断罪希望の令息は何故か断罪から遠ざかる

kozzy

文字の大きさ
225 / 310

ジェロームとシェイナ ④

しおりを挟む
ジワリと汗ばむ夏も気が付けば終わりを迎え、季節はすでに秋の深まりを見せ始めた。

シェイナの長期滞在を聞かされた時、私は兄であるシャノン様抜きで、上手くシェイナの相手が出来るだろうかと一抹の不安を抱いていた。
だが蓋を開けてみればどうだ。
幼子と言っても大人と同じ思考力を持つシェイナは、騒ぐこともなく、泣き叫ぶことも無く、我儘を言って周囲のものを困らせることも無く、常に微笑みを浮かべ静かに座っている。

だがよく見ていれば気が付くこともあるのだ。

例えばシェイナは香りの強い野菜が好きでは無いようだ。決して避けたり残したりはしないが、それらの野菜を食す時、彼女はそれと分からない程度にだが、皿の上でその葉を二、三度つつく。

ナニーがペーパーナイフで指先を切った時もそうだ。
指先を染める赤い血、騒ぐナニーを余所目に動じないでいたシェイナだが、彼女の瞳はその血を見ないようほんの少しだけ逸らされていた。

シャノン様がいつか彼女に言い聞かせていた言葉を思い出す。
「子供は子供らしくもっとワガママ言ってもいいんだよ」
本当にその通りだ。大人になれば嫌でも物分かりの良いふりをしなければならないのだ。
だからこそ子供だからと許されるうちに、彼女はもっと感情の吐露を学ぶべきだ。

思えばシャノン様は実体験からその大切さをお分かりなのだろう。
永年にわたる王城でのお妃教育。彼が奪われたものは計り知れない。だからこそ彼は今その全てを取り戻そうと、あれだけ自由に振舞われるのだろう。

感情をむき出しにするのは貴族として品の無い行為だ。それは貴族教育の中で必ず学ぶことだが、喜怒哀楽を知ったうえで感情を抑えるのと、感情を出さないために喜怒哀楽に蓋をするのとでは、これから歩む彼女の未来に大きな違いがあるんではないか、子供を育てたことなど無い私だが、そんな風に感じるのだ。

「シェイナ、大人の思考力があるのも考え物だね。君はもっと感情を露にすべきだ」
「ちてまちゅ」
「それでかい?いいや、全く足りないよ」
「ノンもちょーいいまちゅ」

「シャノン様が?ああそうだろうとも。彼は他に何と?」

スッと傍らに引き寄せる文字盤。文字盤を動かす時、彼女はいつもより饒舌になる。

ーいつでも出来るのいつもは来ないかもしれない、いつもが来たとしてもブツリテキに出来ないかもしれない、だからそれが出来るであろう時に我慢ばかりしてはいけない、それは贅沢だってー

「…深い想いが込められているね…、全くその通りだ」

ー言葉を飲み込んではいけないとも。サッシテチャンは良くないと言われました。言葉は分かりませんでしたが、恐らく言葉を惜しんでおきながら自分の心情を察してほしいなど期待してはいけない、そういう意味だと思いますー

「私もそう思うよシェイナ。言葉多足らずは誤解を生む」

ーですが感情を表に出すことは難しいですー

「何故?」

ーその感情を踏みにじられた時、その感情を拒否された時、それを想像するととても怖いー

「だがねシェイナ」

ー独りで我慢する方が楽です。他者の考えはわかりませんからー

「…馬鹿だねシェイナ。だから言葉を尽くしなさいとシャノン様は仰ったんだろう?」
「……」

「私たちには幸い口が、言語がある。シェイナ、せっかくだからエンブリーにいる間特訓しよう。王都へ戻った時にシャノン様が驚くように」

「なにちゅるの?」

「ではまず目の前の薬からだ。昨晩くしゃみをしていただろう?これは風邪に効くハーブだ。少し苦いがひどくなる前に飲んでおこう」

「……」
「ああほら、視線を逸らした。これが嫌なんだね。さあどうしたいか言ってごらん」
「…でちゅ」

「なんだって?」
「やでちゅ!のまないでちゅ!」

「ああ!なんて我儘な子供なんだ!そんな子はお仕置きだ!」
「きゃっ!」

捕まえてくすぐれば一瞬驚いた顔をしながら、それでも今まで見たこと無いような子供らしい顔で声をあげて笑うシェイナ。
この笑顔が見れただけでも彼女がエンブリーに来た意味はあったんじゃないか。

そう考える私は厚かましいだろうか?



しおりを挟む
感想 871

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。

妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。 そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。 結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。 さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。 家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。 いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。 *ご都合主義です *更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

処理中です...