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二人と一人 イヴの場合
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最近僕の休みを根こそぎ奪うのはイヴァーノ・モードにおける太客の無駄話だ。
その日もデザインの打ち合わせで顔を出したクチュールのサロンでは顧客のマシンガントーク炸裂だった。
「大変ですわねカタリーナ様も。ブルボンが不安定なばかりに婚約解消などと」
「あーそれ。僕も聞きましたけど婚礼後に市民の暴動とか起きたら目も当てられないんで良かったです。ここは赤と紫、どちらにしましょう?」
「本当に市民の暴動など起きるのかしら…。あなたはどちらが似合うとお思い?」
「何にしたって「かもしれない」は有効な危機管理です。紫ですかね」
プレタポルテとはデザイン画さえ提出すれば後は丸投げ出来る仕組みである。
だがオートクチュールに関しては僕なくして成立しない。ベースのデザインを見ながら顧客に合わせ細かくデザインを修正していく必要があり、以前より暇になるかと思っていたのに…現実はどうだ!
月火木金が病院、水がお城、土曜にサロンへ顔を出すから…僕の休みは週休1日。
フラヴィオが懸念するよう、その貴重な日曜も、我が儘な顧客の呼び出しによってすでに何度つぶれたか…
「それはあの美丈夫な旦那様が仰ったのかしら?じゃあそのデザインでお願いするわ」
幸い病院の勤務もお城への出張業務も午後三時までと決まっている。が、早く帰らないと「夕食の時間が崩れる」と難色を示すじじいも恐らく出てくるだろう。
これは非常に困難な問題を抱えている。なぜならば僕には徒歩による通勤時間というロスタイムがあり、かかりすぎるそれを憂いているのだ。
「わたくし王妃様の侍女から聞いたのだけれど…王妃殿下は「いっそ安全な国内で婿養子を」とつぶやかれたそうよ」
確かに…フラヴィオからその件の経緯を聞いてどれほど驚いた事か。
けどゲーム運営がXで言ってた〝後に起こり得る国の危機” というのがカタリーナ様の生死の事だと気付いて、僕は心底ハムに対する己の強欲さを誇りに思った。〝貰い事故” とは王女を失うことだったのだ。あっぶな…
ダリオのゴミ拾いからもう二か月は経つだろうか?その間、懸念と疑惑にさらされ続けてきたというのであれば、反動で王妃様が娘を最も安全な手元に置いておきたい、と思っても無理はないだろう。
「ねえイヴァーノ、もっとバストを強調してくださらないかしら」
「そうすると全体のバランスが良くないですよ?」
「いいのよ。旦那様は最近劇場のオペラ歌手に夢中なのよ。あの歌い手は胸元の開いたひどく扇情的な衣装を身につけていたという話だわ。慎みのない…」
「あ…」
僕考案の神様対策、薄手の疑似素肌は実にコスパの悪い素材である。けど自由を愛する革新的な女性なら誰だって、詰め襟のお堅い服ばっかより制約のないおしゃれを楽しみたいって、そう考えるだろう。
革新、改革、革命、それらは往々にして草の根から始まるものだ。
神への信仰心と布地面積は比例しないと気付いた市井の女性(一部)は少しづつ襟もとを解放しつつあるようだが、僕にはそれが、まるで男性に従属する首輪からの解放に見えて非常に喜ばしい。となると…
その時声のボリュームを下げた夫人は、獲物を狙うハンターのような目で僕を見据えズズイッっと身を乗り出した。
「ところで…わたくしにだけ本当の事を教えてくださらない?」
「何のことでしょう?」
本当のこととはなんぞや?このデザインではウエスト周りがやや厳しいかどうかという話なら答えはイエスだ。
「あなた方とカタリーナ様のことよ。もう正式な打診はお有りになったのかしら?」
「何がなにやら…」
「奥様、王家に関わるお話を無理強いなさってはビアジョッティ夫人がお困りなりますよ」
「そうれもそうね。ホホ、失礼したわ」
本人不在の噂とは実に不快である。いい話でも悪い話でもだ。その場は何事もなく一旦見送り、その後サロンをお任せしているベルッチ男爵家の三女、ビアンカさんと二人きりになるのを待ち、さっきの話が何のことだか知ってるか?と問いかけてみた。
「ご存じないのですか?社交界では有名な話ですよ!」
「話しが見えないんだけど…」
「カタリーナ姫殿下がビアジョッティ家の正妻に入られるという話ですわ!」
「は?はぁぁぁぁ!? 」
なにが何してそうなった!初耳なんですけどーーー!!!
「うちみたいな貧乏伯爵家に王家の姫がなんで!あり得ない!」
「ビアジョッティ伯爵家の価値は現状でなく将来性にあるのだそうですよ」
「フラヴィオがアマーディオ殿下の側近候補だから?」
「いいえここです。イヴァーノ・モード。ここはこの国の大きな産業の礎になるって父が申しておりました」
自分で言うのもなんだけど…ここの手柄はマッティオ氏じゃね?
「それにイヴァーノ様はビアジョッティ夫人と言っても名門コレッティ侯爵家のご子息ですもの。ビアジョッティ伯もコレッティ家の遠縁なのでございましょう?おかしくはありませんわ」
なるほど名門コレッティ侯爵家!
コレッティ家には息子が三人いる。長兄次兄、そして僕。
だが僕と八歳違いの長兄にはとっくに奥さんが居る。そして三つ違いの次兄もラブラブの幼馴染と来月に結婚を控えている。つまりつけ入るスキは…
「ふぅ…」
早急にフラヴィオと話をしなければならない。
その日もデザインの打ち合わせで顔を出したクチュールのサロンでは顧客のマシンガントーク炸裂だった。
「大変ですわねカタリーナ様も。ブルボンが不安定なばかりに婚約解消などと」
「あーそれ。僕も聞きましたけど婚礼後に市民の暴動とか起きたら目も当てられないんで良かったです。ここは赤と紫、どちらにしましょう?」
「本当に市民の暴動など起きるのかしら…。あなたはどちらが似合うとお思い?」
「何にしたって「かもしれない」は有効な危機管理です。紫ですかね」
プレタポルテとはデザイン画さえ提出すれば後は丸投げ出来る仕組みである。
だがオートクチュールに関しては僕なくして成立しない。ベースのデザインを見ながら顧客に合わせ細かくデザインを修正していく必要があり、以前より暇になるかと思っていたのに…現実はどうだ!
月火木金が病院、水がお城、土曜にサロンへ顔を出すから…僕の休みは週休1日。
フラヴィオが懸念するよう、その貴重な日曜も、我が儘な顧客の呼び出しによってすでに何度つぶれたか…
「それはあの美丈夫な旦那様が仰ったのかしら?じゃあそのデザインでお願いするわ」
幸い病院の勤務もお城への出張業務も午後三時までと決まっている。が、早く帰らないと「夕食の時間が崩れる」と難色を示すじじいも恐らく出てくるだろう。
これは非常に困難な問題を抱えている。なぜならば僕には徒歩による通勤時間というロスタイムがあり、かかりすぎるそれを憂いているのだ。
「わたくし王妃様の侍女から聞いたのだけれど…王妃殿下は「いっそ安全な国内で婿養子を」とつぶやかれたそうよ」
確かに…フラヴィオからその件の経緯を聞いてどれほど驚いた事か。
けどゲーム運営がXで言ってた〝後に起こり得る国の危機” というのがカタリーナ様の生死の事だと気付いて、僕は心底ハムに対する己の強欲さを誇りに思った。〝貰い事故” とは王女を失うことだったのだ。あっぶな…
ダリオのゴミ拾いからもう二か月は経つだろうか?その間、懸念と疑惑にさらされ続けてきたというのであれば、反動で王妃様が娘を最も安全な手元に置いておきたい、と思っても無理はないだろう。
「ねえイヴァーノ、もっとバストを強調してくださらないかしら」
「そうすると全体のバランスが良くないですよ?」
「いいのよ。旦那様は最近劇場のオペラ歌手に夢中なのよ。あの歌い手は胸元の開いたひどく扇情的な衣装を身につけていたという話だわ。慎みのない…」
「あ…」
僕考案の神様対策、薄手の疑似素肌は実にコスパの悪い素材である。けど自由を愛する革新的な女性なら誰だって、詰め襟のお堅い服ばっかより制約のないおしゃれを楽しみたいって、そう考えるだろう。
革新、改革、革命、それらは往々にして草の根から始まるものだ。
神への信仰心と布地面積は比例しないと気付いた市井の女性(一部)は少しづつ襟もとを解放しつつあるようだが、僕にはそれが、まるで男性に従属する首輪からの解放に見えて非常に喜ばしい。となると…
その時声のボリュームを下げた夫人は、獲物を狙うハンターのような目で僕を見据えズズイッっと身を乗り出した。
「ところで…わたくしにだけ本当の事を教えてくださらない?」
「何のことでしょう?」
本当のこととはなんぞや?このデザインではウエスト周りがやや厳しいかどうかという話なら答えはイエスだ。
「あなた方とカタリーナ様のことよ。もう正式な打診はお有りになったのかしら?」
「何がなにやら…」
「奥様、王家に関わるお話を無理強いなさってはビアジョッティ夫人がお困りなりますよ」
「そうれもそうね。ホホ、失礼したわ」
本人不在の噂とは実に不快である。いい話でも悪い話でもだ。その場は何事もなく一旦見送り、その後サロンをお任せしているベルッチ男爵家の三女、ビアンカさんと二人きりになるのを待ち、さっきの話が何のことだか知ってるか?と問いかけてみた。
「ご存じないのですか?社交界では有名な話ですよ!」
「話しが見えないんだけど…」
「カタリーナ姫殿下がビアジョッティ家の正妻に入られるという話ですわ!」
「は?はぁぁぁぁ!? 」
なにが何してそうなった!初耳なんですけどーーー!!!
「うちみたいな貧乏伯爵家に王家の姫がなんで!あり得ない!」
「ビアジョッティ伯爵家の価値は現状でなく将来性にあるのだそうですよ」
「フラヴィオがアマーディオ殿下の側近候補だから?」
「いいえここです。イヴァーノ・モード。ここはこの国の大きな産業の礎になるって父が申しておりました」
自分で言うのもなんだけど…ここの手柄はマッティオ氏じゃね?
「それにイヴァーノ様はビアジョッティ夫人と言っても名門コレッティ侯爵家のご子息ですもの。ビアジョッティ伯もコレッティ家の遠縁なのでございましょう?おかしくはありませんわ」
なるほど名門コレッティ侯爵家!
コレッティ家には息子が三人いる。長兄次兄、そして僕。
だが僕と八歳違いの長兄にはとっくに奥さんが居る。そして三つ違いの次兄もラブラブの幼馴染と来月に結婚を控えている。つまりつけ入るスキは…
「ふぅ…」
早急にフラヴィオと話をしなければならない。
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