作家は二度、炎上する

箕田 はる

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『それでは受賞者が到着致しましたので、これから授賞式に移りたいと思います』
 司会進行がアナウンスする。語部は息を呑み、食い入るように画面を見つめた。
 四人が壇上にあがり、その中にいた一人の男の姿に語部は目を剥いた。同様に普段であれば静まり返っている場内が妙にざわめいている。スチール撮影のために炊かれたフラッシュはいつにも増して激しさを伴っているように見える。それはひとえに、黎城の変身ぶりに皆が色めき立っているのだろう。
 長い前髪を切ったことで、黒縁眼鏡の奥の涼しげな二重瞼と高い鼻梁が露出されている。予想以上に整った容姿に、芥川賞受賞以上に、そっちの方が大きな話題になりそうだった。
 一番バッターである黎城は用意されたテーブルの前にある椅子に腰掛ける。やや俯きがちに視線を落とし、唇は硬く引き結ばれている。明らかに緊張を隠せないようだった。
『それではまず、受賞された感想をお願いします』
 司会に言われ、黎城はせわしなく視線を彷徨わせる。語部は息を詰めた。筆談作家と呼ばれている黎城が、この場でも筆談で語るのだろうかと。
 そこで黎城が意を決したようにグッと顔を上げる。瞬時に会場に緊張が走る。語部も体を前に出し、緊張で湿っている手をテーブルにつけた。
 黎城が口を開く。彼が公の場で口を開くのは初めての事。そして一体、その一言目には何を語るのか。皆が固唾を呑んで見守る。
 沈黙が落ちる。そして――黎城がゆっくり口を閉ざし、目を伏せて俯く。皆がガッカリしたように、嘆息する。そこに神崎が現れ、すかさずホワイトボードを手渡し立ち去った。
 黎城がさらさらとマジックで書くと、ボードを報道陣に向けた。
『まずこのような形になり、すみません』
 フラッシュが炊かれ、場内に光の乱反射が起きる。
『この作品を書くにあたりまして――』
 達筆な字で当たり障りのない内容を書いては消し、書いては見せてを繰り返していく。自伝であると語部には言っていたが、ここではそれを明かすつもりはないようだ。公にしたところで良いことは一つもないだろうし、これから先もそれを知っているのはごく一部の人間だけで充分なはずだ。
 受賞の言葉が終わり、報道陣の質疑応答になる。
『先生、前髪をお切りになられたのは、芥川賞受賞に関する験担ぎでしょうか』
 硬い表情のまま黎城が首を横に振る。それからボードにペンを滑らせる。
『語部先生に言われたんです。切った方が良いと』
 おいっと、語部はテレビに向かって叫ぶ。まさかの発言に語部だけでなく、場内にも戸惑う声が上がる。
『語部先生とは……もしかして、語部祐吾先生ですか?』
『そうです。僕が最も尊敬している作家です』
 語部は堪らずリモコンを手に取る。心臓が嫌なリズムを打ち、視界が狭まっていた。これ以上見ていたら、吐いてしまいそうだった。黎城からしたら、自分の気持ちを言ったまでのことだろう。だが、世間はまだ語部を許してはいないはずだ。それについ先月には、あの事件がきっかけに一人の人間の人生を狂わせてしまっている。それを知っているはずなのに、何故黎城は自分の名前を出してしまったのか。
『しかし……語部先生は以前の授賞式の時に、騒動を起こして――』
 やはり以前の事が持ち出されてしまう。せっかく下火になっていたのに、これでは再び炎上するのも時間の問題だろう。今頃SNSではこの話題で持ちきりのはずだ。考えるだけで語部の胃が痛みを発した。
 やはり、変えよう。そう決心し、リモコンを向けた所で、画面の中の黎城がいきなり立ち上がった。
『関係ありません。先生の作品を読んでいれば分かるはずです』
 黎城の声が会場に響き渡る。初めて公の場で声を発したことで、周囲が騒然となる。語部はリモコンを持ったまま、動きを止めた。
『先生と約束したんです。今度はこの壇上に二人で上がるって』
 会場中にどよめきが起こる。落ち着いてください、お静かにという司会の声が繰り返される。
『語部先生は僕が守ります。先生のおかげで、僕は小説家になれたんですから』
『それはどういうことですか?』
 記者の問いに、『時間になりましたので、黎城先生への質疑応答を終わりにします』と司会が間に入る。これ以上の混乱が起きないように、配慮されたのだろう。
『あれは僕が中学生の時――』
 一度言葉を発したことで、興に乗ったのだろう。頬を上気させながら黎城が言葉を続けようとする。すかさず神崎が壇上に上がり、黎城を背後から羽交い締めにした。
『まだ続きが』と嘆く声だけを残し、黎城が無理やり降壇させられていく。
 明日の朝刊は黎城の話題で持ちきりだろう。そして語部自身に関しても――
 どんでん返しなら、小説だけで充分だ。
 平穏な日々にはほど遠いと、語部は天を仰いだ。
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