18 / 63
18
しおりを挟む「ああ、そうだったな」
語部は持っていたメモ帳とペンを黎城に突き出す。
「これで答えられるだろ」
そう言って理由を書くように促す。黎城は少し躊躇うような素振りを見せるも、早くしろと語部が言うとやっと受け取った。
黎城が俯きつつ、メモ帳を捲り白紙のページにペン先を向けた。しばらく静まり返った公園内に小さくペンが走る音が聞こえた。
書き終えたのか、ふいに黎城が顔をあげる。恐る恐るといった面持ちで、メモ帳が語部側に向けられる。
『先生に会いに来たんです』
語部が最初に黎城を紹介された時に見た、懐かしいミミズがぬたくったような字だった。
「会いに来た? どういうことだ」
メモ帳に向かって眇めていた目を黎城に向ける。黎城がメモ帳を反転させ、自分の方に向けると再びペンを動かしていく。
何度もメモ帳をこちらに向けたり戻したりの行き来は煩わしいと、語部は黎城の隣に並ぶ。黎城が驚いたのかを肩を揺らすも、気を取り直すと手を動かした。
『感想を聞きに』
「感想?」
何の話だか分からず、語部は首を傾げた。
『ポストに入れた原稿です』
続く言葉を見て、語部はおよそ一ヶ月前にあった出来事を思い出す。
「あれは黎城先生だったのか」
責めるつもりはなかったが、思いのほか大きな声が出た。黎城が驚きメモ帳を落とす。カサッと言う音を立てて、地面に落ちた。拾うために黎城がかがみ込む。何か呟いたような気がしたが、何を言ったのか語部には聞こえなかった。
「悪かった」
驚かせたことを詫びると、しゃがみ込んでいた黎城が語部を見上げる。長い前髪の隙間から、驚いたように見開かれている眼が見えた。
初めて見た黎城の眼は、くっきりとした二重瞼だった。高い鼻梁に引き結ばれた薄い唇。ほっそりとした顎のラインから推測すると、その前髪さえなければ女性受けは確実に良いはずだ。
小説家だからといって、やはり容姿が良いに超したことはない。雑誌のインタビューや授賞式の壇上に立つ際の話題性が違うからだ。
「前髪切らないのか?」
余計お世話だとは思ったが、言わずにはいられなかった。
黎城は顔を伏せメモ帳を拾うと、勢いよく立ち上がった。急な素早い動きに圧倒されて語部は一歩下がる。黎城は拾ったメモ帳に何か書き殴ると、語部にメモ帳とペンを押し返す。語部が受け取るやいなや、黎城は走り去っていった。
語部は何が起こったのか分からず、しばらく立ち尽くした。余計なお世話だったにしろ、逃げ出すまで至るとは思ってもみなかった。後味の悪さを感じつつ、語部は溜息を吐く。立ち去り際に何かを書き綴っていたことを思い出し、語部はメモ帳を開いた。
先ほどまでの会話の下には、乱暴な大きめの字で『息子の標』と書かれていた。『息子の標』といえば、黎城が里垣文学賞で受賞した作品だ。以前に、安時と授賞式の様子をテレビで見たことを思い出す。
前髪を切らないこととの関係性が今ひとつ分からない。それでも黎城が何かを伝えたくて、この作品の題を記したことは分かる。
一人残された公園内は、隔離されているように静まり返っていた。車道から聞こえる車の音も妙に小さく聞こえ、語部は堪らずに身震いする。
黎城はいつからこの場所にいたのだろうか。何故、マンションには来なかったのか。結局は答えが分からないまま、黎城は立ち去ってしまった。
とりあえず『息子の標』を読んでみようと決めると、語部は足早に公園を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
恋い焦がれて
さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。
最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。
必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。
だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。
そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。
さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。
※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です
※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません)
※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。
https://twitter.com/SATORYO_HOME
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜
高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀!
片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。
貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。
しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。
利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。
二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー?
曄琳の運命やいかに!
『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。
それは愛のない政略結婚――
人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。
後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
【完結】“熟年恋愛”物語
山田森湖
恋愛
妻を亡くし、独りで過ごす日々に慣れつつあった 圭介(56)。
子育てを終え、長く封じ込めていた“自分の時間”をようやく取り戻した 佳奈美(54)。
どちらも、恋を求めていたわけではない。
ただ——「誰かと話したい」「同じ時間を共有したい」、
そんな小さな願いが胸に生まれた夜。
ふたりは、50代以上限定の交流イベント“シングルナイト”で出会う。
最初の一言は、たった「こんばんは」。
それだけなのに、どこか懐かしいような安心感が、お互いの心に灯った。
週末の夜に交わした小さな会話は、
やがて食事の誘いへ、
そして“誰にも言えない本音”を語り合える関係へと変わっていく。
過去の傷、家族の距離、仕事を終えた後の空虚——
人生の後半戦だからこそ抱える孤独や不安を共有しながら、
ふたりはゆっくりと心の距離を縮めていく。
恋に臆病になった大人たちが、
無理をせず、飾らず、素のままの自分で惹かれ合う——
そんな“優しい恋”の物語。
もう恋なんてしないと思っていた。
でも、あの夜、確かに何かが始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる