上 下
12 / 17

EP4小さな一歩③

しおりを挟む


「……最低だな…」

それなのにユキコは逃げ出すことも、こちらに歯向かってくることもせずにあの家の冷凍庫で過ごしている。

「本当の動画なら最低だろうな」

恭平の漏れ出た言葉に慎也が違う解釈で同調した。その口調は”本当なら”の部分を大いに強調していた。

「そうなのよねぇ…それでさ、この投稿者が叩かれたんだけど…ほら、悪趣味とか、偽装だろとかいろいろ云われててね…」
「うわ、結構エグいコメントが多いですね…」

岬がスマホの画面をこちらに向けてくれた。そこに並んでいる文字たちは、随分と過激で攻撃的なものが多く見受けられた。

よくある話だ。敢えてそういうものを投稿して炎上させる商法もあるほどだし、再生回数が増えるのであればそれで善しとする者もいるのだろう。

この動画も見事に集中砲火を浴びている。

「こういうのって心折れたりしないんすかね?」

大和も近づいてきて、内容にうわっと顔を顰めた。

「何が発端になるか分からないから、投稿するにも気を使うよね。SNSとかでもそうじゃん」
「え、遥さんなんかやってるんですか?」
「やってるけど、大和には教えないよ?完全なるプライベートだからね」

サラリと遥が会話を躱した。えぇ、教えて下さいよぉと大和が云うけれど、笑うだけで一向に教える気配はない。

そのやり取りを横目に岬が口を開く。

「これだけの動画上げておいて、この人覚えてないって云っているの。アカウント乗っ取られたとか…」
「へぇ…逃げ口実でしょうか…?」
「そう捉えちゃうよねぇ…悪徳政治家くらいしか云わないと思ってた、記憶にございませんってやつ」
「あーーーーー結構耳が痛いかもしれません…飲み会の次の日のセリフです、それ」

恭平は思わず出たセリフに、耳を塞いだ。普段一人で家呑みのため、外での飲み放題になるとついつい呑み過ぎてしまうのだ。

浴びるほど呑むとは云わないが、記憶をなくす程度には呑む。翌日に残るのは、店に入った記憶と朧気ながらに楽しかった記憶と、見事な頭痛である。

その様子を見た岬が、ぷっと吹き出して笑う。

「恭平くんがそれを云うとか想像つかなかったわ」
「そうですか?結構使ってます、無礼講ってやらかすタイプですね」
「あー、きょんちゃんとは呑むのは楽しいけど、半年に一回くらいでいいかなって感じよね。慎也にも絡むよね?勇者とは思うけど、そこに居合わせるの勘弁って思っちゃう」

遥が笑いながら、そんなことを云うけれどその絡んだ記憶がないのだ。全くもって初耳である。

「………それこそ記憶にございません…」

そのセリフに周りがぶはっと吹き出した。まさかのフリである。こんなタイミングよく使うことになるとは思わなかったのだが、笑いが起こったならば善しとしよう。

それから慎也に、なんか…すんません…と謝罪すると、安心しろ俺も記憶にないと見事なポーカーフェイスで返された。

トーク力も上には上がいるものだ。ここで被せられると、もうそれ以上はない。

「尊敬します」
「……尊敬?」
「トークの流れを掴んでるなぁって思って」

恭平の言葉に怪訝そうな表情を向ける慎也。何を云っている?と云わんばかりの表情に、あれ?と違和感を抱く。

「……もしかして…」
「俺も本気で記憶にない」
「え、マジですか?!って、ちょっと口調が崩れましたけど…え?あの慎也さんが?!」
「あのってなんだ、あのって」

半眼で慎也がこちらを見ている。呑み会の席でも、ポーカーフェイスで焼酎ロックをひたすら呑んでいる大人な慎也が酔っていたというのか。

いや、恭平にある記憶は前半だけなので、前半では慎也も酔っていなかったのかも知れない。
しおりを挟む

処理中です...