そして目が覚めたら

雪乃

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フェル④




フェルはコートナー家を出奔したあと、実家には戻らなかった。戻れなかった。
理由が何であれ自分は務めを放棄した。日を追うごとに自己嫌悪は募る。未熟だから受け止めることができなかった。真実を確かめる勇気さえ持てずに逃げ出したことを恥じるようになっていた。

騎士ひととして道を踏み外す行いこそなかったがまるで浮浪者のように彷徨いながらフェルが辿った道は、コートナー家の領地へと続いていた。












『刈り込んだばかりだ。歩きやすかったかい?』



まるで昨日も会っていたかのように以前と変わらないヘイデンの笑顔にフェルは面を食らう。



『ーーヘイデン様、』

『ここは思い出の場所だ。…特にアンにとってはね。きっときみも来るだろうと思っていた。会えて嬉しいよ』

『、私は、……』

『休暇中、だろう?誰しも休息は必要不可欠だからね。そんなところに押しかけてしまって逆にすまない。…それに言ったろう?責められるべきは私たち大人であってきみじゃない』



穏やかで変わらないヘイデンの物言い。



『とは言え、きみの意思を尊重する。蔑ろになどしない。…フェル、きみがどうしたいか、もう一度きかせてくれるかい?』



優しいまなざしを受けて、フェルは胸が詰まった。



そのような都合の良い話が許されるのか。
心底幻滅しながら、自分自身まだ整理することもままならないのに。未だ迷っているのに。
このような中途半端な自分がその場所へ戻ることが許されるのか。果たして最善なのか。正しいのか。


ーー勇気を持って真実を、問うことができるのか。

恐れずあの少女のまなざしを、見つめ返すことができるのか。









成長するにつれ淑女へと変化していったがアンルーは活発な少女だった。
特に領地ではそうだったようで、少し恥ずかしそうにしながら懐かしむ表情で話をしてくれた。

いつか一緒に行きたいと言ってくれた。

よく遊んだ小高い丘に、子ども時代の思い出が詰まっているのだと。



『楽しみです。でも駆けっこも木登りもできませんよ?』

『あら。今でも得意だわ、きっと』

『駄目です』

『いいわ、ならお茶につき合ってもらいましょう』

『…』

『ふふ、ねぇでも、景色も素晴らしいのよ。
……この世界に怖いものなんてないと思えたくらいに……フェルはもう家族同然だもの、いつか見せたいわ』



そう言って輝くように笑ったアンルーも、王太子の婚約者に選ばれてから一度だって領地へ帰ることはできなかった。



果たせなかった約束は、いくつもあった。




捨てることなどできなかった。
なかったことになど、したくなかった。






自分ひとりでこの景色を見ることになるなんて思わなかったんだ。








ただどうしてもそのひとことが言えず黙り込むしかできないでいたとき。


ふわ、と。


フェルの頬をやわい風がくすぐった。





咄嗟に掴もうと手を伸ばし顔を上げればあいだを通り過ぎ、ざぁっと音を立て空へ高く舞い上がる。




ただ吹いた風に。












強く目を閉じたあと、真っ直ぐヘイデンを見て言った。



『じゅうぶんな時間休暇をいただきありがとうございました。フェル・パトリ、本日より職務に復帰いたします』



掴み損ねた。それを認めて逸らさない。
弱いということを知りながら、強くあろうとすることも間違いではない。



虚勢を張っていたあのころと、今と。









手のひらを見つめながらフェルはかすかに綻んで、そして握りしめる。




ーー甘えるのは、これで最後にするよ。
















『……きみが自らこの地を選んでくれることに期待していたのは事実だ。だから会えて嬉しいと言ったのはほんとうなんだよ。……ありがとう、フェル』



ヘイデンは追うように見上げていた視線を戻し取り出した封筒を手にして、除隊届これは要らないな、と茶化すように言う。





フェルは笑った。少年のような笑顔で。





















『ーー…という訳でもう関わることはなくなった。殿下はべつとしても臣下として以上の関係はすでに終わっているからね。…フェル、あの子は領地ここに戻りたがっている。きみがいてくれるなら私たちも安心だ。…頼むよ』



そう言い残して、ヘイデンは王都へ戻って行った。







自分のいなかったあいだに起きたことの結末まできいても憤りしかないが、最終的な罰は下されたことになるのだろう。

そう決めたのなら、自分は従うだけ。


もう二度と目にすることがないのなら、わざわざこちらから始末・・をつけに行く必要もない。




ーー誰にも知られてはいけない自身の奥底にあった澱は葬り、再びの侵蝕がされないように思いながら、フェルは広がる景色を見下ろしていた。




















フェルは護衛を抜き去りアンルーのもとへ辿りつく。



「ーーッ」



その手を掴んで、名前を呼ぼうとして。








「っ、!……フェル、……?」





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