イケメン大好きドルオタは異世界でも推し活する

kozzy

文字の大きさ
209 / 247
あっちからみたらこっちが異世界

もう一人の新太 ①

しおりを挟む
冷たい冷たい湖の底に堕ちたはずの意識がぼんやりと覚醒していく。
僕はどうなったの…

肌触りの良いさらさらとした布の感触…
自室のベッドの寝具とは明らかに違う覚えのないこの心地は…?

ああ…死ねなかったのか…ならばここはどこ?
嫁ぎ先のバーガンディ?
カマーフィールドへ戻ってきた?
それともどこかの領地の療養所だろうか…?

皆に謝らなければいけない…
お父様にまたご迷惑をお掛けしてしまった…事態を止められなかったと悔いていらしたお父様。国王様からお叱りを受けては居ないだろうか…
お母様はお嘆きだろうか?それともまた叱責されてしまうだろうか…ごめんなさいお母様。だけど僕は立派な辺境伯夫人になるための勉強なんてどうしてもしたくなかった…
トールキンお兄様はきっと何も言わず、だけどご自分をお責めになるに違いない。あの地を旅立つ前夜のように。
そしてワイアットお兄様は、何も聞かずいつものように微笑むのだ。心配したよってそう僕を抱きしめて。

顔もまだ見ぬバーガンディの夫、辺境伯様はきっとお怒りの事だろう。真っ赤な威圧を振りまいて…
いっそ離縁を申し渡しては頂けないだろうか…?
国王様からの勅命では、それも叶わぬ望みだろうか…?

もういい…一度は死んだ身…心を殺して生きていこう…
何も望まず、何も夢見ず、バーガンディの暗い暗い瘴気に満ちた辺境の地で…






重い瞼を持ち上げる…その眼の前に現れたのは…見たことも無い真っ白な世界。


「〝ヒール”」
…僕の魔力が発動しない…それどころか、体のどこにも魔力の流れを感じない…

よく見れば、視界に入る手の平は、見知った自分の手と違って見える。
カマーフィールドの裏山をどれほど走っても焼けなかった真っ白だった僕の手が淡い褐色になっている。

「こ、これは…?」

明らかに何か異常な事態が起きている。声もいつもの自分と違う柔らかいけど高すぎない声。

訳が分からず焦る心を押し退ける。気怠い身体を無理やり起し、そのベッドから降りようとした時、真っ白な扉が音もなく横へと開いた。

「新太君…新太君気が付いたのね?ああ、まだ起きないで。すぐに先生をお呼びしますからね。動いちゃだめよ。良いわね」

なにかを押すとその白い服を着た人はカチャカチャと見たことも無い器具を取り出していく。
髪が短い…男性?いや女性にしか見えない。だけど男物のトラウザーズをはいている。

その後も白い服を着たいろんな人に、何かを巻かれたり目に光をあてられたり、おそらく僕の状態を確認してるんだろう…その間、僕は一切質問には答えなかった。

…だってここは違いすぎる…僕の住んでたあの国、あの世界と。チカチカと光るいろんな器具は僕の知るどんな魔道具よりも凄いものだと伝わってくる。

転移…時空間転移…

カマーフィールドを発つ直前まで頭から離れなかった虫のいい魔法。その可能性が浮かんでは消える。
だってあれは僕には出来ない複雑な魔法。術式も陣も形成してはいなかった…なのに何故?

全ての確認が終わると見たことも無い女性が入って来る。ああ、心が震える…きっとこの身体の肉親だ。

「新太!新太…ああ、良かった気が付いて…良かった…ううぅ…新太ぁ~…」
泣き崩れながら僕を抱きしめるその腕の温もりに…気が付いたら勝手に涙が頬を伝っていた。
…身体の記憶…

「お母さん、新太君の事で少しお話良いですか?」
「え、ええもちろん、まだ何か心配な事が?」
「新太君、事故の後遺症か、長期間意識がなかった弊害か…記憶障害を起しているようです。時間と共に多少は戻るかも知れませんがこればかりは何とも」
「記憶障害…ですか」





明らかに違う文明レベル。そしておそらくは魔法の無い世界。
僕の知識の何一つここでは通じないだろう。
時間と共に少しずつ馴染んでくる脳裏にうっすらと残るかすかな記憶。
このわずかな記憶を頼りにここで生きていくしか道はない。

「お、おかあさん…?」
少し気恥しいけど記憶のままに声をかける。
「新太!お母さんのことは分かるのね。そう、良かった。どうしたの?なにか欲しいの?」



肩を借りてトイレまで歩く。入り口でおかあさんと別れ手すりを掴んでゆっくりと中に入る。
大きな大きなピカピカの鏡。
僕のいた世界のどんな鏡よりもピカピカの曇り一つない鏡。

「すごい…どこもかしこも真っ白だ…」

それよりも…ようやく見れた僕の顔…
黒い髪の黒い瞳。さっきから会う人みんなそう。ここではこれが普通なんだろう。
僕の面影の何一つ残らない…全然別の…別の人。


どうして時空間魔法が発動したのかわからない。どうしてこの身体に入ったのかわからない。
だけどこれは間違いなく…僕に与えられたもう一つの世界。



個室や便座や勝手に流れる水にまで、一つ一つに驚き疲れフラフラになってトイレを出るとおかあさんがそこで待っててくれた。

「新太大丈夫?時間がかかったみたいだけど。あんたずっと眠ってたんだからいきなり無理しちゃだめよ」
「ずっと眠ってって?どれくらい?」
「半年近くも意識が戻らなかったのよ。」

病室とよばれる個室に戻ってもう一度ベッドに横になる。

「あの公園の池のほとりであなた意識を失って倒れてたのよ。外傷もないし、盗まれたものも無い。事件性はなさそうだって警察の方も言うし…本当にどれほど心配した事か。お父さんもお姉ちゃんも夜には来るから、ちゃんとそれまで休んでなさい」

真っ赤なりんごを器用に剥きながらおかあさんが大体の事情を教えてくれる。この世界のおかあさんは自分の手でりんごを剥くんだ?

「はいどうぞ。食べられる?」
「うん、食べたい」

なんてことない会話なのに妙に嬉しいのは何故なんだろう。うんと幼い頃だったらお母様ともこんなやりとりしてたっけ。


池…僕が身を投げたのはバーガンディとカマーフィールドの間にあるセレスティアン湖。
水が何かのきっかけで僕をここまで運んだの?水、水、お父様やお兄様の根源となる属性の水。

じゃぁ新太君は向こうに行ってしまったんだろうか…僕の代わりに?
ああ、どうしよう…そんなつもりじゃなかったのに…

「ほら、せっかく目が覚めたんだから元気出しなさい。記憶ならきっと戻って来るわよ。戻らなくったって、お母さんのことは分かるんでしょう?じゃぁ十分よ。あんたは元気と能天気なのが取り柄なんだから、そんな顔してたらお姉ちゃんたち心配するわよ」
「元気で能天気……」

なんの慰めにもならないけど…ほんの少しだけホッとした。





しおりを挟む
感想 103

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...