若輩者が傲慢な態度で壇上に上がり、厳粛な場を穢した。大した作品でもない、賞を取り消すべきだ。
様々な言葉が飛び交った。さすがに編集長からも苦言を呈された。
「語部先生も作家なんだから、もう少し言葉を選んだ発言をしてください」
ごもっともな言葉に、語部は素直に謝罪した。自分のした事の重大さが今更ながら身に染みた。
悩んだ末、語部はそれを小説を書くということで巻き返そうと決意した。自分にできることはそれぐらいしか思いつかなかったからだ。
届くファンレターには誹謗中傷もあり、編集側が渡すのを渋っていたが全てを渡すようにと語部は言った。デビュー当時から変えない信念の元、匿名以外の手紙には全て返事を書いた。
不快にさせたことを申し訳ないという謝罪と、決して芥川賞を愚弄しているわけではないこと。小説を書くことでその失態を挽回していきたいと——
語部は宣言通りに、食事も寝る間も惜しんで小説を書くことに費やした。自分がどうして、小説家を目指したのか。そして自分は尊敬する作家によって、自分の人生がどう変わったのか。
それを卑屈な主人公が一人の高校の恩師との出会いによって、絵の道を志す話として転化した。そのプロットを見せると案の定、神崎が苦い顔をした。失態を重ねるのかと言われもしたが、語部はいつになく低姿勢で「お願いします」と初めて頭をさげた。さすがの神崎も、それ以上は言えずに口を噤んでいた。
『紙上』というタイトルで発売した作品は、すぐに重版がかかった。
高慢な芥川賞作家の作品として、普段は本を読まない人間も手に取ったのが功を成したようだ。不買に至らなかっただけ奇跡で、語部も内心では肝を冷やしていた。ファンからも初期の先生の作風で良かったと好評だった。
その後すぐに担当が変わることとなった。
安時に引き継ぎを終えた神崎は「ファンに時間を費やさないで、作家としての自覚を持てください」と語部に言った。
四年間を共にしたとは思えない淡々とした別れの挨拶だった。
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