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EP4小さな一歩②

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「美容師さんって、大変な仕事ですねぇ…」

その会話を聞いていた常連のみさきが鏡越しにこちらを見た。すいません、私語なんて…と慎也がロットを巻きながら謝る。

「あぁ、そういう意味じゃなくって…向上心てすごいなぁって単純に思っただけで…」
「最良の施術を提供したいって思いますからね」
「来る側としても嬉しいな」

ふふっと岬が朗らかに笑う。それに普段は表情が動かない慎也もにこりと微笑んだ。

ロットを巻き終え、薬剤をつけて、それから機械に接続する。そこで待ち時間が出来たので、慎也が離れる。

それに合わせて恭平は岬にドリンクを出した。ありがとうと彼女が受け取って、それを一口。
手にしていたスマホに目を向けた彼女が、そういえばと口を開いた。

「恭平くんは信じる?この動画」

彼女がこちらに向けた画面に映っていたのは、無料動画投稿アプリだった。その見出しに映っていた言葉に恭平は固まる。

「え、これ…」
「信じちゃうタイプ?」
「あー、これニュースにもなってましたよね?私も今朝見ました!」

鈴奈が画面を見て会話に入ってくる。大和も知っているのか、見た見たと同調する。

「え、なにこれ…」
「きょんちゃん、トレンドはヘアスタイルだけじゃないのよ?ちゃんといろんな方面にアンテナ張り巡らせて?」

見出しに映っているのは”雪女溶かしたった”というタイトルだった。内容は小さな人形のような女を公園のベンチに放置するというもので、最後はそこに水溜りが出来ているという終わり方をしたものだった。

「あぁ、これって合成って噂のやつだろ?」そんなの信じているのか、と云わんばかりに慎也が鼻で笑う。

「確かに、いきなり雪女とか云われてもねぇ…」
「でもこれってリアルじゃねぇ?小さいながらも動いてるしさ!」

冷めた反応の遥と、否定しきれない大和。

それはそうだろう、雪女を実際に存在として認識していなければ恭平だって『馬鹿げている』程度で一蹴したことだろう。

だけど、今はそうではない。

『ユキコ』という存在を認識していて、更に云えば同居をしているのだ。こちらの世界に来ている雪女がユキコだけなんて、決まったわけではない。

だから動画に映っている雪女が偽物だとは思えなかった。その雪女のいた場所に残る水溜り、まるで雪だるまが溶けたあとのような…

そこまで考えて、恭平は息が詰まった。こんなふうに、儚く溶けてしまうのか。太陽にさらされて、為すすべもなく溶けるしかないのだろうか。

その時、この雪女は何を思ったんだろうか、誰に助けを求めたのだろうか。

エアコンの効いた部屋でもまだ温いと云うような雪女が、人間でも茹だる暑さを感じる場所に置かれるなんて熱湯に入れられたも同然ではないか。

想像してしまうとダメだった、胸が痛くなった。

あの時の『コンセント引っこ抜くぞ』は咄嗟に出た己の身を護る言葉だった。だけど、今にして思えばただの脅迫だったのだと気づいてしまった。

ユキコに主導権を握られないように、なんて最終手段のように思っていたけれど違う。

あれはただの『死刑宣告』に過ぎなかった。

この動画の主と何ら変わらない。イニシアティブなんて、こちらの世界の住人と云うだけで充分に握っていたのに。

ユキコの命まで握ってしまっていた。
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