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アレイスター
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「ノン!ノン!しっかりちて!」
「一体何が起きたんだ!誰か医者を!」
「駄目だ!意識がない!」
「シャノン!誰かシャノンを助けてくれ!」
「弁護人!貴様一体何をした!」
「私が何をしたというのだ!言いがかりはよしてもらおう!」
前触れもなくいきなり崩れ落ちたシャノンに騒然とする廷内。
もっとも近くに座っていたエンブリー卿が即座にシャノンを抱きかかえる。
だらりと下がり落ちる力の無い腕、その手を取ったのはシェイナ嬢だ。
酷く狼狽したプリチャード候、ブラッドが手すりを超え傍らへ駆け寄るが、彼らがどれほど呼んでも微かな反応もない。
家族の悲痛な叫びの中、私は…
…コンラッドやシャノンの友人と共に指を咥えて見守るしか出来ないでいる。
私は分かっていなかったのだ。私とシャノンを明確に隔てる手すりの存在に。
心が通じ合い、約束さえあればそれでいい…などと考えていた私はどれほど子供だったか!
何故父は周囲の反対を押し切り母を後宮に呼び寄せた?ただの遊戯であれば市井の愛人で十分だったはずだ。何故自由を愛する母が苦難しかない後宮へ入ることを決意した?王の庇護さえあれば、何も檻のような王宮になど飛び込む必要はなかったはずだ。
〝正式な妃”という形を二人が望んだのは、まさに今目の前にある光景が物語っているじゃないか。もしも今シャノンに何かあっても…私はただの友人、親しい友人でしかない…
その事実に今頃気が付くなどと…私はひどく浅はかで愚かだ。
『神託』シャノンの昏倒に全ての傍聴者が混乱する中、車いすに座った老フレッチャーだけが、どこか満足げにほくそ笑んで見えるのは私の穿った見方だろうか?老い先短い化け物は死出の道連れを求めたのだろう。なんと醜悪な…
「毒だ!所持品に毒は無いか探すんだ!」
シャノンが崩れ落ちる直前背後を通った老フレッチャーの弁護人は即座に身柄を拘束される。そして衛兵の手で所持品を検められるが、いくばくかの装飾品以外はモノクル、ハンカチなどばかり。毒の注射器も毒針も、床、椅子、羽目板の溝まで確認したが見つからない。
駆けつけた医師はただ首を振るばかり。
「ほとんど鼓動が消えかかっております。残念ですが出来ることはもはやありますまい…」
「馬鹿な!そんな言葉を聞くために呼んだのではない!」
その時、法廷内に響き渡ったのは甲高い絶叫!
「だめえ!!!たましいがきえる!!!」
魂が消える…!その言葉に居てもたってもいられずブラッドを押しのけシャノンの傍らに跪く。
「アレイスター殿下が…」
「第二王子殿下はもしや…」
この期に及んで人目など構うものか!
見るがいい!医師によって開かれたブラウスの間からは、私のあげたグレーサファイヤの指輪が、この緊張など無関係とでも言うかのように光に反射し輝いている。
「シャノン…私を呼ぶんだシャノン、そうすれば私はどこからでも必ず駆けつけよう。シャノン…シャノン…、私を呼ぶんだ!シャノン!」
必死な私の呼びかけに返事を返したのは目の前の想い人シャノンでなく、髪を振り乱して半狂乱になるシェイナだ。
「こんなのゆるさない!たましいはけさしぇない!あれちゅた!ちからをかして。これはあいちあわないとむずかしい」
「なんでもしよう!何をすればいい!」
「いけばわかる。きっとノンはちってる」
「シェイナ?」
すくっと立ち上がるシェイナに目をやるエンブリー卿。だが私にもわかる。シェイナは何かをしようとしている…
「ぜんぶつかえばきっとたすかる…」
胸を抑えるシェイナ…。胸…?全部…?使う…?
シェイナはシャノンの分身体だといった。ではこの呟きの意味は…
「君はシャノンの一部に戻るつもりなのか!」
「…このたましいをつかえばきっとノンはたすかる。だから…」
穏やかでない言葉に声を荒げたのはエンブリー卿だ。
「そうしたら君はどうなる!」
「ジェリー…」
「君は消える、そうなんだね」
「ぼくとノンはふたりでひとつ…もとにもどるだけ、それだけだから」
「だがそれはもう君でもシャノン様でもない、別の誰かだ!」
「ジェリー…ノンをたすけたい!でももう、ノンのたましいにはちからがない」
「では私の魂も使うがいい!それでこそあの人への恩返しだ!」
「だめ!ジェリーはそのいみわかってない!」
「シェイナ!いいから早くしろ!卿の力を借りるんだ!シャノンがもたない!」
「う…、うう…あれちゅたー!ノンをおねがい!」
カッ!!!
それはほんの一瞬の出来事。
洪水のように押し寄せる光の中から見えたのは、まるで時を止めたかのように瞬き一つしない人々の姿。
私たちに駆け寄ろうとしたまま動きを止めたプリチャード候、ブラッド、ロイドをはじめとした友人たち、コンラッドにアーロンまでもが私たちに手を伸ばしたまま止まっている。
驚愕に目を見開いたフレッチャー候と、笑みを消した老フレッチャー。逃亡を計る弁護人の行く手を塞ぐアリソン。
光の発生源はシャノンに覆いかぶさるシェイナだ。そのシェイナの手はしっかりエンブリー卿に繋がれシャノンに魂を注ぎ始めている。
そして私は…
「これは…」
手の先から順に、光の粒子となって空間に溶け込んでいく…。
身体が透ける…だが恐怖など微塵も感じない。これでシャノンを、私の最愛を迎えに行ける。
ーアレイスター様の髪が光に透けたらほぼ僕の髪ですよー
いつかの言葉が脳裏をよぎる。
ああ…では私は今…君のプラチナに包まれているのだな…
「一体何が起きたんだ!誰か医者を!」
「駄目だ!意識がない!」
「シャノン!誰かシャノンを助けてくれ!」
「弁護人!貴様一体何をした!」
「私が何をしたというのだ!言いがかりはよしてもらおう!」
前触れもなくいきなり崩れ落ちたシャノンに騒然とする廷内。
もっとも近くに座っていたエンブリー卿が即座にシャノンを抱きかかえる。
だらりと下がり落ちる力の無い腕、その手を取ったのはシェイナ嬢だ。
酷く狼狽したプリチャード候、ブラッドが手すりを超え傍らへ駆け寄るが、彼らがどれほど呼んでも微かな反応もない。
家族の悲痛な叫びの中、私は…
…コンラッドやシャノンの友人と共に指を咥えて見守るしか出来ないでいる。
私は分かっていなかったのだ。私とシャノンを明確に隔てる手すりの存在に。
心が通じ合い、約束さえあればそれでいい…などと考えていた私はどれほど子供だったか!
何故父は周囲の反対を押し切り母を後宮に呼び寄せた?ただの遊戯であれば市井の愛人で十分だったはずだ。何故自由を愛する母が苦難しかない後宮へ入ることを決意した?王の庇護さえあれば、何も檻のような王宮になど飛び込む必要はなかったはずだ。
〝正式な妃”という形を二人が望んだのは、まさに今目の前にある光景が物語っているじゃないか。もしも今シャノンに何かあっても…私はただの友人、親しい友人でしかない…
その事実に今頃気が付くなどと…私はひどく浅はかで愚かだ。
『神託』シャノンの昏倒に全ての傍聴者が混乱する中、車いすに座った老フレッチャーだけが、どこか満足げにほくそ笑んで見えるのは私の穿った見方だろうか?老い先短い化け物は死出の道連れを求めたのだろう。なんと醜悪な…
「毒だ!所持品に毒は無いか探すんだ!」
シャノンが崩れ落ちる直前背後を通った老フレッチャーの弁護人は即座に身柄を拘束される。そして衛兵の手で所持品を検められるが、いくばくかの装飾品以外はモノクル、ハンカチなどばかり。毒の注射器も毒針も、床、椅子、羽目板の溝まで確認したが見つからない。
駆けつけた医師はただ首を振るばかり。
「ほとんど鼓動が消えかかっております。残念ですが出来ることはもはやありますまい…」
「馬鹿な!そんな言葉を聞くために呼んだのではない!」
その時、法廷内に響き渡ったのは甲高い絶叫!
「だめえ!!!たましいがきえる!!!」
魂が消える…!その言葉に居てもたってもいられずブラッドを押しのけシャノンの傍らに跪く。
「アレイスター殿下が…」
「第二王子殿下はもしや…」
この期に及んで人目など構うものか!
見るがいい!医師によって開かれたブラウスの間からは、私のあげたグレーサファイヤの指輪が、この緊張など無関係とでも言うかのように光に反射し輝いている。
「シャノン…私を呼ぶんだシャノン、そうすれば私はどこからでも必ず駆けつけよう。シャノン…シャノン…、私を呼ぶんだ!シャノン!」
必死な私の呼びかけに返事を返したのは目の前の想い人シャノンでなく、髪を振り乱して半狂乱になるシェイナだ。
「こんなのゆるさない!たましいはけさしぇない!あれちゅた!ちからをかして。これはあいちあわないとむずかしい」
「なんでもしよう!何をすればいい!」
「いけばわかる。きっとノンはちってる」
「シェイナ?」
すくっと立ち上がるシェイナに目をやるエンブリー卿。だが私にもわかる。シェイナは何かをしようとしている…
「ぜんぶつかえばきっとたすかる…」
胸を抑えるシェイナ…。胸…?全部…?使う…?
シェイナはシャノンの分身体だといった。ではこの呟きの意味は…
「君はシャノンの一部に戻るつもりなのか!」
「…このたましいをつかえばきっとノンはたすかる。だから…」
穏やかでない言葉に声を荒げたのはエンブリー卿だ。
「そうしたら君はどうなる!」
「ジェリー…」
「君は消える、そうなんだね」
「ぼくとノンはふたりでひとつ…もとにもどるだけ、それだけだから」
「だがそれはもう君でもシャノン様でもない、別の誰かだ!」
「ジェリー…ノンをたすけたい!でももう、ノンのたましいにはちからがない」
「では私の魂も使うがいい!それでこそあの人への恩返しだ!」
「だめ!ジェリーはそのいみわかってない!」
「シェイナ!いいから早くしろ!卿の力を借りるんだ!シャノンがもたない!」
「う…、うう…あれちゅたー!ノンをおねがい!」
カッ!!!
それはほんの一瞬の出来事。
洪水のように押し寄せる光の中から見えたのは、まるで時を止めたかのように瞬き一つしない人々の姿。
私たちに駆け寄ろうとしたまま動きを止めたプリチャード候、ブラッド、ロイドをはじめとした友人たち、コンラッドにアーロンまでもが私たちに手を伸ばしたまま止まっている。
驚愕に目を見開いたフレッチャー候と、笑みを消した老フレッチャー。逃亡を計る弁護人の行く手を塞ぐアリソン。
光の発生源はシャノンに覆いかぶさるシェイナだ。そのシェイナの手はしっかりエンブリー卿に繋がれシャノンに魂を注ぎ始めている。
そして私は…
「これは…」
手の先から順に、光の粒子となって空間に溶け込んでいく…。
身体が透ける…だが恐怖など微塵も感じない。これでシャノンを、私の最愛を迎えに行ける。
ーアレイスター様の髪が光に透けたらほぼ僕の髪ですよー
いつかの言葉が脳裏をよぎる。
ああ…では私は今…君のプラチナに包まれているのだな…
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