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しおりを挟む語部は時計を見る。すでに十五時を過ぎている。あれから一時間以上経っているようだった。安時を見つけられたのだろうかと不安が過る。行くあてに目星が付いているのか。いっそのこと、自分も探しに行った方が良いのではないだろうか。そんな葛藤をしていると、黎城も同じ事を思ったのか、「……遅いですね」と呟く声が聞こえた。
大人しくしていろと釘を刺されているが、だからといって他のことをする気も起きない。だったら、探しに行った方が無為な時間を過ごすこともなくなるはずだ。そんな言い訳を自分の中でしながらも、気持ちはすでに自らも探しに行くという選択肢を選んでいた。さて、黎城にはどう誤魔化そうかと悩んでいると、何かを察したかのようにスマホが振動した。
画面を確認すると、待っていた相手である神崎だった。
「安時さんを見つけました」
外にいるのだと分かるぐらいに、車が何台も通り過ぎている走行音が聞こえてくる。
「どこにいたんだ?」
「霊園です」
「霊園?」
黎城と目が合う。正確には前髪で隠れているが――
「ええ。釉禅先生がいらっしゃる」
仇を取るのに失敗したと報告したのであれば、それはそれで苦い思いがした。
「これから二人で会社に戻ります。辞表を提出しに」
「……そうか。安時はこれからどうするつもりなんだ」
出版社を辞めて、行く宛があるのだろうか。何もかもを失ってしまった人間の行く末が、決して良い方向に転がるとは思えなかった。
「私の知り合いに、書店を経営している人がいるんです。本人にその意思があるのならば、そちらに斡旋しようと思っています」
神崎なりに思うところがあるのだろう。その温情に「そうか」と安堵の息が漏れる。
「それから原稿を送ってくだされば、安時の代わりに私がチェックしておきますので」
では、と電話を切ろうとする神崎を「待ってくれ」と止める。
「安時に伝えて欲しい」
本当であれば本人と直接話がしたかった。でも、安時はきっとそれを望まないだろう。それでも、これで最後になるかもしれないと考えると、やはり黙ったまま別れるわけにいかない。
「お前が飲みたいと言ったから、高い豆を買ったんだ。それなのに零したりしやがって……だから……今度こそ飲みに来い」
電話口に沈黙が落ちる。どうしたのかと、声をかけようとしたところで、「そんなんだから」と神崎ではない絞り出すような声が聞こえた。
「簡単に騙されるんです。先生はお人好しだ」
吐き出すように安時が言う。いつの間にか、電話口の相手が変わっていたようだ。
「お人好しだからじゃない。お前を信頼していたから、信じただけだ」
たとえ騙そうとして何度も足を運んだり、小説を褒め称えていたとしても、良い作品を作ろうと共に歩んできた道は間違ってはいないはずだ。
安時からの返事はない。どう感じたのか分からないが、返す言葉を見失ったのだろう。
「神崎です。もうよろしいですか」
そのまま突き返したようで、神崎の事務的な声に変わる。
「ああ、充分だ」
「そうですか。では原稿の方、お待ちしております」
そう言い残して、通話が切られる。しばらくスマホの画面を見つめていると、「大丈夫ですか?」と黎城が不安げな声で聞いた。
「……原稿やらないとな」
語部は腰を上げる。安時との最後の共同作だ。後悔のない状態で送り出したかった。
「悪いが黎城先生の目でも、推敲してもらってもいいか?」
ソファから見上げている黎城を見返し、語部が問う。
「はい。もちろんです」
黎城が勢いよく立ち上がる。一瞬、虚を突かれたものの、語部は口元を緩める。この調子でいけば芥川賞の授賞式で、彼のスピーチが聞けるかもしれない。その時、周囲がどんな反応をするのだろうか。
「……楽しみだな」
語部の呟きに、黎城が首を傾げる。その気配を傍で感じながら、語部は密かに笑みを零した。
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