作家は二度、炎上する

箕田 はる

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「ああ、そうだったな」
 語部は持っていたメモ帳とペンを黎城に突き出す。
「これで答えられるだろ」
 そう言って理由を書くように促す。黎城は少し躊躇うような素振りを見せるも、早くしろと語部が言うとやっと受け取った。
 黎城が俯きつつ、メモ帳を捲り白紙のページにペン先を向けた。しばらく静まり返った公園内に小さくペンが走る音が聞こえた。
 書き終えたのか、ふいに黎城が顔をあげる。恐る恐るといった面持ちで、メモ帳が語部側に向けられる。
『先生に会いに来たんです』
 語部が最初に黎城を紹介された時に見た、懐かしいミミズがぬたくったような字だった。
「会いに来た? どういうことだ」
 メモ帳に向かって眇めていた目を黎城に向ける。黎城がメモ帳を反転させ、自分の方に向けると再びペンを動かしていく。
 何度もメモ帳をこちらに向けたり戻したりの行き来は煩わしいと、語部は黎城の隣に並ぶ。黎城が驚いたのかを肩を揺らすも、気を取り直すと手を動かした。
『感想を聞きに』
「感想?」
 何の話だか分からず、語部は首を傾げた。
『ポストに入れた原稿です』
 続く言葉を見て、語部はおよそ一ヶ月前にあった出来事を思い出す。
「あれは黎城先生だったのか」
 責めるつもりはなかったが、思いのほか大きな声が出た。黎城が驚きメモ帳を落とす。カサッと言う音を立てて、地面に落ちた。拾うために黎城がかがみ込む。何か呟いたような気がしたが、何を言ったのか語部には聞こえなかった。
「悪かった」
 驚かせたことを詫びると、しゃがみ込んでいた黎城が語部を見上げる。長い前髪の隙間から、驚いたように見開かれている眼が見えた。
 初めて見た黎城の眼は、くっきりとした二重瞼だった。高い鼻梁に引き結ばれた薄い唇。ほっそりとした顎のラインから推測すると、その前髪さえなければ女性受けは確実に良いはずだ。
 小説家だからといって、やはり容姿が良いに超したことはない。雑誌のインタビューや授賞式の壇上に立つ際の話題性が違うからだ。
「前髪切らないのか?」
 余計お世話だとは思ったが、言わずにはいられなかった。
 黎城は顔を伏せメモ帳を拾うと、勢いよく立ち上がった。急な素早い動きに圧倒されて語部は一歩下がる。黎城は拾ったメモ帳に何か書き殴ると、語部にメモ帳とペンを押し返す。語部が受け取るやいなや、黎城は走り去っていった。
 語部は何が起こったのか分からず、しばらく立ち尽くした。余計なお世話だったにしろ、逃げ出すまで至るとは思ってもみなかった。後味の悪さを感じつつ、語部は溜息を吐く。立ち去り際に何かを書き綴っていたことを思い出し、語部はメモ帳を開いた。
 先ほどまでの会話の下には、乱暴な大きめの字で『息子の標』と書かれていた。『息子の標』といえば、黎城が里垣文学賞で受賞した作品だ。以前に、安時と授賞式の様子をテレビで見たことを思い出す。
 前髪を切らないこととの関係性が今ひとつ分からない。それでも黎城が何かを伝えたくて、この作品の題を記したことは分かる。
 一人残された公園内は、隔離されているように静まり返っていた。車道から聞こえる車の音も妙に小さく聞こえ、語部は堪らずに身震いする。
 黎城はいつからこの場所にいたのだろうか。何故、マンションには来なかったのか。結局は答えが分からないまま、黎城は立ち去ってしまった。
 とりあえず『息子の標』を読んでみようと決めると、語部は足早に公園を後にした。
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