作家は二度、炎上する

箕田 はる

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 神崎と別れた後、駅に向かう道すがら、語部は安時に電話をかける。
 仕事を引き受けることと、神崎の件が誤解だったことを語部は電話越しに伝えた。その際に釉禅の事はあえて言わずにいた。神崎が過去の自分を悔いていることもあり、語部の口から伝えるのは忍びなかったからだ。ただ、神崎が自分の事を思って暴走してしまったのだと、それだけを伝えた。
「――というわけだ。だから俺は、早速取りかかろうと思っている」
 とにかく神崎に認められる作品を作りたい。今はその気持ちが強かった。久しぶりに感じた強い創作意欲。その感覚を失う前に、とにかく今は一刻も早く机に向かいたかった。
 来たときとは逆の軽い足取りで、駅の改札を抜けてホームへの階段を上っていく。
「……そうですか。そこまで言うなら、分かりました」
 安時の反応は芳しくないのは、彼の中ではまだ疑心暗鬼が残っているのだろう。確かに神崎はドライな雰囲気があるせいか、冷たく思われがちだ。安時にしてみれば、敬遠してしまう相手なのかもしれない。
「完成したら教えてください。拝見しますので」
「ああ、頼んだ」
 いつもだったら、プロットを提出して通ってから本文に入る。だが今回はテーマが決まっているうえに、短編小説ということもあって、安時も完成してからでいいと判断したのだろうか。それとも臍を曲げて、反発しているのだろうか。
 目の前に自分が乗る電車が来たこともあって、語部は早々に通話を切った。
 それから家に着くまでの間、車窓の外を眺めながら頭の中で物語を組み立てていく。家の中でうんうん唸っているよりも、外の方がインスピレーションが冴える。いつも持ち歩いているメモを今日は置いてきてしまっていた。仕方なく、スマホのメモ機能に思いついたことを書き連ねていった。
 それからついでに、黎城にメールを入れることにした。メールアドレスは知らないが、ショートメールであれば、電話番号でも送ることが出来る。
 アンソロジーに参加する事を告げ、スマホを仕舞った。
 家に着くなり、早速プロットの作成に取りかかる為に、パソコンを覗き込む。出がけにシステム更新をしていたのだが、まだ終わっていなかった。古いパソコンということもあって、進みが遅いようだった。舌打ちしたい気持ちを溜息に変え、語部は本棚を振り返る。背丈より高い六段組の本棚を見上げ、ふと神崎との会話を思い出す。
 かつては時代小説で人気を博していた釉禅。何度となく芥川賞候補になったことで、語部もその作品を買っては読んでいた。苦い気持ちで本を探すために、視線を流していく。大量の本があるだけに、出版社順ではなく、作者で本をまとめるようにしていた。しゃがみ込み、ヤ行からユ行へと人差し指で指し示していく。だが、いくら見てもユ行に釉禅の著書がなかった。混じってしまったかと、試しに上から順に確認していくも、釉禅の名前を見つけることが出来ないままだ。
 確かに棚に並べていたはずだと、語部は眉根を寄せる。そこでスマホが高い音を鳴らす。着信ではなく、メールの通知のようだ。机に置いていたスマホを手に取ると、やはりメッセージの通知が表示されていた。開いてみると黎城からだった。
『完成したら、一番に見せてください。お願いします』とそこには書かれていた。
 その一文に、自然と表情も緩んだ。一番に原稿を読みたいと言ってくれたことに、嬉しいと思わないはずがない。
『考えておく』
 それだけ返事をすると、語部はパソコンの方を見る。すでにアップデートが終わったようで、いつもの見慣れたデスクトップ画面が表示されていた。やっと仕事に取りかかれると、語部は椅子に座った。すぐ近くに自分の作品を待っていてくれる人がいる。その事が何よりも大きな励みとなっていた。
 少年少女に向けての作品であっても、良い作品であれば大人にだって何かしら響くものがあるはずだ。黎城が読んだ時に、どう感じるのか。不安と高揚感が、語部の背中を押していた。
 過去を振り返る。自分が初めて小説家を目指した時のことを。決して楽しい思い出ではなくとも、今こうして小説家である以上はその時の感情や経験は無駄ではなかったはずだ。
 誰しもが叶うとは限らない。それでも、夢を持つことに前向きになれるような話を生み出したかった。
 大きく深呼吸をし、キーボードに両手を乗せる。指先が踊るように動き出し、ワードに文字を生み出していく。最初から良い物が出来るはずがない。何度も何度も消しては書き、書いては消しを繰り返して、より良い形に整えていくのだ。
 とにかく書きたい。その一心で語部はキーを叩き続けていた。
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