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グラーシュ伯爵家
「……セラ……ッ!」
セラ・グラーシュは王城広間の踊り場で泣き崩れていた。
もう姿の見えない婚約者へ手を伸ばそうとあわや階段に手がかかりそうになったとき、兄であるリーヤが現れ既のところで抱き止め事なきを得た。
「っどうした…!何があった!?」
妹は顔を上げず俯いたまま、全身を震わせながらか細い声で言った。
「婚約解消したいって、……シオンさま、……どうして……?」
支えているリーヤの腕に、ぱたぱたと雫が落ちた。
リーヤは妹と、自身の友人でもある婚約者のシオン・シェパードを探していた。
仲の良いふたりには珍しく、不穏な空気が漂っていたからだった。
シオンが妹を迎えにきて夜会会場へと向かうまでは異変など感じなかったーーただ少し、いつもより両親や自分と長く会話をしているなとは思った。
そして丁寧に長く頭を下げている、と。
緊張しているのだと思った。
今日は成人を祝うため開かれる夜会だから。
シオン同様リーヤも婚約者をエスコートし、会場に足を踏み入れるときにはそうだったから。
シオンの様子がおかしいと気づいたのは開会してすぐだった。
ファーストダンスが終わったあと、シオンは妹ではないべつの令嬢の手を取ったのだ。
あり得ないことだった。そんなことは今までなかった。
妹を溺愛していることで有名なシオンだが、家柄と見目から秋波を送られることも多かった。
ただあしらいつつも毅然と断りを入れていた男だったのだーー今日の今日まで。
ざわめくなかで妹は信じられないといった表情で立ち尽くしていたが、次の曲が始まり自然とその輪から弾かれるように壁際へと移動する。
『…リーヤ、』
『…あとで声をかけるよ、いい?』
『今行ってあげて』
『ダンスの途中で?…きみをほうってはいけない。それこそ紳士とは言えないよ』
離れようとする婚約者を引き寄せながら、リーヤは憤りを感じる内心を隠し微笑んだ。
曲が終わり、妹の姿を横目に婚約者を休ませるため座らせてから飲み物を取りにゆく。
様子を窺えば何人かの友人が妹のそばにいた。
なのにシオンは近寄ろうともせず女たちに囲まれている。
リーヤはそれを許している男たちにも、何よりシオンに怒りを感じていた。
よりにもよって何故、この日にー。
『リーヤ』
『殿下』
『あれは何だ、シオンはどうしたのだ。今さら羽目を外すタイプでもないだろうに』
『…私にもわかりませんが、あとで話してみるつもりです』
『そうか。…おい、セラ嬢が退出するぞ』
その声にリーヤは出口を見た。
友人たちに付き添われながら扉を出る妹の背中を追うか迷ったが、王弟がやってくる姿が見える。
父の友人でもある人物に挨拶をしないわけにもいかず、リーヤは足を止めた。
そして話の長い王弟の相手をしながら気づけば、シオンの姿まで会場から消えていたのだった。
妹の友人たちも戻ってきていない。
婚約者に断りを入れ、リーヤは妹を探すため静かな廊下を急いだ。
「……本気で何を考えてるんだあいつは……」
リーヤは妹を抱きしめながら、シオンが去ったあとのホールを睨みつけていた。
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