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不死の時代に与えられた寿命

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僕は彼女をバイクに乗せ海へと向かっていた。
 
国立競技場駅に向かう最中にキーが刺さったままのバイクが路肩に停めてあったのを偶然目にしていた僕は、
急いでその場所へ戻ると誰のかも分からないバイクを勝手に拝借した。
 
逃げる先として海を選んだのは、都会の街中に比べて圧倒的に監視カメラの設置数が少ないからだ。
 
湘南の海に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

「これからどうしようか」
 
湘南の砂浜に腰を下ろした僕は、海を眺めている彼女の横顔を見ながら言った。
 
誰を殺したのか。
 
どうして殺したのか。
 
そもそも本当に人を殺したのか。
 
聞きたいことは山ほどあったが、一番の優先事項は彼女の身の安全を確保することだ。
 
もっと遠くへ逃げるべきか、山の中に身を隠すべきか、いっそのこと国外へ逃亡すべきか。
 
そんなことを考えていると、
「君は六五歳になったら死ぬんだよね?」
ずっと海を眺めていた彼女が僕の方を向いて言った。

 

僕たちは六五歳の誕生日に国に殺される。
 
それが生まれながらに不死になった僕たちの寿命だ。
 
僕たちは不死であって不老ではない。
当然のように歳を取るし、歳を取るにつれ体力も落ちていく。
 
不死の身体というのは、決して良いことばかりではない。
 
それに人口が増え続ければ、この国はあっという間に崩壊してしまうだろう。
 
だから僕たちは、人口調整のために六五歳の誕生日に死ななければならない。
 
僕たちは不死の身体を手に入れただけで、死から逃れることは出来なかった。
 
生まれてくることが僕たちに平等に与えられた権利であるように、
死ぬこともまた僕たちに平等に与えられた避けることのできない権利なのだ。

「うん、そうだね。六五歳になったら、僕は死ぬことになると思う。
そういえば、君のようなメトロチルドレンには寿命は無いはずだよね?」
 
僕の寿命は決まっているが、国からも見捨てられた彼女のようなメトロチルドレンは、
そもそもその存在自体が国から消されているはずだ。
 
出生記録はあるはずだから、少なからず彼女がこの世に生を受けたという証拠は何処かにはあるのだろう。
しかし、三歳になる前に消息が分からなくなってしまった彼女のようなメトロチルドレンは、
この国では既に死亡者扱いとなっていると噂で聞いたことがあった。

「君はいつ死ぬかを自由に選ぶことが出来るんだよね?」
 
僕は彼女にそう尋ねたが、彼女はこちらを見向きもせずに水平線の向こうを黙って見つめていた。

「疲れたよね、少し休もうか」
 
ここまで逃げて来れば、警察もすぐには追ってこないだろう。
 
今は少しでも体力を回復しておくべきだ。
 
僕はその場に仰向けに寝転ぶと、ゆっくりと目を閉じた。
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