そして目が覚めたら

雪乃

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キャメリア⑤




「だが安心しろ、放り出すことはしない。そんな無責任な真似はしない。私たちは貴族として、そしてお前の親である責任を最後まで果たす。
お前は明日から領地へ行きそこで一生を過ごせ。自由も財産もない。管理されながら教育を受け直し万一でも更生したと判断できることがあれば、……自分の子は望めずともどこぞの後妻になれる道もあるかもしれないな」



何年?何十年?



「お前は隣国では罪人だ。この国の汚点だ。
私もカイムお前の弟の後継教育が終われば爵位を譲ることになっている。それまで社交も登城も禁止だ。隣国からの要望もあり、陛下も公爵家の存続のためそれで是としてくださった」



罪人?汚点?




何を言われているのか、最早到底処理が追いつかない。










「…………殿下との婚約はどうなるのですか…………」



なのに逃げ道・・・を探ろうとキャメリアは婚約者を引き合いに出す。


第二王子は自分を待っているはずだ。だって好きだと言っていた。ずっと待っていると。
自分だって、戻るつもりだった。
だってそれしかないとわかっていたから。



ただそのなかで、フェルとの恋を密かに育みたかっただけなのだから。








キャメリアの言葉に、エメリッヒは初めて表情を動かす。わずかに曇らせながら目を伏せる。



「第二王子殿下は半年前西の公国に婿入りされた。」



ーー婚約はとうに解消されている。


















キャメリアはそれからのことをあまり覚えていない。

気づけば領地へ向かう馬車のなかであったり、
宿泊する宿の寝台のうえだったり。



父親の姿を見たのは執務室が最後で、ついに母親にも、弟にも会えぬままだったことを、



ぼんやりと夢のように、思い出すだけ。







領地で過ごす日々のなかで、時折り夢から覚めたように癇癪を起こし暴れることもあった。
その度容赦ない叱責を浴びせられ、泣き喚くことをくり返す。
何度説き伏せられても、自分は悪くないと陳腐な台詞を吐きながら現実を認めたくない一心でまた夢のなかへと逃げる。



捨てた。捨てられた。
家族にも、好きなひとにも、好きだと、言ってくれたひとにも。



どこまでも悲劇に酔いしれる可哀想なヒロインキャメリア





ある日。



キャメリアは衝動的に、ほとんどは計算的にナイフを手に取り死んでやると叫んだ。

よく磨かれた切先がその細い首もとで銀色に光る。



慌てて止めに入るはず。いつもすました顔で自分を責め立てる者たちが止めてくれと必死になって。
そうすれば慰めてくれるはず。
辛く苦しい気持ちをわかってくれるはず。




そうされて当然だというように、言葉とは裏腹にキャメリアの表情は勝ち誇り緩んでいたが、それが悲壮感を伴うものに変わるのも早かった。
周りの人間は誰ひとり動かず動揺すら感じさせない。



死ぬと言ってるのに、どうして。
どうして、止めてくれないのか。



『命を盾に自らの欲望を満たし、要求を押し通す。そのような恥ずべき行為が見られた場合手出し無用と、ご当主様に言いつかっております』



頬が引き攣る。ぶるぶる震える手に力を込めるが、ナイフが肌に触れた瞬間その冷たさに慄いて放り投げてしまう。


そうして崩れ落ち、キャメリアは胎児のように丸まり泣き出した。






そう言ったのはキャメリアであっても、それがふり・・であっても。

父は、助けないと決めていた。
死んでもいいと思われていた。


それは、死んでしまえと言われていることと同義に感じ、キャメリアの心はついに折れた。






キャメリアが領地に送られてから一年が過ぎようとしていた日のことだった。














キャメリアは従順にはなったが、それで良しとはならない。
抜け殻になって言いなりになるのでは意味がない。
周りは甘やかさなかった。再教育の合間根気強く対話を続け、説き続けた。



被害者ではない。加害者なのだと。



キャメリアは、わかっているわ、と頷きながら、やがてポツポツと語り出した。





アンルーが羨ましかった。嫉妬していた。ヨシュアも、フェルも、アンルーを愛していたから。愛されているのが羨ましかった。
自分は第二王子のことをとうに諦めてしまっていた。好意はあったはずなのに、その気持ちを思い出すことも、取り戻すこともできなかった。
それなのに、アンルーは愛されている。それがどうしようもなく羨ましくて、止められなかった。


すべてがまぶしく、誠実に見えたのは。



『……それがまぶしくてまぶしくて、……憧れるよりも、妬んでしまった、』



愛して、愛される姿が、ただ、羨ましかった。



『今さら謝罪なんてできないわ。一度も思わなかったのよ……許されることじゃない、許されるべきじゃないわ。とても、とても酷いことをした……そんなに悪いことをしたの、少しくらいいいじゃないって、ずっと思っていたのよ。何も見えていないわけじゃないわ。見ていなかったわけじゃない。
……わたくしはすべて、理解ってて行っていたのよ』



キャメリアの表情は、穏やかですらあった。



『……愛されていたのに、……お父さまやお母さまや、カイムにも、……殿下にだって、愛されていたのに……』



馬鹿だった。
そんなひとことでは言い表せない愚かで醜い行為。
そんな本性が潜んでいたなんて、恐ろしさに身震いがする。




真実、悪魔は自分自身だったのだ。












『……どうしてかしら……』



どうして。


キャメリア自身が幾度もつぶやいた言葉。






ーーどうして、満たされないと思ってしまったのだろう。

ずっと近くにあったのに。

自分で壊して、奪って、無くしてしまった。



失ってから、失うまで、気づかないなんて。








強い陽射しが窓から差し込む。


まぶしくて、目が眩むほど。



キャメリアは空を見上げた。





キャメリアは漸く、夢から覚めた。



そして目が覚めたら。



父も母も弟も。


愛したはずの誰かさえいない世界でひとり、生きてゆくのだ。












それからキャメリアは多くの手紙をしたためた。
その手紙が相手に届くことはなく、到底贖罪には足らないことであったが、キャメリアは毎日書き続けた。




何年も経ってから、執事が一通の手紙をキャメリアに差し出した。

古びて色褪せた封筒。

語尾が跳ねている、見覚えのある筆跡。




震えてどうしようもなく、しばらく封を開けることができなかった。






キャメリアはその手紙を掻き抱き、大声で泣いた。






















※いつもお読みいただき反応してくださりありがとうございます!
次は蛇足の名ばかり第二王子からの手紙です。
読み飛ばし可であります!
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