金獅子とドSメイド物語

彩田和花

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8話 第二公子のお茶会

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アンジェリカの血液を入手した日の翌朝、モニカは礼拝堂でファルガーへ報告を行った。
その内容は言うまでもなく、アンジェリカの血液を手に入れた件、そしてレオンとの関係性が進展したことも含めたものだった。
その後数日間は、後から知ることになるある理由によりファルガーからの返信はなかったが、その間に第1公子妃カタリナが第2公子ジェイドの部屋から妙に火照った顔で出てきたところを目撃するということがあったため、そのことについてモニカから追加で報告を行った。
それから更に3日ほど経過したある日、遂に彼からの返信があった。

─桃花へ

返信が遅れて済まなかった。
君からのメッセージの確認は逐一行っていたのだが、少々気持ちの整理をつける期間が必要だったものでな・・・。
まずはレオンハルトくんとのこと、おめでとう。
正直君からの思慕を完全に彼に奪われてしまったことに対し、想像していたよりもずっと心にダメージがあったよ・・・。
アーシェへの思慕を883年経っても未だ引き摺っている僕が言えたことでは無いが、どうやら僕にも嫉妬心というものが残っていたらしい。
君が彼と幸せになれることを祈っているが、もし彼の置かれている立場と事情によりそれが叶わなかった時には、そうだな・・・。
まずはレオンハルトくんに一言文句を申したいかな。
桃花のことを本気で好きならば、全ての事柄において桃花を優先させることは出来なかったのか、とね・・・。
もしそんなことになったのなら、残りの宮廷内の調査のほうはこちらでどうにかするから、宮廷メイドを辞めてすぐジャポネに帰っておいで。
君の気の済むまで抱き締めてあげる。
そして、アンジェリカ公妃の血液の入手をありがとう。
これで第2公子ジェイドを除く全ての対象となる者の検体が揃ったわけだね。
この間も言ったが、第2公子のものは君が危険を冒してまで無理に手に入れなくてもいいから、これで検体の収集については終わりにしよう。
本当にご苦労様。
そこで、このメッセージを君が確認してから3日後になるかな。
丁度僕のお役目に区切りがつきそうだから、ミスティルの町まで検体の受け取りに行くよ。
君の都合の良い時間と場所を教えてくれないか?
それから、第1公子妃カタリナについての報告もありがとう。
彼女は第1公子が次期当主になることで得をする立場だから、もしかしたらレオンハルト君とアンジェリカ公妃の毒殺を目論んだ黒幕の可能性もあるかと思ったが、そうか・・・。
第2公子の部屋から出てきたのか・・・。
ならば今彼女は第2公子との不倫に夢中で、自分の夫の近い将来の地位を確立することには関心がなさそうだし、黒幕は別にいると見て間違いないだろうね。
引き続き、何か気がつくことがあれば報告をしてくれ。
それでは、3日後に会える時を楽しみにしている。

ファルガー・ニゲル─

祈りを終えて目を開け、顔を上げたモニカは思うのだった。
(3日後にファルガー様にお会いできる・・・!
それは大変嬉しいのですが、どうしましょう。
ジェイド様の検体も、本当はあったほうが宜しいですわよね?
3日後にファルガー様にお会いする時までに、ジェイド様のものも入手出来ると良いのですが・・・)
モニカはアデルバート神の像の前で再び目を閉じると、ファルガーに宛ててメッセージを送った。

─ファルガー様へ

ご返信いただきありがとうございます。
うふふっ、私などに嫉妬して何日もお返事が滞られるなんて、ファルガー様ったら愛らしいところもおありなのですね?
なんて・・・少しだけドSな本性を覗かせてしまいましたが、女冥利に尽きますわ!
また、私が失恋しました際にはジャポネに帰ってきていいと・・・そして気の済むまで抱きしめてくださると仰ってくださって、大変心強いです。
本当に、ありがとうございます・・・!
それで、お会いする日時と場所につきましてですが、本日より3日後の11月20日の14時半は如何でしょう?
その時間ですと、お夕食の材料を買いに行くのだとレオン様に言い訳も立ちますし、レオン様も15時から鍛錬があるために私と同行しようとはなさらないはずですから。
場所はそうですわね。
3番通りのヤーブラカというカフェは如何です?
先日友人達とお話するのにそちらを利用しましたが、それなりに賑わっていて店員さんも必要最低限にしか干渉されませんし、多少込み入ったお話をするのに適していると思いますわ。
ファルガー様とお会いできるのを楽しみにしております。

相澤桃花─

(さて、ジェイド様と特に接点のない私が、どうやって検体を手に入れましょう?)
そんなことを思いながらモニカが礼拝堂から出てくると、白髪ショートヘアの小柄で愛らしいフリーメイドのリディアが、何処かの部屋に飾る為の花を分けてもらいに庭園の礼拝堂近くまで来ており、モニカと目が合った。
彼女はにこやかに微笑んで挨拶をした。
「あっ、モニカさん、おはようございます!
こんなに早くからお祈りだなんて、信心深いのですね!」
「おはようございます、リディアさん!
創造神ヘリオス様はアデルバート神様のお父君ですから、こちらの御神像を通してヘリオス様とも繋がっておられると聞きましたから、毎朝祈りを捧げて故郷に思いを馳せているのです。
リディアさんは庭園にお花を貰いに来られたのですね?」
「えぇ。
実は昨日、ジェイド様から直接お部屋のお花を頼まれまして・・・。」
「ジェイド様から?
・・・私もついでに主人の部屋に飾るお花を少し分けてもらおうかしら?」
モニカはリディアの口から出て来た予想外な人物の名に首を傾げながらも、レオンの部屋の花を選ぶためにリディアの近くまでやってきた。
「あ、この辺りのお花でしたら、どれでも好きなのを摘んで良いと庭師さんが仰っていましたよ?」
モニカはリディアからハサミを貸してもらい、見事に咲いた秋薔薇を選んで切りながら、さり気なく尋ねた。
「それにしても、リディアさんはフリーメイドであってジェイド様の専属ではありませんのに、そのようなご用を申し付けられる事もあるのですね?」
「えぇ・・・。
実は、今までそのお役目を担当していたジェイド様の専属メイドの方が、一昨日でしたかグリント様のお妃のカタリナ様のご気分を害されたとかで、解雇されてしまったのです。
それで今ジェイド様は、身の回りのお世話をするメイドが足らずに困っておいでなのですが、職業紹介所のほうから応募をしてくる人を待つ余裕もないため、急遽その方の代わりとなる専属メイドを私達フリーメイドの新人の中から一人、選ばれるおつもりのようでして・・・。
私の他に何人かの新人フリーメイドにこうして仕事を割り振り、誰を専属になさるか見定めておられるようなのです・・・。」
とリディアは困ったように眉を寄せて話してくれた。
「専属メイドになればお給金も上がりますし、一般的に見れば出世なのでしょうが・・・リディアさんはそれを望まれていないようですわね?」
と尋ねるモニカ。
「はい・・・・・。
私の家は母一人で兄弟も多く貧しくて、生活のためにお給金の高い宮廷メイドの仕事を選びました。
専属メイドとなれば更にお給金が上がるので、確かに生活面では大変助かるのですが、あの・・・レオンハルト様の専属メイドをなされているモニカさんにこのような事を言うのは失礼かもしれないのですが・・・・・」
リディアがその先を言い淀んでいたので、モニカは彼女が言わんとしていることを察して代弁した。
「専属メイドの違う側面・・・夜のお相手のことを心配されているのですね?」
リディアは汗を飛ばしながら頷いた。
「はい・・・・・。
すみませんモニカさん・・・。」
「いいえ、気になさらないでください。
レオン様・・・レオンハルト様もそのつもりで私を専属メイドになさったようですし、その認識は間違いではありませんから。
最もレオンハルト様は、良識をお持ちで女性に対して無理強いは決してなさりませんから、そこは他の公子様とは大きく異なりますが・・・。
リディアさんは、ジェイド様と性的関係になることを望まれていないということは、恋人がおられるのですか?」
「いえ、私には特に操を立てる相手がいるわけでは無いんです。
ただ、ジェイド様とそのような関係になるということは、不倫・・・になるではないですか。
実は私の母は父の不倫が原因で離婚をしていまして、女手一つで私と兄弟達をここまで育ててくれました。
その苦労を間近で見ている私は、絶対に不倫には手を染めたくないんです。
ジェイド様のお妃様方や、カタリナ様のようにジェイド様を慕われているお方から恨みを買うことにもなりますし、私はフリーメイドのままでよいので、長くここで働きたいのです。
他の候補の子達は、不倫だとか気にせずジェイド様の専属メイドになりたいと希望している子ばかりですので、その子達が選ばれてくれればいいと思っているのですが・・・・・。」
(成程・・・。
ジェイド様は面接の際のご様子から、なんとなく私と同じドSとお見受けしました。
ならば自分と性的関係になることに対して積極的な子よりも、リディアさんのようにそれを望まない相手を徐々に攻略して思い通りにすることに、強い快楽を覚えるたちかもしれませんわね・・・。)
とモニカは考えた。
「かといって、ジェイド様に選ばれないようにわざと申し付けられた仕事を失敗したりしましたら、フリーメイドのほうまで解雇されてしまうかもしれませんし・・・」
とため息を付くリディア。
「それは困りますね・・・」
「はい・・・・。
しかもジェイド様、明日の午後に新人メイドを歓迎するお茶会を開かれると申されておりまして・・・。
きっとそのお茶会の席で、補充される専属メイドを決定なさるのだと思います。
私、もし選ばれたらどうしようかと不安でして・・・・・」
そう言って俯くリディア。
モニカはそんな彼女の横顔を見ながら思った。
(リディアさん・・・・・。
何とか守ってあげられればよいのですが、その場に私がいないことには何も出来ませんわ・・・。
ですが新人メイドの歓迎会ということならば、私だって新人メイドですし、参加する権利はありますわよね?
あわよくば、ジェイド様の検体を手に入れられるかもしれませんし・・・。
それならば・・・)
「リディアさん。
そのお茶会、明日の何時にどちらで行われるのです?」
とモニカは尋ねた。
「えっ?
ジェイド様のお部屋で15時からですが・・・」
「そうですか。
ならば私も参加しますわ。」
「えっ!?
ですがモニカさんはジェイド様からお誘いがありませんでしたよね?
きっとジェイド様がレオンハルト様にご遠慮なされて、モニカさんをお誘いされなかったのだと思いますが・・・」
「えぇ。
ですがそのお茶会の名目は新人メイドの歓迎会ですわよね?
私はレオンハルト様の専属ではありますが、新人メイドには違いありませんし、リディアさんから新人メイドの為のお茶会があることを訊いたといえば、ジェイド様ならきっと歓迎してくださる筈ですわ。
そのお茶会でリディアさん、貴方が選ばれずに済むよう、陰ながら協力させていただきます。
私、そのようなことに関しましては割と定評がありますのよ?
ですので、そんなに不安にならなくても大丈夫ですわ!」
そう言ってモニカはリディアを励ますように微笑んで見せた。
「モニカさん・・・。
ありがとうございます・・・!
大変心強いです・・・!」
リディアはモニカの申し出に幾らかホッとしたようで、ペールアクアの瞳に涙を滲ませるのだった。

そしてお茶会当日─。
モニカはレオンに本日15時から新人メイドの為のお茶会に参加することは伝えたが、そのお茶会がジェイドの部屋で開催されることは伏せたまま、朝の鍛錬へと送り出した。
それを言えば確実に参加を止められる事がわかりきっていたからだ。
レオンを送り出した後、モニカは自室にてお茶会に差し入れる為のクッキーを作り始めた。
クッキーにしたのは、正確なお茶会の参加人数がわからないからと、参加する他のメイド達も様々なお菓子を持ってくると思われたため、当日中に食べなければならない生菓子よりも、気軽につまめて日持ちするもののほうがいいと思ったためだ。

①まず暖房が効いた室内で柔らかくしておいたバターと砂糖を泡だて器で良く混ぜ合わせ、溶き卵を少量ずつ加えてなめらかになるまで混ぜる。
②次にふるっておいた薄力粉を加え、ヘラで切るようにしてさっくりと混ぜ合わせる。
生地を2つに分けて片方にココアパウダーを混ぜる。
③プレーン、ココア、それぞれの生地を丸めてホーローの容器に入れて1時間ほど冷蔵庫で寝かせる。
(その間に他の家事を進めておく。)
④生地を冷蔵庫から取り出し、麺棒で5ミリほどの厚さに伸ばす。
そして先日町の調理雑貨屋で買っておいた茸や栗、どんぐり、葉っぱの形をした金型を取り出して、プレーン生地で茸の軸、栗とどんぐりの座と帽子の部分、それから葉っぱをくり抜き、続いてココア生地で茸のかさ、栗とどんぐりの鬼皮の部分、葉っぱをくり抜いていく。
そして茸のかさと軸を組み合わせてから茸のかさの部分を所々小さな丸い型で丸くくり抜き、その穴の部分に小さくちぎって丸めたプレーン生地をはめ込んで表面を均し、続いて栗の座とどんぐりの帽子の部分には金串で小さな点を無数に入れてから鬼皮と合体させ、プレーン、ココア両方の葉っぱには金串で葉脈を引いていく。
⑤それらをオーブンの天板に乗せて焼き上げる。

そうしてついに美味しそうな甘い香りのする秋のクッキーが完成した。
「ふふふっ、クッキーは梅次にせがまれて良く焼いてましたから、レシピを見なくても作れます。
アデルバートに来てからは初めて作りましたが、なかなか良い出来ではないでしょうか?」
モニカは焼き上がったクッキーを満足気に眺めた後、まずレオンとアンジェリカが食べるぶんをプレートに取り分け、続いて残りのお茶会へ持っていくぶんを油紙に包んでからコットンレースの巾着袋に入れると、レオンの髪と同じ金色のリボンで結んだ。
その後はテキパキと残りの仕事を終え、一息ついた頃にレオンが午前中の鍛錬を終えて部屋に戻って来たので、その日は昼食にうどんを作って主人と共に食べ、少しお腹が落ち着いた頃にレオンに午前中に焼いたばかりのクッキーを出した。
すると、
「あははっ、形が可愛い!
うん・・・味もとても美味いよ!
お茶会に参加するメイド達もとても喜んでくれるんじゃないか?」
と好評を得たのだった。

その後レオンは、本日15時からの鍛錬メニューはランニングで沢山汗をかくからと、白の騎士服を脱いでトレーニングウェアとして使っている服に着替え、ひと足早くランニングに向かって行った。
モニカはそれを見送ってからジェイドの部屋を尋ねた。
コンコン─。
モニカが部屋をノックすると、意外にもジェイド本人が対応に出て来た。
モニカはスカートを持ち恭しく頭を下げ、
「ジェイド様、ご機嫌よう。
モニカ・アイジャーです。
本日はお招きされていないのですが、リディアさんからこちらで新人メイドの為のお茶会が行なわれると聞いたものですから、宜しければご挨拶だけでもと思いまして伺いましたの。」
と挨拶をした。
ジェイドは美しい翡翠色の瞳を細めて微笑み、こう言った。
「やぁモニカ、いらっしゃい。
今日君が来ることは、一番早く着たリディアから聞いたから知ってるよ。
僕としては本当はモニカも誘いたかったかったんだけど、レオくんが許さないと思ったから声をかけなかったんだよね。
でも来てくれてありがとう。
とても嬉しいよ。
挨拶だけと言わずに中へどうぞ?」
モニカの予想通り、ジェイドにお茶会への飛び入り参加をあっさりと認められた。
モニカはもう一度頭を下げてからジェイドの部屋へ入った。
ジェイドの部屋はレオンの部屋よりも一回り程広く、とてもセンスの良い豪華な家具やファブリックが使われていた。
リディアを始めとする何人かのメイド達は既に先に来ており、お皿やフルーツ、お菓子等をテーブルに並べて準備を行っていた。
モニカは彼女達に会釈をしてから今朝作ったクッキーをジェイドに手渡した。
「こちらは私が焼いたクッキーですわ。
お茶のお供に加えてやってください。」
ジェイドは嬉しそうに微笑むと、それを受け取ってリディアに手渡した。
リディアはモニカに会釈をしてからそれを綺麗な皿に並べた。
「おや!
随分と可愛いクッキーだね・・・!
だがとても美味しそうだ!
今来ている中で手作りのものを持ってきてくれたのはモニカが初めてだよ。
ありがとう・・・!
それにしてもモニカ。
良くレオくんが僕の部屋に行くことを許してくれたね?」
とジェイド。
「うふふっ、このお茶会がジェイド様のお部屋で行なわれることは、レオンハルト様には伏せておきましたので。」
とモニカは満面の笑みで答えた。
「ふふっ、君は悪い子だね!
そういう子、僕は大好きだよ♡
あーあ、やっぱり君、僕の専属に欲しかったなぁ・・・。
レオくんから乗り換えたくなったらすぐに言って?
いつでも大歓迎だから♥」
ジェイドはそう言ってモニカに向かってウインクをしてみせた。
「ジェイド様ったらお上手なんですから!
ジェイド様とは面接の日以来、お会いできる機会が御座いませんでしたでしょう?
レオンハルト様の専属の私は、他のメイドさん達とも接する機会が少ないものですから、実のところ少し寂しかったんです・・・。
ジェイド様に皆様。
この機会に仲良くしてくださいね!」
そう言って微笑みかけるモニカに対し、ジェイドとリディアは微笑み返してくれたが、他の新人メイド達は突然現れた強力なライバルに対し、
「邪魔なんだよ!」
と言わんばかりに睨みつけて来るのだった。

その後、若干名の新人メイドがモニカの後から来てからお茶会が開催された。
ジェイドには解雇されたメイドの他に2名専属メイドがいる筈だが、このお茶会には参加していないようだったので、モニカは彼女達のことについてジェイドに尋ねた。
すると、
「今日は新人メイドの歓迎会だからね。
彼女達古参メイドがいたら君達が気疲れするんじゃないかと思って、この時間は暇を与えたよ。
今頃街のカフェでオフタイムを満喫しているんじゃないかな?」
と答えた。
新人メイド達が持ち寄った菓子は街の有名パティスリーで買ってきたケーキが多く、手作りの菓子を持ってきたのは結局モニカのみだった。
リディアを除く他のメイド達は、モニカの作ったクッキーを警戒してか全く手を付けなかった。
モニカはそうなることを予想していたので全く気にしていなかったが、リディアが気を使ってか積極的に食べてくれた。
ジェイドは他のメイド達からひっきりなしに自分が用意したケーキを勧められるために、モニカのクッキーを食べる余裕がなく、少々残念そうにしていた。
一方モニカは、他のメイド達に勧められた全ての菓子を笑顔で頂いた。
中にはその菓子に何かを仕込んでいた者もいたようで、モニカが何の変化もなく平然としていたので怪訝そうな顔をしていた。
モニカはそれを見て(やはり・・・)と思った。
複数の面識のない人間が集まる場・・・しかもリディアを除く他のメイド達にとっては、この場にいる女は皆蹴落としたいライバルだ。
ライバルに恥をかかせてジェイドからの印象を悪くし、自分を優位に持っていくために、下剤くらいは仕込む者もいるだろうと見越し、モニカは事前にファルガーが持たせてくれた、フェリシア神国の凄腕薬師である桜駒鳥・・・噂では既に老衰で亡くなったそうだが、彼女が生前に作ったというあらゆる毒や薬の類を一定期間無効化する秘薬をモニカに持たせてくれていたため、それを事前に飲んでいたのだった。
下剤を仕込んだメイド達は、おそらくジェイドに出すものにだけ下剤を入れずにおき、他の下剤入りのものと見分けがつくようにしていたのだろう。
ジェイドは腹痛を訴える様子もなく、お喋りを楽しんでいた。
メイド達の中にはうっかり下剤入りのケーキを食べてしまい、腹痛を訴えトイレに駆け込む者もいたが、リディアはモニカのクッキーと、モニカを除くメイド達から全く食べて貰えない自分の用意したアレーシュキ(※中に焦がし練乳が入ったアデルバート伝統の焼き菓子)ばかりを食べていたためか無事なようだったので、モニカはホッと胸を撫で下ろした。
(ファルガー様の持たせて下さった秘薬のお蔭で腹痛からは免れましたが、今日はかなりのカロリーオーバーですわ・・・。
暫くは運動だけでなく食事制限もしませんと、全部醜いお肉になって取り返しのつかない体型になってしまいそうです・・・)
モニカがそんな事を思いながら少々憂鬱な気分になっていると、ジェイドが席を立ち、皆に向けてこう言った。
「もうすぐ16時になるし、君達も忙しくなる時間だから、そろそろお開きにしようか。
皆、今日はとても楽しい時間をありがとう。
ラストに今日のお茶会の締めくくりとして、僕から特別なお茶を一杯ご馳走させてくれないかな?」
ジェイドはそのままティーセットが置いてあるサイドテーブルに向かうと、近くの棚から茶葉の入った缶を取り出し、ティーポットに茶葉を入れた。
そしてその中に熱湯を注ぐと、ティーコゼーをかぶせて蒸らした。
その間に人数分の上等なティーカップを用意し、蒸らし終えた紅茶を美しい所作で注いでいく。
そして、最後にそのうちの一つにだけ小瓶に入ったリキュールのような液体を数滴注ぎ、目印に淡いグリーンに色付いた薔薇の花びらを1枚浮かべた。
そしてそれらの紅茶を一人一人の目の前に置いていき、モニカの目の前にも花びらのない紅茶が置かれたが、最後にリディアの目前に花びらの浮かんだ紅茶をスッと置いた。
その場にいるメイド達にはその意味がわかったようで、モニカを除いたメイド達が皆一斉に、
「何であんたが選ばれるのよ!」
と言わんばかりに物凄い形相でリディアを睨んだ。
リディアは困惑して汗を飛ばし、救いを求めるようにモニカを見た。
(成程。
花びら入りの紅茶を受け取ったメイドは、”ジェイド様に専属メイドとして選ばれた”という意味を持つのですね。
おそらくこのお茶会を通して専属メイドを選ぶというのはジェイド様のお戯れであり、最初からリディアさんを専属メイドにするつもりだったのでしょう。
そしてジェイド様はこのお茶会でのリディアさんの反応を見て楽しんでおられるのです。
悪趣味ですが、同じ性癖を持つ私にはそのお気持ちが少しだけ分かってしまいます・・・。
リディアさんはこの場にいる新人メイド達の中でも一番可愛いですし、何より真面目で、いじめ甲斐のある実にドS好みの性格をされていますからね・・・。)
モニカはリディアに安心するように優しく微笑みかけると、
「ジェイド様は大変お優しいのてすね・・・」
と言いながら席を立ち、リディアの眼の前に置かれたティーカップをそっと持って、リディアの向かいの席に座る、金髪をポニーテールに結い上げたこの場に集まった新人メイドの中で一番リーダー格で、下剤をたっぷり仕込んだ一番高級なパティスリーのケーキを仕切りにモニカに勧めてきたメイド、クセニアの目の前にスッとそれを置いた。
本人は気がついていないようだが、彼女の首筋には赤いキスマークが堂々と主張していた。
モニカはお茶会を通してそのことに気がついており、それに視線を落として確認してからジェイドに笑顔を向けてこう言った。
「本当はクセニアさんを専属メイドにご所望ですのに、彼女のに遠慮なさった結果、1番金銭的に援助が必要そうなリディアさんを選ばれることになされたのでしょう?
だってジェイド様、クセニアさんの首筋にあるキスマークを見て、とっても残念そうなお顔をなさっていましたから・・・。
ですが、クセニアさんがジェイド様とどうなさりたいかは、御本人に訊いてみないとわからないではないですか。
ね?クセニアさん。
そうですわよね?」
モニカにそう尋ねられたクセニアは、ぱあっと表情を輝かせてしなを作ってから甘い声でジェイドに言った。
「まぁ!
そうだったのですねっ!
リディアみたいな貧乏人を選ばれるなんて、変だなと思ったんですぅ!
私の首筋ぃ、赤くなっていましたぁ!?
私、気が付きませんでしたぁ・・・。
そういえば昨夜寝ている時、何かの虫に刺されたようなぁ・・・・・?」
冬が厳しく長いアデルバートの11月では虫など居よう筈もないが、クセニアはそう言って苦しい言い訳を続けた。
「それをキスマークと勘違いなされたのですねぇ・・・!
やぁだもう!ジェイド様ったらぁ!
私はフリーなのでぇ、ジェイド様がご所望なら夜のお相手だって大歓迎ですよぉ・・・♥」
ジェイドはそんなクセニアに愛想笑いを向けてこう言った。
「あぁ~なんだ。
その赤い印は虫刺され跡だったんだね。
この季節に虫が出るとは大変だったね、クセニア。
危うくいもしない相手に遠慮して、クセニア・・・君を逃すところだったよ。
気配りをありがとう、モニカ。」
ジェイドはそう言ってからチラッとモニカに意味深な視線を投げかけると、クセニアの目前に置かれたティーカップを手に取り、今度はモニカの目前にスッと置いた。
モニカを始めとしたその場にいるメイド達は皆、
(どういうこと!?)
とジェイドに注目した。
ジェイドはモニカの側に来て、モニカにしか聞こえない小声でこう耳打ちした。
『君が僕の子うさぎを取り上げて、代わりに虫食いの不味そうな肉食獣を押し付ける気なら、それに乗ってあげてもいいよ?
ただし、その紅茶の中身を君が全部飲み干せたのならね?』
モニカはジェイドの言葉に冷や汗を垂らしながら考えた。
(この男・・・やはり相当手強いですわ・・・。
ファルガー様から頂いた秘薬の効果はまだ有効ですので、例えこの紅茶に何かを盛られていたとしても、平気な筈ですが・・・。
ジェイド様のこの自信に溢れたご様子には、底知れぬ不安を感じてなりません・・・。
ですがここで私が逃げれば、間違いなくその矛先は、リディアさんに向かうでしょうし・・・。)
モニカが手に汗を握り、そのティーカップを手に取る他に、リディアも自分も助かる方法がないものかと慎重に考えていると、ジェイドが混乱しているクセニアとその他のメイド達に向けて、フォローするかのようにこう言った。
「モニカが言ってくれなかったら、僕は大切な専属メイドを妥協して決めるところだったからね。
そのせめてものお礼に、この特別な紅茶はモニカにあげたいんだけど・・・いいかな?
クセニア。」
「え、えぇ・・・。
ジェイド様がそう仰るのなら・・・」
クセニアは怪訝な顔をしながらも頷いた。
ジェイドはクセニアに笑顔を返すと、今度はリディアに向けてこう言った。
「もし僕の特別な紅茶をモニカが飲めないと言うのなら、困らせてしまったお詫びにリディアに飲んでもらおうかな?」
(やはりそう来ましたか・・)
リディアを守るため後に引けなくなったモニカは、意を決してティーカップを手に取ると、一気に飲み干した。


その直後、モニカは秘薬が効いている筈なのに、頭がクラクラしてまるで火がつけられたように身体の奥がカアッと熱くなるのを感じた。
それを見てジェイドは大層満足気に微笑むと、一同に向けて笑顔でこう言った。
「それじゃあお茶会はこれで終了だ。
クセニア。
君には明日から僕の専属メイドになってもらうから宜しくね。
おっと。
香り付けにリキュールを入れたからかな?
モニカが酔ってしまったようだね。
このまま僕の部屋で酔いを覚まして行くといいよ。
それじゃあ皆、今日はありがとう。
モニカ以外はもう帰っていいよ?」
そう言われたメイド達は少し変に思いながらも部屋を出ていくが、リディアだけは部屋に残り、赤い顔をして息を乱し、テーブルから動けないでいるモニカに近付き、介抱しようとした。
しかしジェイドは、
「リディア、大丈夫だよ?
モニカは僕が責任を持って介抱するから、君はさっさと持ち場に戻ってくれるかな?
じゃないと、フリーメイドを続けられなくなっても知らないよ?」
と後半は脅しとも言える強い口調でそう言った。
リディアは、
「は、はい・・・・・」
と頭を下げてから部屋を出て行った。

そうしてジェイドの部屋で部屋の主と二人きりになってしまったモニカは、テーブルに両肘をつき、真っ赤な顔を手で隠して、はぁ、はぁ、はぁとせわしなく息を吐き続けた。
そうしながらも、朦朧とする頭を何とか奮い立たせて思考を巡らせた。
(リディアさんを守れたのは幸いでしたが、何故秘薬が効かなかったのでしょう・・・?
ファルガー様が信頼されている程、凄腕の薬師さんのものだったのに・・・。
メイド達の中には腹痛を訴えお手洗いに駆け込む者もいた中、勧められたものを食べても平気だった私を見て、ジェイド様も当然私が毒の類を無効化するものを服用していたことに気が付かれていたでしょう。
それでもラストのあの花びら入りの紅茶を私に差し出したときには、大層自信に満ち溢れたご様子でした・・・。
ということは、あの秘薬に勝てる自信がジェイド様にはあった・・・。
確実にそれを上回るものを盛られた、ということでしょう・・・。
一体何を盛られたのか・・・。
私の今の症状は、身体中が熱く、全身に力が入らなくて立つこともままならず、動悸がとても激しく苦しくて、特に下半身が・・・お腹の奥が酷く疼いて堪らない・・・・・。
もしかして、これは媚薬・・・・・?
何故私に媚薬を・・・?
リディアさんが狙いではなかったのですか・・・?)
モニカは偶然視界に入った部屋に飾られた花を見て思い出した。
(あの花は昨日リディアさんが庭園で分けてもらっていたもの・・・。
リディアさんはまだ新人メイドで、私のように幼少期からの経験も無いので仕方がありませんが、正直に申しますとあのお花の選び方、そして飾り方は、この部屋と調和が取れておらず、良いとはお世辞にも言えません・・・。
このお部屋の家具、それにファブリックやティーセットから何もかも拘られていて美的感覚が非常に鋭いジェイド様ですのに、何故リディアさんに肝心なお花係を命じたのでしょう?
いつもその仕事を担当していた専属メイドがカタリナ様に解雇されたのだとしても、仕事に慣れた残った専属メイドのどちらかにその仕事を任せ、美的な面で影響の少ない仕事をリディアさんに割り振れば良かったのです。
なのにどうして・・・?
・・・そういえばこの部屋の下は礼拝堂ですわ・・・。
ジェイド様が窓から下の景色を見て、私が毎朝あの礼拝堂でお祈りをすることを知っていたのだとしたら?
そしてリディアさんをお茶会に誘い、わざと私のお祈りの時間と被る時間帯にお花を用意するよう命じたのだとしたら?)
そこまで考えてようやくモニカはある結論に辿り着いた。
「最初から・・・私を陥れることが目的だったのですか・・・?」
「あはっ!
やっぱり君は頭がいい・・・。
媚薬を盛られて頭が周らない状況で、良くそこまで気がついたね・・・?」
ジェイドは感心した様子でそう言うと、モニカの側で屈み込み、椅子に座った状態のモニカのひざ裏と脇に手を回してから、
「んしょ・・・!
君、背もそれなりにあるし胸が大きいから仕方が無いけど、結構重いね・・・。
騎士ならこれくらい軽々と抱えられるんだろうけど・・・」
と言いながら何とかモニカを抱え上げると、近くの寝台まで運んでからドサッと下ろした。
そして自らのブラウスのボタンを一つ一つ外しながら言った。
「レオくんには悪いけど、僕、やっぱり君が欲しかったんだよね。
だって君、ただ美人なだけでなくてさ。
頭も良いしミステリアスで、実に面白そうじゃないか・・・♡」
そうして全てのボタンを外し終えるとそれを脱ぎ捨てた。
普段から鍛えていて筋肉のついたレオンとは違い、繊細で中性的な色香を纏った上半身が露になった。
彼は身体中に汗を滲ませ、はぁ、はぁ、と熱い息をつくモニカに覆いかぶさると、モニカが逃げられないように腕をしっかり押さえつけて、翡翠色の瞳をギラつかせながらこんな事を言った。
「君には強力な後ろ盾があるだろう?
そんな君をこうして組み敷くには、普通の媚薬では効かないと思ったからね。
特別製のものを使わせて貰ったよ。」
「・・・後ろ盾・・・?
それに特別製の媚薬・・・ですか・・・?
ジェイド様、一体何を・・・」
モニカは慎重に言葉を運びながら眉間にシワを寄せ、首を傾げてみせた。
「しらばっくれなくてもいいよ。
君がジャポネの出身で、このタイミングで面接を受けに来たとても優秀なメイドだった地点でピンと来たよ。
君、ジャポネの主でありヘリオス連合国の神使、ファルガー・ニゲルの手の者だろう?」
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