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しおりを挟む「ちょっと待ってくれ。安時がどうして、俺を釉禅先生の仇だと思ったんだ? それに釉禅先生とコイツにどんな関係があったんだ」
口を挟むまいと思っていたが、堪えきれずに語部は声を上げる。神崎の言うことがただの憶測かもしれず、一方的に責められている安時を見ていられなかったこともある。
「安時は前の出版社で釉禅先生の担当だったんです。まだ新人だったんですが、釉禅先生に気に入られて……異例の抜擢だったようです」
神崎が眼鏡を押し上げる。既に安時の過去を調べているようで、語部は知らされる真実を前に口を閉ざす。
「それから二年ほど担当したものの、先生は芥川賞の受賞を逃したうえに命を落としました。そして翌年、語部先生が受賞となるも、先生は世間から反感を浴びることになります」
喉が締め付けられ、苦しさから語部は奥歯を噛む。言い知れぬ後悔の念が襲ってきていた。向き合わなければと思ってはいても、そう簡単にトラウマを克服できないようだ。
「語部先生からすれば、納得のいかない受賞であり、ただ自分の意思に従ったまでのことです。でも安時からしてみれば、どうしてもそれが許せなかったのでしょう。命をかけてまで釉禅先生が欲していた芥川賞という舞台を踏みにじった語部先生のことが」
「なんだ、バレちゃったんだ」
溜息交じりに安時が口を開く。
「許せなかったんだ。先生が最後の望みをかけていた芥川賞を愚弄したコイツのことが――」
安時から憎々しげな眼差しを向けられ、語部は壁に背をつける。想像以上に自分の犯した罪の重さに、耐えきれなくなっていた。足が震え、ずるずると背中が壁と擦り合って床に尻がついてしまう。黎城が慌てたように、語部の傍に寄り添う。
「……先生」
労るような声が聞こえるも、語部は俯いたままでいた。安時が自分を騙していたこと以上に、自分が一人の人間をここまで追い詰めてしまったことに打ちのめされていた。
「だから、同じ目に合わせたかった。小説家として生きていけなくしてやりたかった。それなのに……僕の邪魔をしやがってっ」
安時が大声で叫ぶと、椅子を思いっきり蹴っ飛ばした。激しい音を立てて椅子が横倒しになる。
「ふざけんなっ。釉禅先生は素晴らしい作家だった。アイツなんかよりずっと……なのに、なんで、先生は死んで……アイツごときが受賞してっ」
ダンダンッと机に両拳を叩きつけ、安時が声を荒げる。今まで隠してきた憤りや無念さが、一気に破裂したようだった。
「破滅すればいいんだ。先生みたいに……原稿を落として、二度と出版できないようにしてやるっ」
安時が椅子を振り上げる。その矛先は、テーブルの上に乗ったパソコンに向かっていた。
「おい、やめろっ」
神崎が声を荒げ止めようと間に入ろうとしたところで、語部は「やれよ」と叫んだ。
「壊せ。それでお前の気が済むならそれでいい」
椅子を振り上げたまま、安時が動きを止める。ゆっくりと語部の方を見る目は、苦悶が滲んでいた。
「俺の作品は俺だけのものじゃない。お前の作品でもあるんだ。だったら、お前がそれを壊しても、俺は構わない」
「なにを言って……」
「編集者と小説家は二人三脚で物語を作り上げていくんじゃないのか。どちらが欠けても完成にはならないと、お前が言ったんだ」
まだ力の入らない足で、語部は立ち上がる。衝撃は大きかったが、安時の心境を知った今、解放してやれるのは自分しかいない。
「俺にどんな恨みがあったとしても、お前は小説に対して真摯に向き合っていた。だからこそ、俺はここまでやってこれたんだ」
もう安時と一緒に小説を生み出すことはない。それが本当に悔やまれる。どんなに騙されていようとも、安時が小説に対する心が本物であると信じているからだ。長年一緒にいて、語部にはそれが身に沁みる程分かっていた。
「だから壊せ。お前の手で」
「ふざけんなあああっ」
安時が絶叫する。緊張がピークに達し、神崎と黎城が語部の前に出ようとする。それを押しとどめて語部は自ら前に出た。
振り上げていた椅子が、振り下ろされる。デスクから逸れた椅子が、床にたたき付けられる。ローラーが吹き飛び、プラスチック製の支柱が二つに割れて破片が散った。
静寂が流れ、安時の乱れた呼気だけが聞こえてくる。
「クソッ」
安時が書斎を飛び出していく。語部が追いかけようと足を踏み出したところで、神崎がそれを制する。
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