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しおりを挟む「聞きたいことは山ほどある。俺に何故あの原稿を読ませたんだ? さっき安時が来て、見本誌片手に随分と取り乱していた。黎城先生のゴーストライターに、神崎さんがなろうとしているんじゃないかってな」
一番聞きたいことを率直に問いただし、隣に座っている黎城の様子を伺う。俯きがちの表情は長い髪に隠れて分からない。
黎城は手元にあった手帳を開くと早い速度でペンを動かしていく。
見せられたページには『神崎さんはそんな人じゃないです』と書いてあった。相変わらず字は汚いが、すんなり言葉を認識できるぐらいにはマシだった。
「なら、どうしてあの作品を書いたんだ? 安時は黎城先生の作風と異なっていたことで、神崎さんに疑いの目を向けていた。あれは黎城先生が独断で決めたことなのか? 反対はされなかったのか?」
ブランコごと体を寄せて、黎城の手元を覗き込む。いちいち書き終わってから覗くのは面倒だった。
『語部先生にどうしても読んで貰いたかったんです』
「俺に?」
『原稿を読んで貰えないかもしれなかったので、出版すれば黎城先生の手に渡ると思ったんです』
「なんでそこまでして、俺に読ませようとしたんだ」
了承した神崎や編集長にも驚きだったが、そこまでして語部に小説を読ませようとした黎城の執念も腑に落ちなかった。
『息子の標、読みましたか』
突然、話をすげ替えられたことに語部はむっとする。それでも「ああ」と短く返事すると、『どう思いましたか』と今度は感想を求められた。
「さっきの質問に答えろ」
責めるように言うも、黎城は手帳を開いたまま押し黙っている。
伸びていた二つの陰が、いつの間にか夜の中に紛れてしまっていた。ぱっと外灯がつくと、スポットライトを浴びたような眩しさが二人を包む。
沈黙が流れ、語部は諦めて読んだ感想を言う為に口を開く。
「面白かった。設定はどこかにありそうだが、黎城先生の文章力の高さや構成力には舌を巻いた」
人の作品の批評を述べたことなど一度もなかった。どういう答えを求められているのか分からずに、とりあえず思ったことを手短に言った。
少しだけ語部はげんなりとした。自分が心配するまでもなかったと。黎城はただ単に、尊敬している作家に自分の小説を読ませたかっただけだ。そう思うと、取り越し苦労な気がして時間が惜しいと感じた。立ち上がりかけた語部に、黎城が手帳を向けた。
『あの話は実話なんです』
手帳にはっきりとした字で書かれていた。動きを止めた語部に、黎城は再びペンを動かした。
『あの息子は僕なんです。でも僕には救えなかった』
初夏の風が一瞬強く吹き、黎城の前髪が横に流される。眼鏡の奥の瞳は、必死さを訴えるように語部を捉えていた。
「本当の話? どういう意味だ」
あからさまに怪訝な表情を浮かべた語部に対し、黎城が背後に視線を向けて体を引いた。
「あれ? お二人おそろいで」
聞き慣れた声に語部が振り返る。そこには驚いた顔をした安時の姿があった。
「まさか二人がプライベートで揃う日が来るなんて……ファンの僕からしたら、何だか感無量です」
感激している安時に、「何でここにいるんだ?」と語部はあからさまに怪訝を示す。別れてから一時間以上は経っているはずだ。いつまでもいれるような繁華街ではないし、滞在し続ける理由がないはずだ。
「ああ、新しく担当についた方がこの辺りに住んでいるものですから。新人作家なんで、まだ先生たちも知らない方だと思いますよ」
「……そうか」
納得は出来たもののさっきの今とあって、語部は相槌するだけに留める。不意に、横を凄い勢いで風が抜けていく。同時に目端に黎城の姿が見えたかと思うと、いつのまにかその背が公園の出口へと向かっていた。
「おい」
語部が止めようとするも、黎城は振り返ることなく走り去ってしまう。いつの日かと同じ状況に、語部は一瞬呆気に取られる。それからまだ何も聞いていないと気付き、内心で臍を噛んだ。安時になんやかんや言われていて、また問い詰められるのを恐れての逃亡なのだろう。
「黎城先生……行っちゃいましたね」
公園の出口の方を振り返り、安時もぽつりと零す。それから語部と向き直ると、「ところで、なんで二人で会ってたんですか?」と首を傾げる。
「仲が良いならいいで、僕に教えてくれれば良かったのに。ずるいじゃないですか」
今にも頬を膨らましそうな安時に、「別に仲良くはない」と否定する。仲が良いのではなく、向こうが勝手にこちらを巻き込んでいるだけだ。
「いいですか。これからは二人で会うときは、僕も呼んでくださいね」
何故だと聞く隙も与えてくれず安時は「いいですね」と念押しするなり、スキップするようにして語部を残して立ち去った。
嵐のように現れ、嵐のように去る。本当に三十路近い男だとは思えない姿に、語部は嘆息する。
それからスマホを取り出すと、履歴にあった神崎の名前をタップした。
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