54 / 63
54
しおりを挟むマンションから出て、足早に洋菓子店を目指す。急いで出てきた事もあって、上着も着ないまま飛び出していた。長袖のシャツから入り込む冬の風が容赦なく体温を下げていく。いっそのこと走った方がいい。語部はジョギングするように、足や手を動かした。シャツとスラックス姿で走る男。何とも滑稽ではあるが、寒いよりはマシだ。驚いたような目で見てくる通行人の横を颯爽と走り抜ける。店に着くと上がった息を整えて、中に足を踏み入れた。
本日二回目の来店だったが店員は驚いた様子もなく、愛想良く注文した商品を梱包してくれる。それを受け取り、店の外に出た。暖かい店内にいただけに、出たときの突き刺すような寒さが身に堪える。走るわけにも行かず、競歩をする早さで足を動かしながら、家路を辿る。
同じものは買えなかったが、それでも安時の好きそうなフルーツのたくさん乗ったタルトだ。きっと口では恐縮しながらも、目を輝かせるんだろうと安易に想像が付く。
マンションに着く頃には、体もだいぶん温まっていた。ただ手は氷のように冷たく、エレベーターのボタンを押す感覚がなくなっていた。
部屋の階の廊下を歩き、玄関のドアを開ける。ふと、語部は違和感に気付く。靴が一足多い。それに中から話し声も聞こえてくる。訝しく思いつつ語部は靴を脱ぎ、部屋に足を踏み入れる。
リビングには安時の姿はない。ケーキをキッチンに置き、声をかけようとしたところで、書斎の方から大きな物音がした。
「おい、何やってるんだ」
何が起きたのか分からず、語部は書斎に駆けつける。薄ら開いたドアを勢いよく開けると、安時が床に尻餅をつき、立ちつくしている黎城を睨み付けていた。一方で黎城は肩を怒らせ、安時を見下ろしている。一体、何がどうなっているのか分からず、語部は唖然として二人を見つめた。
安時が語部に気付き、こちらを見る。さっきまでの剣呑とした顔から、安堵したように眉根を下げる。
左頬を摩り、「……先生」と弱々しい声で続ける。
「黎城先生が僕を殴ったんです」
「……どういうことだ?」
語部は黎城の方を見る。黎城は語部の方を向くこともせずにただ安時を見下ろし、こぶしを強く握っていた。
「僕にも分かりません。急に殴りかかってきて」
「ふざけるな!」
語部は一瞬、誰が叫んだのか分からなかった。だが、それが黎城であることに気付き、唖然として黎城を凝視した。黎城が倒れ込んでいる安時の胸ぐらを掴む。そこで金縛りが解けたように、語部が間に入る。
0
あなたにおすすめの小説
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
秋月の鬼
凪子
キャラ文芸
時は昔。吉野の国の寒村に生まれ育った少女・常盤(ときわ)は、主都・白鴎(はくおう)を目指して旅立つ。領主秋月家では、当主である京次郎が正室を娶るため、国中の娘から身分を問わず花嫁候補を募っていた。
安曇城へたどりついた常盤は、美貌の花魁・夕霧や、高貴な姫君・容花、おきゃんな町娘・春日、おしとやかな令嬢・清子らと出会う。
境遇も立場もさまざまな彼女らは候補者として大部屋に集められ、その日から当主の嫁選びと称する試練が始まった。
ところが、その試練は死者が出るほど苛酷なものだった……。
常盤は試練を乗り越え、領主の正妻の座を掴みとれるのか?
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる