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見捨てられた子供たち

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気付けば僕は彼女の手を握りしめ、新宿の街中を彼女と二人で走っていた。

こでもいいから隠れる場所を見つけなければ。
だが、何処へ逃げ込んだとしても、血まみれの彼女と一緒ではすぐに怪しまれて警察に通報されるだろう。
 
人気の無い場所はないかと辺りを見回していると、
「こっち」と言いながら彼女は僕の手を引っ張った。
 
手を引かれるがままに後をついて行くと、
彼女は国立競技場駅と書かれた看板を指さしながら「ここ」と言った。

「ここって、今はもう使われてない地下鉄の駅だろ?」
 
僕は彼女にそう尋ねたが、彼女は入口に何重にも貼られた立入禁止のテープを剥がすと、
地下にある駅のホームに向かって一段一段階段を下り始めた。
 
どんどんと地下へ進んでいく彼女の後姿を見て、
僕は仕方なく彼女の後をついて行くことに決めた。
 
すると、誰もいないと思っていたホームにはオレンジ色の明りが所々に灯されており、
僕よりも年下であろう十数人の子供たちがその明りを囲むように座っていた。

「もしかして、これって・・・」
 
僕がそう言うと、彼女は僕の顔を見ながら一度だけ頷いた。
 


僕がその噂を聞いたのは、今よりもずっと幼い頃のことだった。

三歳になる前に親に捨てられ、施設に入る事すらできなかった子供たちが存在する。
彼らはとうの昔に廃線になった地下鉄のホームや線路に身を隠し、子供たちだけで暮らしている。

親や国からも見捨てられた子供たち。

〝メトロチルドレン〟は単なる都市伝説だと思っていたが、彼らは実在した。

「君もメトロチルドレンなのか?」
 
僕がそう尋ねると、彼女はまたしても僕を見ながら一度だけ頷いた。
 
彼女が本当にメトロチルドレンなのだとすれば、
僕がずっと抱えていた疑問にも説明がつく。
 
その精度は一〇〇パーセントとまではいかないが、
適道診断は将来罪を犯すような人間になるかどうかも診断することが可能だ。

その時点で危険人物だと判断された子供は、
親や世間から隔離され専用の施設へと送られることになる。
 
そのため、人が人を殺す〝殺人事件〟は、今では年に数件しか発生していない。
 
しかし、彼女は適道診断を受ける前に親からも国からも見捨てられたメトロチルドレンだ。
メトロチルドレンである彼女のなら、施設に送られることなく他人を殺害できたのにも納得がいく。

「なぁ、聞いてくれ。ここに留まるのは良い選択とは言えない。
街中に設置された監視カメラは僕たちを捉えているはずだ。
それなら、ここに僕らが逃げ込んだことだって、すぐにバレてしまう」
 
ここで彼女と一緒に育った子供たちは、彼女にとっては家族も同然だろう。

もしこの場所がバレてしまえば、彼女だけでなく彼女の家族である彼らにまで
何らかの危害が加えられるのは明らかだ。

そんな事を彼女が望むはずがない。

「大丈夫、僕がなんとかするから。すぐに戻ってくるから、君はここで待ってて」
 
不安そうな表情でこちらを見つめている彼女にそう言うと、僕は一人で地上へと戻った。
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