作家は二度、炎上する

箕田 はる

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「何とか言ったらどうなんだ」と語部が言った所で、やっと神崎が口を開く。
「あながち間違いじゃありません」
 絶望と憤りが胸を覆い尽くす。自分が信じてきた事が脆く崩れ、吐き気すら込み上げてくる。少なくとも何年も一緒に作品を作り上げてきた仲だ。信じていたし、尊敬もしていた。それなのに自分は彼に踊らされていたのだ。その真実に亀裂が生まれないはずがない。
 愕然として言葉を失う語部に、神崎が静かに続ける。
「ただ、一つ相違があります。私は決して、誰かのゴーストライターになろうと思った事はありません」
「なら、どうして」
 通っていたはずの自分の企画書を反対したりしたのか。
「確かに私はかつて、小説家の道を志しました。だが、挫折した。多くの者と同じように、私は自分の夢を諦めることにしました。その代わり、彼らを支える側に回ろうと決意したのです」
 人差し指で眼鏡を押し上げると、神崎は真っ直ぐに語部を見た。
「あの頃の私はまだ若かった。だからこそ、必死だった。あなたと同じで。私も足掻いていたんです」
 その目には一人の編集者としての熱意が窺えた。何か重大な事がある。そう肌で感じ、語部は黙って傾聴する。
「出版社としては面白い物であるかも勿論大事ではありますが、何より売れるかが問われる。私は市場側の人間でもあります。だからこそ、貴方の作品に足りないものがあることも分かってしまう。私はそれを排除しようと必死だった。作家として地位を築き続け、貴方には生きていて欲しかったからです」
「……生きていて欲しい?」
 語部は繰り返す。小説家として生き残って欲しいという意味にも聞こえるが、また違った意味にも語部には感じられた。
釉禅 ゆうぜんあきら先生をご存じですか」
 語部は頷く。もちろん知っている。語部も書籍を何冊か持っていて、中にはサイン会でサインを貰ったこともある。有名な時代小説家だったが、数年前に突然の訃報があった。直接の死因は公表されていないものの、その年に芥川賞候補作として取り上げられていただけに、かなりの大きな話題にはなっていた。それも訃報が報じられたのは、その受賞が発表された翌日のことだったからなおさらだ。その翌年に、語部は芥川賞を受賞となっている。
「彼は自殺したんです。芥川賞授賞式の翌朝に」
 あまりのショックから言葉が出てこず、語部は愕然として神崎を見つめる。
「ご自身の中で、これが最後のチャンスだと思っていたのかもしれません。出版不況とされる中で、部数もかなり減っていたようですから。雑誌の休刊も増え、連載も打ち切り。後がない中での芥川賞候補作となり、命運を賭けていたのでしょう」
 だが、その願いは虚しく落選。追い詰められた釉禅は自ら死を選んだ。
「遺書も見つかり、やはりそれを苦にしての決行だったようです。家族の意向により、報道にはあがりませんでしたが」
 かなりセンセーショナルな問題なだけに、公表が控えられるのも頷ける。小説を生業にする者に、影響を及ぼし兼ねないようにも思えた。
「私も先生と面識があっただけに、衝撃も大きかった。だからこそ、あんな事はもう二度と起きてはいけない。せめて、自分の関わった作家だけでも――」
 守りたかった。最後に発せられた言葉に、神崎の思いを初めて知る。込み上げていたのは羞恥だった。自分の理想を形にするために、語部に近づいていたのだと勝手な想像で彼を貶めていた。何年も支えてくれた相手に対して、誠意のない対応をしていたのは自分だと思い知らされる。
「今思えば、自分が先走り過ぎていたのだと分かります。貴方が私を恨む気持ちも分かります」
 自嘲した笑みを前に、語部は「恨んでたわけじゃない」ときっぱり告げる。
「確かにあの頃は、納得のいかない気持ちもあった。だけど、歳を重ねるごとに、全てが間違っていたわけじゃないと気付いていた。ただ――今の話を聞いて、本当の意味で自分の愚かさに気付かされた」
 安時の話が誤解であると分かった今、これまでの蟠りが解けていくのを感じていた。
「誤解してた……申し訳ない」
「謝る必要はないです。誤解されるような事をしたのは私ですから」
 頭を下げる語部に、神崎がすかさず制する。
「話は長くなりましたが、とにかく私は貴方に小説を書き続けて欲しい。その気持ち、分かって頂けましたか?」
 語部は頷く。首を横に振れるはずがなかった。そもそも、失念していたがこのアンソロジーの話だって、自分の為を思ってのことなのだ。安時の誤解だと分かった以上は、躊躇う必要など無い。この話をすればきっと、安時も納得してくれるはずだ。
 さっきまでの憂いのある声ではなく、背中を押すような声で神崎が言った。
「期待してますよ。語部先生」
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