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ヨシュア
「何故ですか父上…!…伯爵…!」
国王の私的な応接室。
王太子であるヨシュアは無作法に立ち上がり声を荒げた。
国王、王妃。そしてコートナー伯爵夫妻はその姿をただ静かに見ている。
穏やかに冷たく、部屋の空気は凪いでいた。
ヨシュアは周りの反応に両手を固く握りしめた。
冷静にならなければいけないと思う反面、どうしても怒りが沸く。
今聞かされた寝耳に水の話。
到底納得できない。たしかに自分にも非がある、悪くないとは言えない、それは認める。
傷つけた。傷つけてた。悔やんでも遅い。助けることもできなかった。
それは疑いようもない。けれど、それでもーー。
「座れ」
「っ父上私の話を…っ」
「すでに決定事項であり覆ることはない。
…しかしその態度…謹慎は何の意味も成さなかったとよく分かる。私室を選んで正解だったようだな。夫妻に感謝するがいい。
これ以上恥を晒さずに済むからな…私も王妃も。
二度は言わないぞーー座れ。許可するまで口も開くな。」
「…ッ」
自分の知らぬ間に何もかも決められていた。
当事者のいない場で、弁明の機会も与えられずに。
婚約解消。
悔しさと怒り、悲しみ。恥と言われた羞恥。
様々な感情に乱されヨシュアはくちびるを噛む。
今すぐ会いに行きたい。会いたい。会って赦しを乞いたい。
接近禁止。
ーー何故、何故だ。
納得できない。
未だ現実を見ようとせず立ち尽くすヨシュアの口もとから、ぽとりと血が落ちる。それは小さな点。
ヨシュアは目を見開いた。
比べようもないほど血を流していた婚約者の姿。
呼び止めても応えてくれなかった姿。
血溜まりのなかで涙を流し、自分を見つめていた姿。
あれだけ頑なだったヨシュアの身体は、急に力が失われたかのようにぐしゃりとソファーへ沈み込んだ。
今や全身は震え、のろのろと動いた両手が頭を抱える。
ーーこの怒りは、
手を振り払われたことに傷ついた。
だから掴み損ねてしまった自分への言い訳だったと気づいてヨシュアは絶望した。
その資格もないのに自分だって傷ついたのだと被害者を装っていた事実に、
償いきれない傷を与えてしまったことに、真の愚かさに、今になってヨシュアは漸く気づいたのだった。
戦争の爪痕はそこかしこに残る。
たとえばこの国の王家には金がなかった。
王都とその周辺の復興は済んでいる。だが過疎地と呼ばれる隅々まで行き渡らせるには、足りなかった。
ゆえにのちの為政者となる者の婚約者に選ばれる家の経済力は、有力候補の条件に必然的に含まれる。
当代の国王がそうであったように、次代となるヨシュアのために集められた令嬢たちも皆その条件に見合っていた。
ヨシュアの幸運は好意を抱き自身が望んだ令嬢との婚約を結べたことと、選んだ令嬢もまた、ヨシュアに対しておなじ想いを持っていたこと。
ーー幸運であったのに、それを自ら手放した息子の憔悴した様子を、父である国王は嫌悪感とわずかに憐憫を滲ませた表情で見ていた。
婚約は解消されても支援の継続はされる。むしろそうするからと、解消を願われた。
ヨシュアを断じることもできたのに、手間を省き即座に縁を切りたいと思われたのは相当腹に据えかねていたからだろう。
いつでもそうするつもりだったのだ。
それでもそうしなかったのは娘の想いを知っていたからだろう。
だが今度ばかりは、優先順位を変えたのだ。
『ーー…殿下から贈り物が多く届いたのですが、娘には知らせず私はすべて突き返していました。
それを弟が話してしまったのです。……娘は笑っていたそうです。
そんなことよりと、憤慨する弟の様子のほうが気になりたのしそうだった、と。
娘は穏やかに過ごしています。……以前のように隠れて泣くようなこともなく、平気だと誤魔化すことも、大丈夫だと強がることも、家族にすら向けていた作り笑いを浮かべることもありません。
……婚約解消などしたくないと泣いていた、殿下を恋しがっていた、娘はもういません。
……ならばと決心したのです。ならば娘の意思を問うまでもない。
ーー娘の人生を守ることを私たちは決めたのです』
ご無礼をお許しください。
最後に付け加えて言った伯爵に国王は手を振った。
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