作家は二度、炎上する

箕田 はる

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 部屋に戻ると、所在なさげな表情の安時がソファに座っていた。
「どちらに行かれていたんですか」
 そう言ってこちらを見つめている安時は、語部が持っていた白い箱を見るなり「それは?」と言った。
「新作らしい。思い出したから買ってきただけだ」
 語部は汗をハンドタオルで拭ってから手を洗うと、食器棚から白い皿を取り出す。
「急にどうして……」
「お前がサクランボが好きだって言ったんだろ」
 赤い大粒が乗ったサクランボタルトを皿に移す。他にもサクランボのショートケーキも横に乗せる。
「そんな! わざわざそこまでしてくださらなくても」
 声を上げる安時に「来るのが早かったから、買いに行ってる暇がなかったんだ」と言って皿を差し出した。
「二つも……」
「一個しか買わないのもおかしいだろ。それだけだ」
 半分入っているティーカップを語部は手に持ち、新しいコーヒーに差し替える。恐縮している様子の安時に歯痒い気持ちになった。
「ありがとうございます」
 何処か複雑な表情でフォークでケーキを切り分けていく安時を横目に、語部は隣にどっかりと腰を下ろす。さすがに二回も初夏の日差しに晒されたせいか、体力を消耗していた。それとも歳のせいか、日頃の運動不足のせいか。落ち着いた時にはジムにでも通おうかと思案する。駅前のビルの三階にスポーツジムがあったはずだ。
「……先生。どうして僕にそこまでしてくださるんですか」
 ぽつりと呟いた安時には目を向けず「別に何だっていいだろ」と語部はすげなく返す。
「そんなことより、何か話があるんじゃないのか」
 話題を転じると、安時がタルトを半分残してテーブルに置いた。険しい表情で安時は口を開く。
「実は黎城先生のことなんですが——」
「黎城がどうしたんだ」
 黎城の名が出たことで、語部の緊張が高まる。自然と伺うように体を前にし、安時の顔を凝視した。
「せ、先生?」
 僅かに体を強ばらせた安時に、悪いと言って語部は乗り出していた身を引いた。さすがに食いつきすぎたと自重する。
「黎城先生、来月新作を出されるんです」
「そうなのか」
 それの何が問題なのか分からなかった。それどころか、黎城のファンでもある安時にしてみれば待ちに待った話であるはずだ。にもかかわらず、安時の表情は浮かない。
「僕は……その作品を黎城先生が書いたとは思えないんです」
 そう言って悔しげに吐き出すと、鞄から一冊の単行本を取り出した。差し出されたそれを受け取った語部は息を呑んだ。
 そこには『転落の人』と題が打たれていた。表紙は薄暗い壇上で膝をつく男。顔を手で覆っている姿は、過去の栄光を全て失ったという悲壮感が漂っている。
「黎城先生の作品は読まれているようですね。でしたら僕の気持ちも分かると思います」
 何故読んだと知っているのか疑問を抱くも、安時の目線がテーブルに置かれていた本に向いていたことで察した。リビングで読み返していて、そのままになっていたようだ。
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