そして目が覚めたら

雪乃

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ヨシュア⑤




ヨシュアはアンルーの笑顔を思い出していた。
互いに想い合い、微笑みを交わし合っていたころの笑顔ではない、愚かに成り果てた人間にそれでも与えてくれた笑顔を。















王族どころか貴族らしからぬ振る舞いで、ヨシュアはコートナー伯爵家に無作法に押し入った。
己の身も、多くを危険にさらして。処罰を免れないのは自分だけではないと知っていて。
ただ自分勝手な欲望に突き動かされていた。



ーーやっと、やっと会える。
会いたかった。話したかった。謝りたかった。
許されないだろう。許してはくれないだろう。



それでも一目だけでも無事な姿を、一刻も早く。


ヨシュアが心から愛している、婚約者。





遠くにその姿を認め、勢いづいていたヨシュアは自分のしたことなど忘れたかのように一方的な感情をぶつけ名を呼んだ。







少し、痩せてしまったようだ。当然だ。窶れ、疲れているように見えるのも当然。歓迎されるわけがないことも、顔も見たくないだろうことも、当然。


わかっていたが、ヨシュアは待ち望んでいた。

そのひとが今、目の前にいる。





ーー何故だろう。




まるで知らない人間のように、ヨシュアに映った。







嫌な汗が背中を伝うが、何ヶ月も顔を見ることさえできなかったのだから、あんなに酷いことをし続けてきたのだから、向けられた視線も当然だ。当たり前のことだ。


不敬に問うと思われているほど、信頼は地の底にあり人でなしだと思われているのも当然なのだ。



ヨシュアは過ぎった違和感を振り払い、意を決して重い口を開いた。


自分の口で伝えなければならない。
そうしなければほんとうに伝えたいことを伝えることができない。




掠れた声が喉の渇きを訴える。









アンルーは笑い、正気じゃないと言った。


涙を零す姿に、想像以上に与えられる嫌悪にヨシュアは打ちのめされる。



己の過ちをひとつひとつ突きつけられながら、言葉尻が震えた。
それはアンルーの傷を抉る行為でもあり、アンルー自身からきくことは身を裂かれるような痛みがあった。




それでも伝えたいことがある。
伝えさせてほしい。


愚かな自分にも、たったひとつ真実があったことを。









ーーそのあとに起こったことを、ヨシュアは生涯忘れないだろう。










『……アン、きみは、……誰だ』





つぶやいた言葉はきこえていなかったのだろう。







アンルーは気を失い倒れ込んだ。
ヨシュアは手を伸ばすことができなかった。

あのときとおなじ。

ーーいや、違う。

手は、動かなかった。

ヨシュアの身体は指さきひとつ、動かなかった。







いつの間にかコートナー伯爵が目の前におり、掴みかからんばかりの勢いで詰られていたヨシュアは少し待ってくれと言い、周囲の人間を集めると箝口令を宣言した。



『王太子権限で命じる。破った者はいくつもの首を城門にさらすことになると肝に銘じろーー伯爵、すまないが文面の作成をしたい。
正式な書類は私が城に戻り次第とするが全員の署名がほしい』



伯爵は無言で頷き、用意した書面に戻ってきたアンルーの護衛と侍女が最後にサインしたのを見届けたあと、ヨシュアは顔を上げ伯爵に向き合った。



すべて・・・私のせいだ。起きたことすべて。……、今日ほど、……今日ほど自分を殺したいと思った日はない……私は、……なんてことを、っ』



顔を歪ませ涙を堪えるヨシュアをアンルーの父親であるヘイデンは、諦観した表情で見つめていた。














その夜、ヨシュアは声を殺して泣いた。
叫びたかったが言葉にならず、止め処なく溢れるままに泣き続けた。


過ちばかりの日々であったが、




ヨシュアはアンルーを愛していた。心から想っていた。


それは本人が思うより、周囲が思うより深く。






今日までの世界は終わり、



そして目が覚めたら。



アンルーのいない世界があるのだろう。




それが哀しくて、ヨシュアは泣いた。
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