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ヘイデン
この国にある魔法は主に治癒に特化したものだけである。
それも万能ではない。
奇跡を起こす神の御使なども存在しない。
ならば、この事象は一体何なのかとヘイデンは考える。
ヘイデンの娘アンルーは今日から復学した。
『久しぶりだったので緊張はありましたが、終わってみればどうということはありませんでした。
……友人という存在の有り難みにも改めて気づかされましたし、明日からも通えそうです。
もちろん何かあればすぐ報告いたしますわ』
夕食時、アンルーの朗らかな語り口にヘイデンは胸を撫で下ろした。
同時に、ひそかな安堵は後悔と痛みをもたらす。
アンルーが長年大事に抱えてきた想いは最悪なかたちで幕を閉じた。
不審は確信に変わり、絶望を纏った渇望へと変貌した。
アンルーの、娘の運命が変わってしまったのは神の気まぐれなのか。
それとも終わらせることを娘自身が望んだ結果なのか。
目の前で妻と笑い合う娘は、ヘイデンの娘であって娘ではない。
幻のような存在であっても、ヘイデンも妻も幻想を抱き続けている。
何と欲深く、業の深い輩であるか。
娘はひとりで立ち向かったというのに、親である自分たちがその覚悟を持てない。
愛する我が子が二度死ぬという事実が恐ろしく、直視できないでいるーー親であるというのに。
正しく導いてやることができなかった罪を償うような仮初めの団欒を、ヘイデンはくり返している。
娘の変化に気づかぬ者も、ただ従うだけの者もいる。
『……そうですか……それは、……残念だし寂しいけれど、フェルが決めたことですから、……でもたくさん迷惑をかけてしまったこと、最後にもう一度謝りたかった……わたくしのせいだから、』
受け止めることができず距離を置いた者も、
『目も合いませんでした。わたくしが避けていたせいか視線は感じたような気もしますが。
……殿下とはもうお話することもないのではと思いますが、……お父様、お父様は大丈夫だと言ってくださったけれど、ほんとうにお詫びの手紙は出さなくてもいいのですか?』
過ちからか、口を継ぐむと決めた者も。
妻に苦言を言われるほどに増えた葉巻の本数と、その匂いで充満した執務室。
開けた窓からの涼風は晩夏を知らせていた。
ヘイデンはあらゆる文献を漁り伝手を使い調べもしたが、魂か何かの入れ替えなど、人智を超えた力が働いているとしか思えなかった。
ヘイデンは安心したかった。
それならば到底敵わないのではないか。
覆しようがないのならば、このままーー。
だがやはり、神の気まぐれだとしたら?
娘は、ついに二度目の死を迎えることになる。
ーーそして少女は、
先ほどまで笑っていた少女は、
少女の、家族はーー。
積み重なっていた書物が大きく振り払われ床に落とされた。そのなかでヘイデンの瞳を捕らえた一冊。
背表紙の六芒星は調和を意味する。
調和。
そんなもの、この世界のどこに存在する。
均衡は、一方が犠牲となって保たれているというのに。
欺瞞に満ちた世界を、きこえのいい言葉で装っているだけだというのに。
仕事柄非情な決断をすることもあったヘイデンは、その都度多くを切り捨ててきた。
真っ当なやりかたであっても、多数を見て、少数を切り捨ててきたのだ。
それはヘイデンが選べる立場にあったからだ。
そうしてまたヘイデンは、少女を切り捨てようとしている。
何という傲慢か。
これほどまでとは、あの愚か者どもと何が違うというのか。
痛みを知っていながら何故、刃を向けるのか。
暗澹とした面持ちのままやがてヘイデンは震える両手を組み、強く額に押し当てた。
「…………許してくれ…………」
もう少し、あと少しだけでいい。
そのときが来るまで。
そして目が覚めたら。
今度こそ正しく導いてみせると誓う。
心に浮かぶ愛しい娘が、ヘイデンに笑いかけていた。
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