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第1章
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午後3時、都心の駅の地下通路。
メインの通りから一本入ったところにあるどこにでもある喫茶店。
自動ドアを入ってすぐ左に並ぶ、窓側カウンター席の一番奥。
ここが私の定位置。
頼むのはいつもアイスのミルクセーキ。
席に着いたらコンセントを確保。
スマホを充電したらイヤホンをして、
いつもと同じ音楽を流す。
お気に入りのペンポーチを取り出して、
テキストとノートを準備。
あとは今日出された課題をカバンから取り出して、
勉強の準備は完了。
「…あ」
そこで私は、課題を予備校に置いてきてしまったことに気付く。
取りに戻りたいけれど、今教室は現役生の授業中だろう。
浪人して、友達作りをやめた私。
課題の写真をスマホに送ってもらうこともできない。
「はぁ…」
やんなっちゃうなぁ。
やる気が風船の空気のようにしぼんでいく。
手持無沙汰になった私は窓の方を向く。
地下通路は今日も絶えずに人が歩いている。
通路には沢山の大学生。
サークルか、あるいはゼミのメンバーだろうか。
大人数で和気あいあいと改札の方へと消えていく。
私とは違って垢抜けた学生たちの作り出す空気が、
私を拒絶しているような気がして息が苦しくなる。
本当だったら私だって、
1年生になれるはずだった。
けれど大学は私を受け入れなかった。
大学は一つとして私を救い上げてくれなかった。
不合格の結果を見るたびに、
大学の試験官が不適合者だ!と嘲笑っているように思えて
消えてしまいたいと本気で思った。
不合格の原因は全くわからない。
人並みに勉強はしてきたはずだったし、
模試の結果だって悪くはなかったはずだった。
なのに始めてくださいの合図は頭を真っ白にして、
とうとう1つの試験もでさえも、思うようにはいかなかった。
神様は不公平だ。
何もかもが嫌になった私は、高校の卒業式には出なかった。
だから今、高校の友達がなにをしているのか私は知らない。
浪人が決まった時、お母さんは励ましてくれた。
「美優奈のペースで良いの。1年後に期待しているわ。」
お母さんは微笑んでいたけれど、その目は笑っていなかった。
お母さんは私のことが嫌いだ。
ダメな子だ、なぜそんな結果になるのか信じられない、
昔からそう思われていた。
お母さんの目にはお兄ちゃんしか映っていないんだ。
お兄ちゃんは出来がいい。
性格がいいのはもちろん、
勉強だってスポーツだって人間関係だってなんだってこなせる。
お兄ちゃんの周りには、いつも人が集まる。
それに比べて美優奈は・・・
お母さんはいつも私のことで眉間に皺を寄せる。
私を愛してくれる人なんてどこにもいないらしい。
全大学の結果が出そろったあの日は日曜日で、
お兄ちゃんもお父さんも皆リビングにいた。
不合格通知を確認して私がリビングから出て行った後、
「どうしたらいいのかしらね…」
というお母さんの声が聞こえてしまった。
心臓がドクンと音を立てて騒ぎ出し、
金縛りにあったかのように動くことができなくなった。
血が全身を駆け巡る。
頭の中で、私が私を責め立てる。
「あんたなんか生まれてこなきゃよかった」。
はじけるように体が動き出して、
私は部屋に駆け込んで泣いた。
それ以来私は家が嫌いだ。
家族の気配がプレッシャーだった。
もう私になんて居場所はない。
どん底の気持ち。真っ暗闇。
だから、予備校が始まってからは
なるべく遅くまで外にいた。
家には帰らないことにした。
お母さんは遅いと怒るけど、
きっかけを作ったのはお母さんなんだから仕方ない。
もちろんそんなこと言えるはずもないんだけれど。
だからと言って、予備校の自習室も好きじゃない。
紙が擦れる音。
シャーペンの音。
どこかの誰かの咳払い。
人の気配にあふれている場所。
どうしたって周りの存在は消せなくって私の世界に侵食してきて、
窮屈で息苦しくなって今すぐ逃げ出したいと思うから。
だから私はあの環境が嫌いだ。
どこかいいところはないだろうか。
私だけの世界が守れるところ。
誰にも邪魔されないところ。
居場所を探して歩いていたら
この喫茶店を見つけた。
喫茶店内の照明はオレンジ色。
初めてこの喫茶店に入ったとき、
窓の向こうのまぶしすぎるくらいの白い世界とは
切り離されたところにいるような気持ちになった。
現実と切り離された、自分だけの世界がここにある。
ここにいる限り、窓の向こうの世界が私と交わることはない。
そんなことを考えていると心がすっと軽くなる。
ここでは自然と勉強に集中することができた。
だからこのカウンター席は、私の唯一の居場所。
私を拒絶する世界から切り離された特別な空間。
カランと氷が溶けてグラスとぶつかって、
現実に意識が引き戻された。
だいぶ時間は進んでいて、聴いていたはずの音楽はいつの間にか止まっていた。
周りを見渡すと客はまばらになっていた。
皆、自分の帰りを待つ人の元へ帰っていったんだろうか。
一瞬そんなことを考える自分にむなしくなって、
そんな考えを振り払うために大きく息を吐いた。
この時間なら、教室にある課題を取りに行くことは可能だろう。
けれど、予備校に向かったらもうここに戻ってくる時間はないだろう。
まだ私は家に帰りたくはない。
課題は別に明日提出ではないし、
無理して取りに行く必要はないのかもしれない。
ただ、先生が復習はその日のうちに毎日のように唱えるので、
復習に繋がる今日の課題をやらないことでの罪悪感は大きい。
なにが正解なのか、私は向こうの世界のに歩く人をぼんやり眺めて考える。
ふと、せかせかとした周りに合わせずマイペースにあるく社会人に目が行った。
ちょっと猫背で、そんなに背は高くない。
かっこいいとは言いがたいけれど、
社会人としての身だしなみは整っている男の人。
その人の世界観に、私はぐっと引き込まれる。
彼の表情は穏やかに見えるけれど、
同時に少し悲しげにも見えた。
その表情はどんな気持ちの表れなのか、
私には分からない。
私とは対照的だ。
私は自分でも自覚しているくらいに表情が顔に出る。
目線の先にいる彼は、きっと自分の感情を当てられて戸惑うことなんてないんだろう。
「羨ましいな…」
思わず声が漏れた。
その時、彼がふと立ち止まり、こちらに体を向けた。
声が聞こえたのかと思って、心臓がドクンとはねた。
思わず口を押えたところで、そんなことはないと気が付く。
じゃあ、彼を見ていたのがばれたんだろうか?
彼が喫茶店に向かって歩き始める。
どうやら彼はこのお店に入るつもりだったらしい。
彼はそのままお店に入り、すぐ左に曲がった。
偶然にも、こちらに向かって歩いてきた。
やっぱり見ていたのがばれたんだろうか。
責め立てられる場面を想像して思わず体がこわばる。
私はすぐにうつむいて、必死に存在を消した。
私の隣で止まった足音。
机にカバンを置いた振動が机から伝わる。
その後、離れていく気配を確認してゆっくりと目線を送ると
彼はレジに並ぶところだった。
レジで店員さんと話す彼は
少しだけ笑顔を見せる。
その表情に突如胸が突き上げられる。
なんだ、この感覚は。
突如波のように押し寄せてくるよく分からない感情の波を抑えるため、
慌てて私は下げていたマスクを上げた。
彼が飲み物を受け取る。
私は慌てて前に向き直す。
急いでペンを持って、出していたノートのページを開く。
彼が隣に座った。
心がざわつき、私の頭は真っ白になる。
ノートに書かれた内容は、全く頭の中に入ってこない。
苦し紛れにスマホを開くと時間は9時過ぎ。
そろそろ帰る支度をしないと、家に帰ってお母さんから遅いと詰められるだろう。
もう季節は秋、夏が終わると一気に夜の闇が深くなる気がする。
秋の夜はなんだか吸い込まれそうで嫌いだ。
様々な気持ちを脇に追いやり、席を立つ。
大好きなミルクセーキはもういらない。
今はなんだか胸焼けしそうで、半分くらいは入っているコップをカウンターに返却する。
飲み物を残した後ろめたさもあり、足早に喫茶店を後にした。
帰り際、ちらっとあの席を見たら、先ほどの彼と目があったような気がした。
彼にはまた会う気がする。
なんの関わりもない他人にそんなことを思うのはおかしいのだけど、
ただ何となくそんな予感がする私は今日きっとどうかしているのだろう。
私は地上へと続く階段を早足で駆け上がった。
メインの通りから一本入ったところにあるどこにでもある喫茶店。
自動ドアを入ってすぐ左に並ぶ、窓側カウンター席の一番奥。
ここが私の定位置。
頼むのはいつもアイスのミルクセーキ。
席に着いたらコンセントを確保。
スマホを充電したらイヤホンをして、
いつもと同じ音楽を流す。
お気に入りのペンポーチを取り出して、
テキストとノートを準備。
あとは今日出された課題をカバンから取り出して、
勉強の準備は完了。
「…あ」
そこで私は、課題を予備校に置いてきてしまったことに気付く。
取りに戻りたいけれど、今教室は現役生の授業中だろう。
浪人して、友達作りをやめた私。
課題の写真をスマホに送ってもらうこともできない。
「はぁ…」
やんなっちゃうなぁ。
やる気が風船の空気のようにしぼんでいく。
手持無沙汰になった私は窓の方を向く。
地下通路は今日も絶えずに人が歩いている。
通路には沢山の大学生。
サークルか、あるいはゼミのメンバーだろうか。
大人数で和気あいあいと改札の方へと消えていく。
私とは違って垢抜けた学生たちの作り出す空気が、
私を拒絶しているような気がして息が苦しくなる。
本当だったら私だって、
1年生になれるはずだった。
けれど大学は私を受け入れなかった。
大学は一つとして私を救い上げてくれなかった。
不合格の結果を見るたびに、
大学の試験官が不適合者だ!と嘲笑っているように思えて
消えてしまいたいと本気で思った。
不合格の原因は全くわからない。
人並みに勉強はしてきたはずだったし、
模試の結果だって悪くはなかったはずだった。
なのに始めてくださいの合図は頭を真っ白にして、
とうとう1つの試験もでさえも、思うようにはいかなかった。
神様は不公平だ。
何もかもが嫌になった私は、高校の卒業式には出なかった。
だから今、高校の友達がなにをしているのか私は知らない。
浪人が決まった時、お母さんは励ましてくれた。
「美優奈のペースで良いの。1年後に期待しているわ。」
お母さんは微笑んでいたけれど、その目は笑っていなかった。
お母さんは私のことが嫌いだ。
ダメな子だ、なぜそんな結果になるのか信じられない、
昔からそう思われていた。
お母さんの目にはお兄ちゃんしか映っていないんだ。
お兄ちゃんは出来がいい。
性格がいいのはもちろん、
勉強だってスポーツだって人間関係だってなんだってこなせる。
お兄ちゃんの周りには、いつも人が集まる。
それに比べて美優奈は・・・
お母さんはいつも私のことで眉間に皺を寄せる。
私を愛してくれる人なんてどこにもいないらしい。
全大学の結果が出そろったあの日は日曜日で、
お兄ちゃんもお父さんも皆リビングにいた。
不合格通知を確認して私がリビングから出て行った後、
「どうしたらいいのかしらね…」
というお母さんの声が聞こえてしまった。
心臓がドクンと音を立てて騒ぎ出し、
金縛りにあったかのように動くことができなくなった。
血が全身を駆け巡る。
頭の中で、私が私を責め立てる。
「あんたなんか生まれてこなきゃよかった」。
はじけるように体が動き出して、
私は部屋に駆け込んで泣いた。
それ以来私は家が嫌いだ。
家族の気配がプレッシャーだった。
もう私になんて居場所はない。
どん底の気持ち。真っ暗闇。
だから、予備校が始まってからは
なるべく遅くまで外にいた。
家には帰らないことにした。
お母さんは遅いと怒るけど、
きっかけを作ったのはお母さんなんだから仕方ない。
もちろんそんなこと言えるはずもないんだけれど。
だからと言って、予備校の自習室も好きじゃない。
紙が擦れる音。
シャーペンの音。
どこかの誰かの咳払い。
人の気配にあふれている場所。
どうしたって周りの存在は消せなくって私の世界に侵食してきて、
窮屈で息苦しくなって今すぐ逃げ出したいと思うから。
だから私はあの環境が嫌いだ。
どこかいいところはないだろうか。
私だけの世界が守れるところ。
誰にも邪魔されないところ。
居場所を探して歩いていたら
この喫茶店を見つけた。
喫茶店内の照明はオレンジ色。
初めてこの喫茶店に入ったとき、
窓の向こうのまぶしすぎるくらいの白い世界とは
切り離されたところにいるような気持ちになった。
現実と切り離された、自分だけの世界がここにある。
ここにいる限り、窓の向こうの世界が私と交わることはない。
そんなことを考えていると心がすっと軽くなる。
ここでは自然と勉強に集中することができた。
だからこのカウンター席は、私の唯一の居場所。
私を拒絶する世界から切り離された特別な空間。
カランと氷が溶けてグラスとぶつかって、
現実に意識が引き戻された。
だいぶ時間は進んでいて、聴いていたはずの音楽はいつの間にか止まっていた。
周りを見渡すと客はまばらになっていた。
皆、自分の帰りを待つ人の元へ帰っていったんだろうか。
一瞬そんなことを考える自分にむなしくなって、
そんな考えを振り払うために大きく息を吐いた。
この時間なら、教室にある課題を取りに行くことは可能だろう。
けれど、予備校に向かったらもうここに戻ってくる時間はないだろう。
まだ私は家に帰りたくはない。
課題は別に明日提出ではないし、
無理して取りに行く必要はないのかもしれない。
ただ、先生が復習はその日のうちに毎日のように唱えるので、
復習に繋がる今日の課題をやらないことでの罪悪感は大きい。
なにが正解なのか、私は向こうの世界のに歩く人をぼんやり眺めて考える。
ふと、せかせかとした周りに合わせずマイペースにあるく社会人に目が行った。
ちょっと猫背で、そんなに背は高くない。
かっこいいとは言いがたいけれど、
社会人としての身だしなみは整っている男の人。
その人の世界観に、私はぐっと引き込まれる。
彼の表情は穏やかに見えるけれど、
同時に少し悲しげにも見えた。
その表情はどんな気持ちの表れなのか、
私には分からない。
私とは対照的だ。
私は自分でも自覚しているくらいに表情が顔に出る。
目線の先にいる彼は、きっと自分の感情を当てられて戸惑うことなんてないんだろう。
「羨ましいな…」
思わず声が漏れた。
その時、彼がふと立ち止まり、こちらに体を向けた。
声が聞こえたのかと思って、心臓がドクンとはねた。
思わず口を押えたところで、そんなことはないと気が付く。
じゃあ、彼を見ていたのがばれたんだろうか?
彼が喫茶店に向かって歩き始める。
どうやら彼はこのお店に入るつもりだったらしい。
彼はそのままお店に入り、すぐ左に曲がった。
偶然にも、こちらに向かって歩いてきた。
やっぱり見ていたのがばれたんだろうか。
責め立てられる場面を想像して思わず体がこわばる。
私はすぐにうつむいて、必死に存在を消した。
私の隣で止まった足音。
机にカバンを置いた振動が机から伝わる。
その後、離れていく気配を確認してゆっくりと目線を送ると
彼はレジに並ぶところだった。
レジで店員さんと話す彼は
少しだけ笑顔を見せる。
その表情に突如胸が突き上げられる。
なんだ、この感覚は。
突如波のように押し寄せてくるよく分からない感情の波を抑えるため、
慌てて私は下げていたマスクを上げた。
彼が飲み物を受け取る。
私は慌てて前に向き直す。
急いでペンを持って、出していたノートのページを開く。
彼が隣に座った。
心がざわつき、私の頭は真っ白になる。
ノートに書かれた内容は、全く頭の中に入ってこない。
苦し紛れにスマホを開くと時間は9時過ぎ。
そろそろ帰る支度をしないと、家に帰ってお母さんから遅いと詰められるだろう。
もう季節は秋、夏が終わると一気に夜の闇が深くなる気がする。
秋の夜はなんだか吸い込まれそうで嫌いだ。
様々な気持ちを脇に追いやり、席を立つ。
大好きなミルクセーキはもういらない。
今はなんだか胸焼けしそうで、半分くらいは入っているコップをカウンターに返却する。
飲み物を残した後ろめたさもあり、足早に喫茶店を後にした。
帰り際、ちらっとあの席を見たら、先ほどの彼と目があったような気がした。
彼にはまた会う気がする。
なんの関わりもない他人にそんなことを思うのはおかしいのだけど、
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私は地上へと続く階段を早足で駆け上がった。
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