そして目が覚めたら

雪乃

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キャメリア④




体の節々が痛み、キャメリアは公爵家に到着したとわかった途端崩れそうになった。
僅かな休憩を挟むだけ、ほとんど馬車から降りることも許されずやっと辿りついた我が家。

そして目を疑う。

愕然としたのは表門ではなく裏門だったから。
乱暴に開かれた扉の先には家令がひとり立っているだけ。



『ご当主様がお待ちです』



キャメリアが生まれるまえから公爵家に仕え、子どものころから穏やかに接してくれていた初老の家令は無表情にそれだけをくり返した。

身を翻し進んでゆく家令を本能で追いかける。



静まり返った邸内。



よろけて転び、一歩歩き出しては転ぶキャメリアに差し出される手はなかった。











…………どうして…………?







やっと帰ってきたのだ。
あたたかく迎えられ、久々の再会を喜び涙を流して、大変だった日々を労り慰められると思っていた。



「どうして、…そんなひどいことを言うのですか…?」

「酷い?そうと理解っていてお前は彼の令嬢について言いふらしていたのか?死の淵から生還した令嬢に、死人だと。…どうかしているな」

「ッ」

「お前がそのような目に遭わせたというのに。お前が原因だというのに。尚追いかけ回そうと身勝手な感情で国王陛下の命を無視し騎士に怪我を負わせ下位貴族を脅し被害者へさらなる暴力に及ぶ。
それ以外何がある。まるで悪魔の所業ではないか」

「…ッ、ちが…ちがいます…わたくしは話をしたくて…それにあのときのアンルーさまはほんとうに様子がおかしかったの…口調も乱暴で、」

「謝罪はしたのか?」

「え…?」

「嫌悪を抱かれて当然のことをしたのはお前だ。
それについて謝罪はしたのか。赦しを乞うのではない。真摯に詫びて、申し訳なかったと頭を下げたのか」



思い出す間もなくその答えはわかっていた。
キャメリアは大きく目を見開き、今気づいたというように視線を泳がせた。


失望と軽蔑の混じったため息。



「ちがうわ…ッ!謝ろうとしたけど、手紙を出そうとしたけど…ッ許可が下りなかったの…!」



それは嘘だ。でもだって無事だったのだから。
国王陛下には謝ったのだから。話をすれば、わかってくれるはずだったのだから。だから忘れていただけなの。




キャメリアは混乱しながらも慌てて言葉を紡ぐがエメリッヒの表情は入室したときから変わらない。
キャメリアがよろけて転んだ姿を見て座らせるよう家令に指示を出したときも変わらずただ冷たい。




どうして、と。
涙を流すキャメリアはおなじことばかり頭を巡る。



「……甘やかしていなかったとは言わない。だがそれは親から子への当然の愛情だ。その範疇だ。
湯水のようにあれもこれもとばら撒いていたわけではない。常識外れになるような教育も、そのように育てた覚えもないぞ」



良くないことをしたのはわかっている。
アンルーに謝罪すらしていない。今の今まで思いもしなかった。とにかく早く元通りになりたくて、話をしなければとそればかり考えていた。
それも良くないことだった。……騎士にも、子爵令嬢にも、ーーヨシュアにも。大勢に良くないことをした。わかっている。



「……わかっています、でも、……っわたくしは、……そんなに悪いことをしたのですか……」



エメリッヒは、そこで初めてキャメリアに笑顔を見せた。



「心から悪いと思っている人間は、そんな言葉は口にしない。……ずいぶんと浮かれているようだ。
……とは恐ろしいな……いや、悍ましいと言うべきか。人格すら変えてしまうのだから」



ぞっとするような笑顔で。
エメリッヒはキャメリアに嗤いかけた。















キャメリアはアンルーと話をしたかった。
誤解だと話せばきっとわかってくれるはずで、そうしたらまた以前のように元に戻れるはずだから。




ーーそして、そうして、いなくなってしまったフェルのことを知りたかった。
ほんとうはそちらのほうが重要だなんて誰にも言えない秘密だけれど。
フェルがアンルーの元を去ったのなら、代わりに自分が雇い隣国へ連れて帰る。アンルーより良い条件で給金だって望むまま。


自分だけの騎士になってくれるのなら。


ずっとそばにいてくれるなら、惜しむことなんてしないつもりで。



最後に会ったときは恐怖しかなかったけれど、雇い主になれば違うだろう。
アンルーに接していたように大切にしてくれるだろう。
一緒にいろいろなところに出かけて、おなじ時間を過ごして。


きっと宝物のように、大事にしてくれる。




ーーもしかしたら、アンルーよりも。




フェルがアンルーから離れたと知ってからキャメリアは、そんな夢想をし続けていた。
それを想像するだけで胸があたたかくなった。



誰にも言えない秘密の恋。

このまま第二王子と婚姻することになる自分にとってそれはきっと生涯の支えになる。



甘い痛みさえ、いとおしく感じるだろう。






だからフェルの行方を知りたかったのに。



『……しょうがないわね……家の者を使えばいいわ。つながりがあるもの……難しくないはずよ……』



景色も見えない狭い馬車でひとりごちるキャメリアは相手が拒否するとも、否定されるとも考えていない。




一挙手一投足を監視されている事実も。











「そのような考え・・の人間は、我が公爵家には要らない」



ましてや家族に見捨てられているなど、すでに見限られているなどと露ほども考えたことはなかった。

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