23 / 30
キャメリア④
体の節々が痛み、キャメリアは公爵家に到着したとわかった途端崩れそうになった。
僅かな休憩を挟むだけ、ほとんど馬車から降りることも許されずやっと辿りついた我が家。
そして目を疑う。
愕然としたのは表門ではなく裏門だったから。
乱暴に開かれた扉の先には家令がひとり立っているだけ。
『ご当主様がお待ちです』
キャメリアが生まれるまえから公爵家に仕え、子どものころから穏やかに接してくれていた初老の家令は無表情にそれだけをくり返した。
身を翻し進んでゆく家令を本能で追いかける。
静まり返った邸内。
よろけて転び、一歩歩き出しては転ぶキャメリアに差し出される手はなかった。
…………どうして…………?
やっと帰ってきたのだ。
あたたかく迎えられ、久々の再会を喜び涙を流して、大変だった日々を労り慰められると思っていた。
「どうして、…そんなひどいことを言うのですか…?」
「酷い?そうと理解っていてお前は彼の令嬢について言いふらしていたのか?死の淵から生還した令嬢に、死人だと。…どうかしているな」
「ッ」
「お前がそのような目に遭わせたというのに。お前が原因だというのに。尚追いかけ回そうと身勝手な感情で国王陛下の命を無視し騎士に怪我を負わせ下位貴族を脅し被害者へさらなる暴力に及ぶ。
それ以外何がある。まるで悪魔の所業ではないか」
「…ッ、ちが…ちがいます…わたくしは話をしたくて…それにあのときのアンルーさまはほんとうに様子がおかしかったの…口調も乱暴で、」
「謝罪はしたのか?」
「え…?」
「嫌悪を抱かれて当然のことをしたのはお前だ。
それについて謝罪はしたのか。赦しを乞うのではない。真摯に詫びて、申し訳なかったと頭を下げたのか」
思い出す間もなくその答えはわかっていた。
キャメリアは大きく目を見開き、今気づいたというように視線を泳がせた。
失望と軽蔑の混じったため息。
「ちがうわ…ッ!謝ろうとしたけど、手紙を出そうとしたけど…ッ許可が下りなかったの…!」
それは嘘だ。でもだって無事だったのだから。
国王陛下には謝ったのだから。話をすれば、わかってくれるはずだったのだから。だから忘れていただけなの。
キャメリアは混乱しながらも慌てて言葉を紡ぐがエメリッヒの表情は入室したときから変わらない。
キャメリアがよろけて転んだ姿を見て座らせるよう家令に指示を出したときも変わらずただ冷たい。
どうして、と。
涙を流すキャメリアはおなじことばかり頭を巡る。
「……甘やかしていなかったとは言わない。だがそれは親から子への当然の愛情だ。その範疇だ。
湯水のようにあれもこれもとばら撒いていたわけではない。常識外れになるような教育も、そのように育てた覚えもないぞ」
良くないことをしたのはわかっている。
アンルーに謝罪すらしていない。今の今まで思いもしなかった。とにかく早く元通りになりたくて、話をしなければとそればかり考えていた。
それも良くないことだった。……騎士にも、子爵令嬢にも、ーーヨシュアにも。大勢に良くないことをした。わかっている。
「……わかっています、でも、……っわたくしは、……そんなに悪いことをしたのですか……」
エメリッヒは、そこで初めてキャメリアに笑顔を見せた。
「心から悪いと思っている人間は、そんな言葉は口にしない。……ずいぶんと浮かれているようだ。
……恋とは恐ろしいな……いや、悍ましいと言うべきか。人格すら変えてしまうのだから」
ぞっとするような笑顔で。
エメリッヒはキャメリアに嗤いかけた。
キャメリアはアンルーと話をしたかった。
誤解だと話せばきっとわかってくれるはずで、そうしたらまた以前のように元に戻れるはずだから。
ーーそして、そうして、いなくなってしまったフェルのことを知りたかった。
ほんとうはそちらのほうが重要だなんて誰にも言えない秘密だけれど。
フェルがアンルーの元を去ったのなら、代わりに自分が雇い隣国へ連れて帰る。アンルーより良い条件で給金だって望むまま。
自分だけの騎士になってくれるのなら。
ずっとそばにいてくれるなら、惜しむことなんてしないつもりで。
最後に会ったときは恐怖しかなかったけれど、雇い主になれば違うだろう。
アンルーに接していたように大切にしてくれるだろう。
一緒にいろいろなところに出かけて、おなじ時間を過ごして。
きっと宝物のように、大事にしてくれる。
ーーもしかしたら、アンルーよりも。
フェルがアンルーから離れたと知ってからキャメリアは、そんな夢想をし続けていた。
それを想像するだけで胸があたたかくなった。
誰にも言えない秘密の恋。
このまま第二王子と婚姻することになる自分にとってそれはきっと生涯の支えになる。
甘い痛みさえ、いとおしく感じるだろう。
だからフェルの行方を知りたかったのに。
『……しょうがないわね……家の者を使えばいいわ。つながりがあるもの……難しくないはずよ……』
景色も見えない狭い馬車でひとりごちるキャメリアは相手が拒否するとも、否定されるとも考えていない。
一挙手一投足を監視されている事実も。
「そのような考えの人間は、我が公爵家には要らない」
ましてや家族に見捨てられているなど、すでに見限られているなどと露ほども考えたことはなかった。
あなたにおすすめの小説
真実の愛の裏側
藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。
男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――?
※ 他サイトにも投稿しています。
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
王太子の愚行
よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。
彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。
婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。
さて、男爵令嬢をどうするか。
王太子の判断は?