8 / 30
キャメリア②
何故、と聞かれれば。
卑しい言葉と考えが浮かぶ。
ヨシュアには打ち明けて、アンルーには黙っていたのは何故か。
そんな自分が嫌だと思っていた。
でもどうにもできない。
キャメリアは部屋でだけで済んでいた癇癪をヨシュアの前でも起こすようになっていた。
ーーあの日もそうだった。
ヨシュアがうんざりしているのがわかった。
そんな態度を取られることが嫌だった。
自分のせいだとわかっているけど、どうにもならないことをわかってほしかった。
キャメリアは泣きながらヨシュアに掴みかかるように抱きつく。
再従兄弟なんだから慰めてほしいと思った。
引き剥がそうとしたヨシュアはキャメリアがまた喚き出す寸前だと気づくと、こんなところでそうされてはたまらないと面倒を増やさないためにそうした。
ただ、それだけのことだったのにーー。
もう勘弁してくれ。
ヨシュアの声に怒りで顔を上げたキャメリアの目にアンルーが映った。
呆然と立ち尽くし、顔色を失くしたアンルーがやがて踵を返し走り出す。
キャメリアの様子を見てその視線を追ったヨシュアが息を呑み、アンルーの名前を叫んだ。
キャメリアを半ば突き飛ばすようにしてその後を追う。
逢瀬のために王妃の庭を選んだわけじゃない。
しつこいキャメリアに手を焼いていたヨシュアが敢えてひとの出入りが少ない場所を選んだだけ。
ヨシュアに直接そう言われたからキャメリアは知っている。でもアンルーは知らない。
アンルーは何も、知らない。
そのときのことも含めてキャメリアが何を思っていたか、とても口にできない。
卑しく、浅ましく、醜い考えを抱いていたことを。
走り去ったアンルーとヨシュアを追いかけて、
そこで、
血塗れで倒れているアンルーを見て、
そのそばで泣き叫んでいたヨシュアを見たとき。
それらすべては消し飛び、代わりに後悔が押し寄せる。
ひとが大勢集まり、皆キャメリアをいない者のように扱う。ぶつかられ倒れても、ドレスを踏まれても。邪魔だと怒鳴られても、誰もキャメリアを気にしない。
キャメリアは動くことができず追いやられた隅のほうで怯えていた。
どうしよう。なんてことを。どうしよう。どうしたらいいの。
何故、こんなことにーー。
皮肉にも祈りを捧げるように両手を組んで、ぶるぶると震えるキャメリアは気づかない。
ふと、視線を感じた。
救いなどないのに、何も見ていなかったキャメリアは気づかない。
縋るように見上げて、息が止まった。
フェル・パトリ子爵令息。
アンルーの護衛騎士。
そしてキャメリアの、恋焦がれるひと。
その人物から向けられた視線にキャメリアは恐怖で息ができなくなった。
生きてきて、今まで、誰にも、第二王子にさえ、向けられたことのない視線。
ーーその視線を憎悪と受け取ったキャメリアは恐怖のあまり失神したが、フェルが向けていたのは明確な殺意である。
気づかないまま、放置されていたキャメリアが運ばれて行ったのはずいぶんあとのことになる。
「……実に、くだらぬ。お前たちの話は、それとしか言いようがない」
「…」
ヨシュアの聴取が終わり伯爵夫妻は早々に退出した。
次いでキャメリアを呼び出す予定も伝えていたが夫妻の返答は、「一度でじゅうぶんでございます」二度は勘弁したいと暗に告げていた。
元々ヨシュアの話すら聞く気はないと言っていたのだ。頭を下げたまま動かないヨシュアも近衛を使い自室へ戻し、国王は別室に待機させていた従姪を呼び入れた。
「この国に来た理由があったはずだがーーとうに元気になっていたようだな。他国の王族の婚約を壊すほどに回復するとは、……祖国の家族もさぞお前の帰りを待ち侘びていることだろう」
震えながら顔を赤くしていたキャメリアが、続く言葉に期待するような素振りを見せたことに国王と王妃は呆れた。
「何を期待しているのか知らないがーー」
入室したキャメリアは深々と礼をし謝罪を述べた。
「逃げることは許さない。残りの期間、この国で過ごせ。」
そして図々しくも、帰国して罰を受けたいと言ってのけたのだった。
「ーーそんな、… 伯従父さま、」
「陛下と呼びなさい。非公式な謁見だとしても歓談の場ではないのよ。隣国の顔を立てること、コートナー伯爵家の恩情だということを理解しなさい」
「…っ、失礼いたしました…国王陛下、王妃陛下…」
王妃の冷たい声色にキャメリアは身を竦ませるが、冷たいのは声だけではなかった。
国王も王妃も、恐ろしく醒めた表情をしている。
「離宮の滞在は取消し。住まいは学生寮に移す。コートナー伯爵令嬢への接近禁止。
煩うことがないよう女騎士を護衛につけるゆえ安心して勉学に励め。以上だ」
「お、お待ちください陛下…っわたくしがしてしまったことは心からお詫びいたします…っですがこのまま学園に戻れば衆目にさらされ、」
「それが何だ。慣れているだろう。お前とヨシュアが好んでしていたことではないか。今と変わらぬ」
「ッ、…ち、父は、…父が、公爵家が何と言うか、」
「すべて従うとのことだ。当然だろう」
「ーー」
「お前はずいぶん歪曲した内容を伝えていたようだな」
「そ、れは、」
「ひとつ問いたいのだが。」
謝罪も後悔も反省もすべて自分のため。
いち早く自己保身に走ったキャメリア。
教育、子育てというものはやはり一筋縄ではいかないのだと国王は嘆息した。
「お前は何故、それが通ると思った。傲慢にもこちらの諫言は聞き流していたというのに、何故、こちらがそうすると思ったのだ」
うつむくキャメリアからの返事はなかった。
あなたにおすすめの小説
真実の愛の裏側
藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。
男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――?
※ 他サイトにも投稿しています。
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
そしてヒロインは売れ残った
しがついつか
恋愛
マーズ王国の住民は、貴賤に関係なく15歳になる歳から3年間、王立学園に通うこととなっている。
校舎は別れているものの、貴族と平民の若者が一か所に集う場所だ。
そのため時々、貴族に対してとんでもないことをやらかす平民が出てきてしまうのであった。
リーリエが入学した年がまさにそれだった。
入学早々、平民の女子生徒が男子生徒に次々とアプローチをかけていったのだ。
【完結済】25年目の厄災
紫
恋愛
生まれてこの方、ずっと陽もささない地下牢に繋がれて、魔力を吸い出されている。どうやら生まれながらの罪人らしいが、自分に罪の記憶はない。
だが、明日……25歳の誕生日の朝には斬首されるのだそうだ。もう何もかもに疲れ果てた彼女に届いたのは……
25周年記念に、サクッと思い付きで書いた短編なので、これまで以上に拙いものですが、お暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。