金獅子とドSメイド物語

彩田和花

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11話 社交パーティと打ち明けられた秘密

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ファルガーからの手紙をジェイドに読んで聞かせた後、モニカは礼拝堂に行き、黒蛇と繋がりがあり、あの媚薬を手配した人物であるライサというフリーメイドのことをファルガーに報告した。
その翌朝にまた礼拝堂に行くと、早速ファルガーからの返事が届いていた。

─桃花へ

ジェイド公子からの返事を知らせてくれてありがとう。
成る程・・・第4公妃エカテリーナと同じ娼婦上がりのフリーメイドか・・・。
ジェイド公子による彼女についての追加情報もありがとう。
子供を産んでいて、エカテリーナと同じ匂いがする・・・か・・・。
ふむ・・・”非常に有力な情報の提供に感謝する”と、ジェイド公子に礼を伝えておいてくれ。
彼から得た情報から推測するに、そのライサという人物には2つの可能性がある。
一つは彼女が元々エカテリーナに似た体臭を持ち、彼女と同じ香水や石鹸、化粧品を使っている可能性、そしてもう一つは単純に彼女がエカテリーナと同一人物である可能性だ。
ライサとエカテリーナの匂いが完全に一致していたこと、そして子供を産んでいる女の身体だったというジェイド公子の証言から、後者のほうが濃厚だと僕は思う。
本来であればハーレムで暮らさなければならないエカテリーナが、ライサになることで宮廷に出入りし、神避けを用いて裏工作を行っていたとしてもおかしくはない。
それからこれは君にこの間説明し忘れていたことなのだが、神避けというのはその装飾品を中心とした範囲で効果を発揮するものなんだ。
アデルバート宮廷近辺において、僕が弾かれる地点は常に同じであることから、神避けは誰かが持ち歩いているのではなく、何処かの部屋に設置されているのではないかと思う。
そこでまず、君が無理なく入れる部屋から笛が反応する装飾品が無いかを探っていって欲しい。
君が入れる部屋でそれが見当たらなかった場合には、ジェイド公子に協力を願ってみてくれ。
そして、ライサがエカテリーナと同一人物であるかどうかの確認も並行して行う必要があるだろう。
僕は男だからメイクのことは良くわからないが、ライサがメイクや変装でエカテリーナになることは可能なのか、それを女性の視点から君に見て貰いたい。
そこでまず、君にはライサの顔を確認して欲しい。
黒蛇と通じている地点で危険な女であることには違いがないから、無理に話しかけなくてもいい。
ただ近くを通り過ぎるなどして、怪しまれない程度に顔を確認出来ればそれでいい。
そして、彼女とエカテリーナが同一人物であるか確認するには、もう一方のエカテリーナにも会う必要があるが、レオンハルトくんの専属メイドで宮廷勤めの君が、ハーレムに居るエカテリーナに会うことは難しいだろう。
そちらもジェイド公子に協力を願えないか相談をして貰えないかな?
これから年末に差し掛かり、君もレオンハルトくんが年末の社交パーティに出るための準備などで忙しいだろうし、ジェイド公子も同様にご多忙だろうから、それらは無理のないタイミングでいいからね。
今日も旅先から君の幸運を願ってる。

ファルガー・ニゲル─

モニカは礼拝堂を出て部屋に戻ると、いつものように主人を朝の鍛錬へと送り出した。
そして午前10時を少し回った頃。
部屋の前の廊下でメイド長のオリガを見かけたので、早速ライサについて尋ねてみた。
「ライサさんですか?
彼女は第4公妃エカテリーナ様からのご紹介で来られた元娼婦の方で、週に5日、10時から16時までの時間に通いで働いて貰っている、私に次いで長く勤めているフリーメイドですよ。
美的感覚が非常に優れているとダズル様がいたくお気に召しておられましてね。
彼女が出勤の日は、ダズル様の専属メイドではなく、彼女にお部屋のお花やお掃除、ベットメイクをさせているのです。」
とオリガはライサについて説明した。
「まぁ・・・
そこまで気に入られているのでしたら、当主様の専属メイドになられたらいいのに、何故フリーメイドのままなのです?」
と疑問を口にするモニカ。
「あぁ、それは専属メイドは基本住み込みでの勤務になりますからね。
ライサさんにはご病気のご家族がいらっしゃるとかで住み込みは出来ないため、フリーメイドのままでいるのですよ。
それでモニカさん、ライサさんに何かご用でしたか?」
オリガは不思議そうに小首を傾げ、モニカを見た。
それに対してモニカは敢えて複雑な心境であるかのように眉を寄せて、
「いえ、ジェイド様がお茶会で私に盛られた媚薬は、彼女から手に入れられたものなのだと仰られていましたので、一体どういった方なのかと気になりまして・・・。」
と言った。
(オリガさんには私はあのお茶会の席でジェイド様から媚薬を飲まされましたが、レオン様がジェイド様から解毒薬を手に入れてくださったお蔭で、何事もなく済んだとお伝えしてあります。
ですが無事で済んだとはいえ、危険な目に遭いかけたのですから、私がライサさんに対して良くない感情を抱き、この様な質問をオリガさんに投げかけるのはごく当然のことだと思われるはずです。
それに私の勘では、オリガさんは彼女に対し、良い印象をお持ちでは無い筈・・・。
ですのでこのように問いかけることで、彼女に対するオリガさんの本音がお聞きできるかもしれません・・・)
すると、オリガは辺りに誰もいないかキョロキョロと確認したあと、声をひそめてこんな事をモニカに打ち明けたのだった。
『・・・まぁここだけの話、元娼婦だった方ですからね。
男性とは親しげに話してらっしゃるところを良く見かけますが、私ども他のフリーメイドの中には彼女と親しい人は誰一人としておりませんよ。
こちらから歩み寄って話題を振ってみても、向こうに全くその気がないようで、無視される、もしくはきつい一言が返ってくるかのどちらかですし・・・。
仕事においても確かに美的センスがある方だとは思いますが、共用トイレのお掃除や大浴場のお掃除はマニキュアが剥げると言って私からいくらお願いをしてもしてくれませんし、他のフリーメイドからの不満の声も多いです。
なにより、アンジェリカ様とレオンハルト坊っちゃんと廊下ですれ違っても、頭を下げもしないのですよ!?
いくら彼女がエカテリーナ様派とはいえ、メイドという立場ですのにありえませんよ!
あっ・・・すみません!
お二人のこととなると私つい、冷静ではいられなくなってしまうので・・・。
あ、丁度今ダズル様のお部屋から出て来ましたよ?
彼女がライサさんです。』
オリガに言われてモニカはそちらをそっと見た。
緩やかにウェーブのかかった黒髪を後ろで一つにまとめた背の高い女が、古くなった花瓶の花を入れたバケツを持って、こちらに向かって歩いてくる。
遠目では地味で特徴のない女に見えたが、近くに来ると確かにその顔は化粧っ気がなく控えめではあったが、胸がモニカよりも豊かで細くくびれた腰をしており、黒のタイツで覆われた足のラインは非常に美しくしなやかで、白い手の指先には黒く塗られた長い爪が映え、派手さと地味さが混在した妙な色気を秘めた女だった。
そして彼女が通り過がった時、スパイシーかつオリエンタルな香りが鼻をくすぐった。
(・・・ジェイド様が評した通りの人でしたわ・・・。
同じ女として、あの秘められた色気には憧れさえ抱きます・・・。
ですが、彼女はお腹の中が真っ黒で、絶対に仲良くはなれない人種ですわね・・・。)

モニカはオリガと別れた後残りの仕事を済ませ、午前中の鍛錬を終えて戻って来たレオンと昼食を食べてから、主人に向けてこう言った。
「私はこの後年末のパーティの衣装のことでサーシャくんのお店へ行ってまいります。
レオン様、夕方の鍛錬まで特にご予定が無いのでしたら、一緒に来ていただけませんか?
そうしましたら採寸も出来ますし、早く話が進むと思いますから。」
するとレオンは、
「あぁ・・・君と出かけるのとサーシャに会えるのは嬉しいが、衣装の件でか・・・。
そもそもそのパーティ、騎士服のままで参加したら駄目なのか?
そのパーティにはジェイド兄さんとの約束で仕方がなく参加するだけだし、少し顔を出してぱぱっと帰ってくるつもりだから、態々わざわざ衣装を作るまでもないと思うのだが・・・。
僕は騎士だから鎧を装備するのはともかく、貴族連中のように無駄に着飾るのはあまり好きではないし・・・。」
と渋い顔で返した。
「何を申されるのです。
様々な貴族の方が目一杯着飾って集まられる場ですよ?
その代表である直系の貴方がそのようなお考えで参加されましたら、当主様やジェイド様、それにアンジェリカ様に恥をかかせてしまうことになりますよ?」
するとレオンは困ったように眉を寄せてからこう言った。
「うっ・・・
父とジェイド兄さんはともかく、母様に恥をかかせるわけにはいかないな・・・。
わかったよ。
一緒にサーシャの店に行こうか。」

そうして二人はサーシャの勤める手芸雑貨屋”セルツェ・ヴイーシフカ”に向かった。
サーシャは今日も女の子のように愛らしい服装を着ており、カウンターの奥で店番をしながら何かの刺繍をしていた。
「ええっ!?
年末の社交パーティでレオンハルト様が着られる衣装を僕にですか!?」
サーシャはモニカからの突然の大仕事の依頼に驚き、愛らしい瞳をこれ以上にないくらい大きく見開いてからそう声を上げた。
「えぇ。
急なお話で申し訳がないのですが、素晴らしいお裁縫の技術をお持ちのサーシャくんであれば、きっとレオン様が最高に輝ける衣装を作ってくださると思ったのです。
いかがです?
引き受けてくださいますか・・・?」 
とモニカはサーシャに尋ねた。
「親方に相談してからでないときちんとしたお返事は致しかねますが、僕個人としては是非ともお引き受けさせて頂きたいです・・・!」
「まぁ!本当ですか!?」
「はい!
だってレオンハルト様が初めて注目される場での衣装でしょう!?
もし他の人に依頼されたとしたら、悔しくて僕、とても耐えられませんよ・・・!
今親方に相談して来ますので、少しだけ店内でお待ち頂けますか?」

間もなくして親方から無事許可が貰えたサーシャは、輝かしい笑顔で二人の元へと戻って来た。
「レオンハルト様にモニカさん!
やりましたよ!
親方から承諾が頂けました!
大急ぎで衣装のデザインと生地を決めて仕立て上げて、そこからようやく僕の刺繍が入りますから、納期的に考えましても僕一人で全ての刺繍を担うのは無理でしょうね・・・。
ですがメインとなる部分は僕に任せてもらえたらと思います!」
それに対してレオンは笑顔でこう言った。
「ははっ、僕はあまりパーティに出ることには乗り気じゃないんだけど、サーシャが僕の衣装を張り切って作ってくれるのなら良かったよ。」
「ええ!
僕の持てる力の限りを尽くさせて頂きますよ!
ところでレオンハルト様は、どのようなデザインをご希望ですか?」
と尋ねるサーシャ。
「僕はあまりひらひらした装飾過多なのは好きじゃないから、出来るだけ騎士服に近いシンプルなものが良いな・・・。」
とレオン。
「それでしたら基本パターンは騎士服と同様にして、うんと上質なシルクを使いましょう。
そして随所に金糸で刺繍を施します。
それから肩章けんしょうにフリンジを付けてより華やかにしましょうか。
それに飾緒しょくしょとマントもあると更に格好が良いてすね!
折角の肩章が隠れてしまっては勿体無いので、マントは片方の肩を中心に取り付けるタイプにしましょうか。
早速採寸しますので奥へどうぞ!」

それからモニカは衣装に合わせるブローチを宝石商に手配したり、何度もサーシャの店に進捗の確認に行ったり、それと並行して新年に向けて少しずつレオンの部屋の大掃除を行ったり、更には宮廷内の共用部分の大掃除を手伝ったりと、大変慌ただしい日々を過ごした。
モニカはその大掃除を利用してモニカが入れる部屋には全て入り、神避けが無いかを調べてみたが、首から下げた陶器の笛が反応することはなかった。
そのため、モニカはジェイドに自分が入れない部屋も調べたいことと、ライサがエカテリーナと同一人物である可能性を検証するために、ハーレムへ入る許可を得たいことを相談した。
だが一国の宰相である彼も年末は相当忙しいようで、
「ん・・・わかった。
だけど年内は無理だね。
年が明けて貴族達の挨拶への対応が済んだ頃に協力するよ。」
と言ったので、モニカはファルガーにメッセージボックスからそう伝えた。
するとファルガーは、

─そうか、了解したよ。
僕の方はようやく冬季休暇に入り、今はジャポネに帰還しているよ。
だからこれからは今までよりも早くメッセージの確認が出来ると思う。
冬季休暇の間に君に会いに行けたらいいが、天界のゲートは私用では使えないし、アデルバートはジャポネよりも寒さが厳しく雪も多いから、冬の間はとても会いに行けないだろうね・・・。
だが、本当に助けが必要な時にはどうにかして駆けつけるから安心して欲しい。
君もアデルバートでの初めての冬を迎えて大変だと思うが、体調に気をつけて過ごしてくれ。─

と返事をくれたのだった。

そしてそんな多忙な日々の中、ファルガーにも言えないある悩みが、モニカの中で大きく膨れ上がっていた。
それはレオンとの男女の関係が今までよりも更に進展し、秘密を打ち明けるべき時が間近まで迫ってきていることだった。
レオンのほうもいつようにと、男の証を立てるためのバイコーンの魔石がついた指輪を常に身につけるようになり、それがモニカの悩みをより大きくしていた。
モニカはこの間ファルガーに再会した時には彼に対する想いがまだ少し残っていたが、今ではもうファルガーへの想いは完全に家族愛へと形を変えて、恋心の全てをレオンに向けていた。
だが、モニカの中のその悩みが、彼との関係にストップをかけていた。
「あっ・・・♥はあっ・・・♡
駄目ですレオン様・・・
乳首っ・・・吸っちゃ・・・・・ああっ♥」
レオンは灯りを落とした室内で、モニカを自らのベットに押し倒して彼女のネグリジェのボタンを3つ外し、露出させた白く美しい豊かな胸の頂きにある桃色の硬く尖った乳首をいやらしい音を立てて吸いながら、更には空いた方の乳房の感触を手のひらで捏ねてたっぷりと味わっていた。
そして既に限界まで勃ちあがった股間のつるぎを、ネグリジェがめくれ上がって露出したモニカの白い太ももに寝巻き越しにグリグリと押し付けては、君が今すぐにでも欲しいのだとしっかりとアピールをしてくる。
レオンはモニカに興奮してがっつき気味ではあったが、ジェイドのお下がりの女達にそれなりに仕込まれたのだろう。
彼の愛撫は彼の経験と年齢から想像するよりもずっと優しく繊細で、いけないと思いながらもつい流されてしまう魅力・・・というよりもこの場合魔力だろうか。
それが確かにあった。
(ですが本当にこれ以上は、お互いに止まらなくなってしまいます・・・。
私はまだあの秘密をレオン様に打ち明ける覚悟が出来ていません・・・!)
モニカはそう思い涙を浮かべると、今までよりも強く彼の胸を押しながらこう言った。
「おやめくださいレオン様・・・!
・・・お願いします・・・!」
レオンはそんなモニカの様子にハッとして乳首から唇を離すと、切なそうに眉を寄せて彼女の髪を指ですくいながら尋ねた。
「・・・モニカ・・・
どうして拒む・・・?
僕は君が欲しくてもう堪らないよ・・・
君は僕と同じ気持ちじゃないのか・・・・・?」
不安そうに揺らぐ彼の美しいあおの瞳。
モニカはフルフルと頭を振ってからこう答えた。
「同じですわレオン様・・・
私だって貴方が欲しいです・・・
ですが、心の準備がまだなのです・・・・・」
(そう・・・あの秘密を打ち明ける準備が・・・)
「そうか・・・
女性の初めては痛いと訊くしな・・・」
何も知らない彼の自分を思いやる優しい言葉に、モニカの良心がズクン…と痛んだ。
「わかった。
今夜はここまでにするよ・・・。
今は君もパーティの準備とかで忙しくて疲れているだろうし、明日も早いのだろう?」
モニカは今日は彼が素直に引いてくれたことにホッとして強張っていた表情を緩め、
「えぇ・・・」
と頷いた。
レオンは身を起こすと、寝巻きのボトムスにテントを張って元気に存在を主張する己のものを見て「はぁ・・・」と小さくため息をついた。
上に伸し掛かられていた彼の重みからようやく解放されたモニカが身体を起こし、ブラの前紐を結い直し胸元のボタンをかけていると、レオンがそんな彼女の顎に手を伸ばして自分の方へと向かせ、まるで騎士として敵と対峙している時のような鋭い表情で見つめながらこう言ってきた。
「でも来週のパーティまでには覚悟を決めておいて?
パーティが終わった夜、僕はもう我慢しないから・・・。」
その瞳に射抜かれたモニカは、ドクンドクンと胸を高鳴らせながらも、真剣な顔でゆっくりと首を縦に振った。
レオンはそれにホッとしたのかいつもの優しい表情に戻ると、そのまま顔を傾けながらモニカに近付き、唇を奪う。
モニカは目を閉じて彼の舌を受け入れながら思うのだった。
(レオン様が成人するまでにまだ半年以上もあるのに、まさかこんなにも早くその時が来るなんて・・・彼とあの秘密の高台で、初めての口づけを交わした時には思いもしませんでした・・・・・。
だけど、ここまで来てしまったのなら仕方がありません・・・。
パーティが終わったなら、私の秘密を打ち明けましょう・・・。
例え私たちの関係が、その瞬間に終わってしまうのだとしても・・・・・)

そしてこの年最後の日である12月31日の午後17時─。
ナイト家宮廷の最上階にて社交パーティが開催された。
最上階はいつもレオンが夕方の鍛錬を行ったり天候が悪い時に利用したりするトレーニングフロアの更に一つ上の階で、そこには部屋の仕切り等は一切なく、かなりの広さがある空間となっていた。
その最上階を、12月中旬頃より執事長リチャードの指揮の下、彼の部下の執事やオリガ達フリーメイド、そしてモニカ達専属メイドも自分達の仕事の合間を縫っては手伝い、素晴らしく煌びやかな会場として整えたのだった。
会場の壁には至るところに宝剣や見事な細工が施された鎧や盾、その他の装飾品が飾られ、ホールの中央ではアデルバート選りすぐりの楽団が緩やかで上品な音楽を奏で、テーブルには料理長ドミトリーが腕を振るった高級食材を用いた料理達がズラリと並び、更には数多くのワインやシャンパン、ウォッカも用意され、次々と訪れる貴族達を目と耳と舌で楽しませていた。
モニカはレオンの要望で比較的シンプルな形でありながらも、サーシャが睡眠を惜しんで間に合わせてくれた繊細で素晴らしい金の刺繍が施された衣装の上に、表地が白、裏地が青のマントを合わせ、胸には彼の瞳と同じあおのサファイアのブローチを付けて、更には金の艷やかな髪を適度に無造作感を出しながら撫でつけ整えた非の打ち所のない美しいレオンを満足気に眺めた後、彼の後ろにそっと付き添いながら会場の扉を潜った。
おそらく歴代最高峰であろう麗しい公子の登場に、会場の令嬢達は皆目にハートを浮かべて注目した。
その他の様々な年齢層の貴族たちも、
「まぁ!あの方が第3公子様ね・・・!
お噂通り、ラスター・ナイト様の生き写しのようだわ・・・!
第2公子のジェイド様も大層見目麗しいお方ですけど、あのお方は残念ながら剣の才能には恵まれず、宰相をされてますものね。
レオンハルト様は騎士としてどうなのかしら?」
「ゼニス隊のうちの息子がいうには、レオンハルト様は優れた騎士の才をお持ちだそうだよ。
それも、第1公子グリント様を打ち負かすほどの実力者なのだとか。」
「まぁ!
確か来年のレオンハルト様の騎士お披露目の機会に次期当主の決定もされるのでしょう?
順当にいけば第1公子であらせるグリント様が次期当主なのでしょうけど、レオンハルト様はその見た目だけでなく実力も伴っておいでなら、どちらが次期当主になるのかまだわかりませんわね?」
等と噂話をしていた。
一方年頃の令嬢達は我こそはとごぞってレオンに話しかけ、中には厚かましく腕を絡めてくる令嬢までいた。


(流石レオン様・・・モテモテですわ・・・。)
とモニカは心の中で苦笑いをした。
レオンは絡められた腕が鬱陶しいのか、顔を歪めてその腕を強引に振り払おうとするが、少し離れたところで貴婦人達と談笑していたジェイドに、
「女性を乱暴に扱うなど、公子としてあるまじき態度だよ?」
と言わんばかりにキツく睨まれたため、そうしたいのをぐっと我慢して、後ろに控えるモニカに救いを求めるかのようにチラッと視線を投げかけた。
(そんな目で私を見られても困ります・・・。
私が彼女達と同等の地位のある令嬢であれば、レオン様の腕を奪い返して、
「私のレオン様にベタベタ触らないでくださる?」
くらいのことを言ってやれますけど、メイドにすぎない私がこの場でしゃしゃり出れば、少し離れたところからこちらを見てらっしゃる当主様に、即刻首を切られてしまいますわ・・・。
どうかここはご自身で対処なさってくださいませ・・・。)
と、モニカは口には出せないので目でそう訴え返した。
令嬢達はそれらの視線のやり取りで、モニカが彼に特別に目をかけられた専属メイドであると理解したのだろう。
気の強そうな令嬢の何人かが”ギンッ!!”という殺せそうな眼力で、モニカを睨んできた。
(まぁ!恐ろしいこと・・・。)
とモニカは目をパチクリさせた。
肝の据わっているモニカにはこの程度の威圧くらいどうってことなかったのだが、レオンは、
(僕がモニカに視線を送ったことで、モニカが令嬢達に睨まれてしまったか・・・。
ここは僕がきちんと対応しないと、モニカに愛想を尽かされてしまうぞ・・・。)
とでも思ったのだろう。
彼女達に向けて少し眉を寄せて困ったように微笑みかけると、
「ごめんね君達・・・。
僕、男に平気で触ってくる女の子ってあまり好きじゃないんだ。
・・・離れてくれるかな?」
と言った。
レオンにくっついていた積極的な令嬢達は、
「「「ご、ごめんなさい・・・!!」」」
と言って皆手を離した。
だが、彼女達は皆それくらいで諦める玉ではなかったようで、眼の前の極上の獲物を決して逃してなるものかと、まずはその中の一人の金髪をドリルのように縦に巻いた赤いドレスの派手な令嬢が、レオンにニコっと微笑んでこんな事を言ってきた。
「あのぉ、先程ジェイド様からお聞きしたのですが、レオンハルト様はまだ男の証を立ててらっしゃらないのですよね?」
レオンは、
(はぁ!?)
と言わんばかりに怪訝な顔をその金髪ドリルに向けた。
そして、
(余計なことを・・・)
と続けてジェイドを睨んだ。
するとジェイドはチラッとレオンを見てからしたり顔でほくそ笑むと、また貴婦人達へと視線を戻して談笑を再開した。
「それであのぉ・・・レオンハルト様♡
私で良ければいつでも夜のお相手をしますよ・・・♥
ここに私の家の住所と通話器(※この世界における固定電話のような魔道具で、上流階級や一部の金持ちしか持てない程高価である)の番号が書かれておりますので、気が向かれたときにでも連絡してくださいね・・・!
あ、勿論夜中に直接お部屋に来ていただいても構いませんし・・・♥」
と言って金髪ドリル令嬢は頬を染め、レオンにメモを手渡した。
レオンはそれを突き返すと、
「さっきも言ったよね?
僕、君みたいな男慣れした女の子は嫌いだって。
わかったなら違う人のところに行ってくれないかな?」
と厳しめの表情で冷たく言い放った。
「そ、そんなぁ!
男慣れしているなんて誤解ですわ!
私、男兄弟が多いものですから、兄や弟と接している感覚でつい、レオンハルト様の腕に触れてしまって・・・
あの・・・これでも私・・・まだ処女・・・ですのよ・・・?」
と目に涙を浮かべ、頬を染めて上目遣いでレオンを見る金髪ドリル。
モニカにはそれが演技であると一目了然であったが、レオンのほうは言い過ぎたと思ったらしく、少し態度を軟化させてからこう言った。
「そうか・・・悪かった。
でもごめんね。
僕は男の証を立てる相手も添い遂げる相手も既に決まっているから。」
そう言ってレオンは頬を染めてまたチラッとモニカを見た。
「「「・・・・・・。」」」
令嬢達は再び一斉にギロッ!とモニカを睨んだ。
それに気がついたレオンは、またしてもモニカに視線を送ってしまったことで、そのとばっちりがモニカに行ってしまったと気まずそうに顔を引き攣らせながら、モニカに向けてこっそりと両手を合わせた。
(まったくもう・・・。
レオン様らしいと言えばらしい対応なのですが、もう少しだけスマートな躱し方はなかったのでしょうか・・・?
まぁ万が一私がレオン様の第1妃となった場合、この方達よりも高い地位を持つことになりますのでこの方達など相手にもなりませんが、そうならなかった場合においても、ファルガー様のお役目が終わり次第ジャポネに帰ることになるのでしょうから、どちらにせよこの方達に恨まれたところで、痛くも痒くもないのですが・・・)
モニカはそう思いながら微笑をたたえ、自分を睨んでいる令嬢達に会釈をした。
令嬢達はモニカのその余裕の態度にピキピキピキッ!とますます怒り、額に血管を浮かばせた。
金髪ドリルはクルッとレオンを振り返ると、媚たような笑みを作り、
「・・・レオンハルト様ぁ。
もしもあの性悪なメイドと上手くいかれなかったときには、遠慮なく連絡くださいね!
いつでも大歓迎ですから♥」
と言って再びメモを手渡した。
レオンは彼女にキツく言い過ぎたと思っていたためか、今度はそれを拒みきれずに渋々ながらも受け取った。
金髪ドリルは満足気に微笑むと、レオンに一礼してから去って行った。
それを見ていた他の令嬢たちも、次から次へと自分の連絡先を書いたメモをレオンに渡しては一礼し、去って行った。
中にはレオンに直接渡す勇気がなかったのか、
「ちょっと貴方。
後でレオンハルト様に渡しておいてくださるかしら?」
等と言いながら、高飛車な態度でモニカにメモを渡してくる令嬢達もいた。
モニカは彼女達に対して、
(私をあれだけ睨んでおきながら、レオン様に直接メモを渡す勇気もないなんて、あの金髪ドリル以下ですわね。
情けない・・・。)
と思いながらも顔には出さず、これも仕事だと割り切ってそれを受け取った。
ようやく令嬢たちから開放されたレオンは、今度はジェイドに連れられて何名かの貴族達に紹介されて、暫く世間話に付き合わされてから疲れた顔でモニカのところへと戻ってきた。
そして、周囲には聞こえないよう彼女にそっと耳打ちした。
『モニカ、部屋に戻るぞ。』
モニカは驚き目を丸く見開き首を傾げた。
『えっ?
まだパーティの途中ですのに・・・?
それに、折角の豪華なお食事に全く手を付けてらっしゃらないではないですか。』
『料理長のドミトリーには悪いが、この会場では人に注目されすぎていて、全く喉を通る気がしないよ・・・。
それに、ジェイド兄さんが僕をこのパーティへ参加させた目的は全部果たせられたようだし、もう帰ったって文句も言われないだろう。
モニカ、君も疲れているところ悪いが、部屋に戻ったら何か簡単なものでいいから作ってくれないか?』
と苦笑混じりのレオン。
それに対してモニカはクスクスと微笑みこう答えるのだった。
『かしこまりました。
冷やご飯が御座いますので、お茶漬けで良ければお出しできますよ?』

二人はスッとパーティ会場を抜け出して、部屋へと戻った。
モニカもメイドという立場から、眼の前に豪華な食事があったとしても、当然食べることが出来ないので空腹だった。
いつもは夕食を共にするアンジェリカだが、彼女は今夜のパーティには出席しないと言っていたので、(過去に何度か強制的に参加させられたことはあるが、平民出身である彼女は貴族達から相当な嫌味を言われたらしく、もうゴリゴリなのだとモニカに話してくれた)既にリディアにアンジェリカのぶんの夕食を配膳して彼女の部屋まで運んでもらえるようにと頼んであったので、モニカはお茶漬けと作り置きのおかずを何品か温めて、レオンと二人でそれを食べた。
その後レオンは豪華な衣装を脱ぎ、風呂に入った。
モニカはその間にその衣装を皺にならないようハンガーにかけ、彼がポケットに捩じ込んでいた令嬢たちの連絡先が書かれたメモを取り出して一枚ずつ丁寧に皺を伸ばし、自分が直接受け取った同様のメモと一緒にして手頃な箱に入れておいた。
そしてレオンが入浴を終えたので、いつも通りに温風器で髪を乾かしてやった。
彼の髪を乾かし終えると、モニカはテーブルの上を綺麗な所作で指し示してこう言った。
「レオン様。
先程のパーティでいただいたご令嬢方の連絡先のメモですが、纏めて箱に入れて、テーブルの上に置いてありますので。」
「あぁ・・・誰にも連絡する気などないし、捨てていいよ・・・」
レオンは上の空でそう返すとベットに腰を掛け、パーティのときには手袋をしていたために外していたバイコーンの指輪をサイドテーブルの引き出しから取り出し、それを左手の薬指にはめた。
そして、顔を赤く染めてやけにそわそわしながらこう言った。
「それより・・・君も早く風呂に入っておいでよ。
僕はここで君が上がってくるのを待ってるからさ・・・」
モニカは何となく主人のその言葉に含まれた意味と熱を察しながらも、敢えてそれに気付かぬフリをしてこう答えた。
「ありがとうございますレオン様。
ですが私はもう少し後に致しますね。
実はまだ部屋の方に仕事が残っておりまして・・・。
レオン様はお疲れでしょうし、私に構わず先におやすみになっていて下さ・・・」
レオンはモニカが最後まで言い終わらないうちに頭を振り、こう言った。
「いや・・・悪いけど今すぐに風呂に入ってくれないか・・・。
言っただろう?
パーティが終わったら、僕はもう君を我慢しないと・・・。
あ・・・風呂に入れって勧めるのは、決してそのままじゃ汚いとか思ってる訳じゃないんだ。
君の汗の匂いとか正直凄く興奮するし、僕としてはそのままでも全然良いんだけど・・・君はそれだと恥ずかしいのだろう?
実は僕、この日の為にここ数日禁欲してるから溜まってて・・・って、男の事情の話なんて今夜が初めての君にはまだわからないか・・・
とにかく、今の僕にはあまり君を待ってあげる余裕がないんだ・・・
だから、出来るだけ早く風呂に入って欲しい・・・
特別な装いとかメイクはしなくていい。
生まれたままの姿の君がいい・・・・・」
そして更にモニカに熱い眼差しを向けて来た。
モニカは、
(やはり・・・。
ついにこの時が来てしまいました・・・)
と険しい顔で息を呑んだ。
モニカは目を閉じ胸に手を当て深呼吸をすると、彼の側へと向かって数歩足を運んだ。
そして、絨毯の上に正座し両手を綺麗に揃えると、真剣な表情で彼を見上げてからこう言った。
「レオン様。
私には貴方と床を共にする前に、お話しなければならないことがございます。」
「話・・・?
一体何だ・・・?
絨毯の上に座ったりして・・・」
レオンはモニカの畏まった態度に困惑し、少し眉を寄せながら首を傾げた。
モニカは口元を引き結び、緊張から少し震える声でそれを打ち明け始めた。
「・・・私は処女ではございません・・・。
ジャポネをつ前に、あるお方に抱いていただきました・・・。」
「・・・・・えっ・・・・・」
レオンは今モニカが言った言葉を信じられない、いや、信じたくないと言った風に眉を寄せた。
「貴方が私を専属メイドになされた後、処女でなければ陰茎・・・この国の言い方ですとペニスが、勃起なさらないとおっしゃいましたね?
そして、私をただのメイドとしてではなく、夜伽の相手・・・そしていずれは妃候補としてご所望であると・・・。
本来であれば、それを伺った地点で打ち明けるべき事柄でした・・・。
しかし私は、その時既に貴方に惹かれ始めており、貴方にそのことを打ち明けることで、お傍に置いてもらえなくなることが怖かったのです・・・。
ですから、今までずっと貴方のお傍にいられるようにとそれを隠し、少しでも長く貴方との時間を過ごしたくて、貴方と深い関係になることを恐れておりました・・・。
ですが・・・この事実を隠したままで貴方と関係を持っても、私は破瓜の血も出ませんし、貴方のつるぎで貫かれれば処女では有り得ないほどに感じて乱れてしまうと思いますから、きっと貴方も変だと思われる筈・・・。
そして何より、それを隠したままで床を共にすることは、貴方に対して不誠実です・・・。
だから貴方が本当に私をお求めになるその夜には、貴方に拒絶されることを覚悟で、このことを打ち明けようと心に決めておりました・・・・・」
レオンはモニカの言葉に困惑し、両手を宙に泳がせながらモニカに尋ねた。
「待て・・・待ってくれ・・・・・
モニカ、君の初めてをジャポネの男に捧げただと・・・!?
君はジャポネに恋人が居るのに、その恋人をジャポネに置いて、態々わざわざアデルバートまで見識を広げに来たというのか!?
ははっ・・・たちの悪い冗談はやめてくれよ・・・」
そして乾いた笑みを浮かべて髪をかき上げるレオン。
「いいえ、冗談ではありません・・・。
そして、その方は私の恋人でもありません・・・。
私が幼い頃より一方的にお慕いしていただけの方です・・・。
その方は私のことを大切に思ってくださりますが、それはあくまで娘のような存在としての家族愛であり、今もお心の中に永遠の愛を誓った方がいらっしゃるので、私のことを恋愛の対象としては見られないのだと、一度は振られてしまいました・・・。
ですが、私はその方のお願いでアデルバートに向かうことになり、処女のままで性に奔放なアデルバートに向かう勇気が無かった私は、そのお願いを引き受ける代わりに、一晩だけでいいから抱いて下さいと無理にお誘いしたのです。
あの方はそれに応じてくださった・・・それだけです・・・」
と沈んだトーンでモニカは説明した。
レオンは険しい顔をして、今までのモニカとの会話から思い当たったある可能性について口にし始めた。
「・・・君が幼い頃より慕い、君のことを娘のように大切に思う相手・・・?
もしかして、その相手というのは君のジャポネでの主だというサクヤ・サイジョー様ではないのか・・・!?
・・・いや・・・きっとそうに違いない・・・
君はサクヤ様のことを自分の父よりも歳上だと言っていた!
だから僕は相手がお爺さんだと思い、そんなこと疑いもしなかった!!
君は彼の年齢について僕に嘘をついていたのか!!?」
レオンは感情が堪えきれずに段々と声を大きくし、ぐっと拳を握り締めた。
そしてその拳がブルブルと震えた。
「いいえ!
嘘ではありません・・・!
最上朔也さいじょうさくや様というお方は・・・・・」
モニカはレオンにここまで話したのなら、まだ話していないもう一つの秘密についても話さないわけにはいかないと、膝に置いた手をぐっと握りしめて、覚悟を決めてからゆっくりと口を開いた。
最上朔也さいじょうさくやというのは、903歳になられる創造神ヘリオス様の神使でありジャポネの主、ファルガー・ニゲル様の偽名の一つなのです・・・。
私の一族は代々ファルガー様にお仕えしておりまして、私は先程も申しました通り、ファルガー様の命である調査のために、このアデルバートに参りました・・・。」
「・・・!?
神使・・・!?
903歳・・・!?
・・・想定外過ぎて酷く頭が混乱して・・・・・
・・・つまりはなんだ・・・!?
君はその神使に抱かれただけではなく、ジャポネから送られて来たスパイだというのか・・・・・!?」
「その通りです・・・」
モニカは悲痛な顔をして重く頷いた。
「・・・このことを僕の他に知っている者は・・・?」
押し殺した低く震える声で、レオンは尋ねた。
「・・・ジェイド様は全てをご存知です・・・。
先月の媚薬騒動の時、私がスパイであることは最初からわかっておいでだったとお話されておりました・・・。
ただし、ファルガー様が私をこの宮廷に送り込んだ目的が、アデルバートとダルデンテの戦争を阻止するためでしたので、ジェイド様も2国間での戦争は望まれないと利害が一致しまして、今はジェイド様とファルガー様は同盟を結び、お互いに情報を共有しております・・・。」
「・・・・・」
レオンはモニカから明かされたまるで作り話のような真実に、何と返せば良いのか分からなかったのだろう。
険しい顔のままで黙り込んでしまった。
「・・・私の秘密はこれで全てとなります・・・
私はこの場で貴方に首を跳ねられても仕方がありません・・・
その覚悟は既に出来ております・・・
ですが、ファルガー様にご迷惑をお掛けしたくはございませんので、どうか私がスパイであったことは、ジェイド様以外の方にはご内密に願えますか・・・?
ファルガー様はこの国の政治に関与なさる気も、戦争を阻止するという目的以外でこの国に干渉なさるつもりも一切ございませんから・・・どうか、それだけはお願い致します・・・・・!」
モニカはそう言って深く深く頭を下げた。
「この期に及んで愛する男の心配か!!?
じゃあ僕はお前にとってなんだったんだよ!!?
ただ弄んでいただけか!!?」
レオンは立ち上がり、ファルガーに対する嫉妬と憎悪、そしてモニカに対する疑心と怒りが入り混じった複雑な感情を露わにしてますます声を荒げた。
「いいえ!
私のファルガー様への想いは、もう完全に家族愛へと変わりました!
私が今愛しているのは、レオン様・・・貴方だけです・・・!!
貴方のことが好きだから、愛しているからこそ、貴方からの口づけや愛撫を受け入れたのです・・・!!」
モニカは栗色の瞳に涙を浮かべてそう言いながら、フルフルと頭を振った。
「処女でないお前に今更そんなことを言われても・・・僕にとってはもう、何の意味のないことだ!!!」
レオンは大きな声でそう叫ぶと、テーブルの上に置かれた令嬢たちの連絡先メモの入った箱を感情に任せてぶち撒けた!
そしてその中から適当な一枚を選ぶと、それをグシャッと手で握りしめて、勢い良く扉を開けて部屋を飛び出して行った。
モニカはハッとしてレオンを追いかけ、廊下を突き進む彼の背中に叫んだ。
「レオン様!
こんな時間に何処に行かれるのです!?」
レオンは立ち止まりモニカを振り返ると、今にも泣き出しそうな顔でこう返した。
「誰でもいい・・・男の証を立ててくれる相手の元へだよ!
今夜お前で証を立てるつもりだったのに、それがもう二度と叶わなくなった・・・!
お前との今までの時間は全てが無駄だった!!
それを今すぐ別の相手で取り戻しに行って何が悪い!??
お前がこの宮廷に来た目的のことは・・・一先ひとまず黙っておいてやる・・・。
だがお前は今この地点を持って、僕の専属メイドをクビとする!!
さっさと荷物を纏めてジャポネに帰れ!!
お前の顔など二度と見たくない!!!」
レオンはあおい瞳から大粒の涙をポロポロと零すと、踵を返して廊下を駆けて行った。
モニカはそれを追って走った。
パーティがお開きになったのか、ジェイドが今夜のお相手の令嬢と共に丁度エレベーターから降りてきて、泣きながら階段を駆け降りて行くレオンと、それを追いかけるモニカを見て驚き、目を丸く見開いた。
(あらら・・・。
レオくんがパーティの後モニカちゃんで男の証を立てようとしたから、モニカちゃんが秘密を打ち明けた。
それをレオくんが受け入れられなかった・・・
そんなところかな・・・。
まぁこの国の宰相としては、レオくんがこのまま令嬢の誰かと男の証を立てて、トントン拍子で婚約へと進む流れになってくれれば安心なんだけど、僕個人としてはモニカちゃんのことを結構気に入ってるし、これから神避けとかいう装飾品を一緒に探したり、エカテリーナとライサが同一人物なのかを一緒に探ったりするの、凄く楽しみにしてたんだよね。
だから、このままレオくんとお別れしてジャポネに帰っちゃうって流れにはなって欲しくないなぁ・・・。
そんなことになりそうなら、いっそのこと僕の専属メイドになっちゃえば?って誘ってみるつもりだけど、モニカちゃんには十中八九断られるだろうし・・・。
さてあの二人・・・どうなることやら・・・)

モニカは宮廷を飛び出し、庭園を突き抜けて門へと向かって駆けていくレオンを追いかけていた。
庭園の何かの植物に引っ掛けて、足に裂傷を負ったかの様な鋭い痛みが走り、真冬の冷たい空気が破けたストッキングの隙間から侵入し、モニカの足を容赦なく冷やし始めたが、そんなことには構っていられなかった。
(レオン様は私の胸に触れるときには必ず勃起して下さってた・・・
だから私が処女でないことを明かしても、もしかしたら今までと変わらない関係でいられるのかもしれない・・・なんて期待も正直あった・・・
なのに、あんなにも深くレオン様を傷つけてしまうなんて・・・
それ程までに私の処女は、レオン様にとって大切で、自分にこそ捧げて欲しいものだったのですね・・・
過去にファルガー様に恋して抱かれた・・・これはどうしようもない事実です・・・
その事を貴方にすぐに言えなかった・・・これは明らかに私の過失です・・・
だけどレオン様・・・
今私は貴方だけを愛しているのに、そんな私の過去も含めて全部を受け入れてはくれないのですか・・・?
もうレオン様が私と恋人で居られないというのならそれも仕方がありません・・・
でも、このままお別れなんてしたくない・・・
ちゃんと仲直りをして、せめてメイドとしてでもお傍に置いてもらえたのなら・・・
いいえ・・・やはりそれは出来ません・・・
レオン様が他の女の子に愛を囁き、その身体に溺れてつるぎを熱くたぎらせ、腰を激しく打ち付ける所なんて想像もしたくありません・・・!!
あぁ・・・・・レオン様・・・・・
本当は他の女の子のところへなんて行かないで欲しい・・・
行かないで・・・!
お願い・・・行かないで・・・!!)
モニカは涙で滲む彼の背中を追いかけながら、何度も心の中でそう叫ぶのだった。
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