婚約者が死んだ

雪乃

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グラーシュ伯爵家②

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泣きながら気を失うように眠り、泣きながら目覚めたセラは、瞬きもせずただ薄暗い天井を見つめていた。


どうやって邸へ戻ってきたのか、セラは覚えていなかった。




鮮明に焼きついているのはだいすきな婚約者の姿。



「……シオンさま、」



つぶやいた名前は、夜にとけていった。

















『……お兄さまっおかえーー』



会いたい気持ちが逸り、駆けつけたセラを迎えたのは一月ぶりに会う兄のリーヤではなかった。



『……やぁこんにちは』



夜を思わせる髪と瞳の人物は、読んでいた本を閉じた。
寄りかかっていた窓辺から身体を起こし、ゆっくりとセラに近づく。


休暇に、友人の領地へ行っていた兄が帰ってきたときいたセラはまさか誰かと一緒だとは思わず、顔を青ざめた。
返事をきくまえにドアを開けてしまったのだ。しかも今部屋にいるのはリーヤではない。

動揺しながらも、セラは拙いカーテシーで頭を下げた。



『っ、…し、失礼いたしました…』

『リーヤは馬車に忘れ物をして取りに行っているんだ。…顔を上げて、きみは妹君のセラ嬢だよね?』

『は、はい、セラ・グラーシュです…初めまして、
…あの、…申し訳ありませんでした…』



リーヤとセラは二歳違い。十二歳ながらリーヤは上背があるほうだが、目の前にいる人物はもっと目線が高かった。逆にセラは同年代に比べ小柄なため、
視線は彷徨いがちになり、潤んでもくる。

そんなセラの耳に、ふ、と笑い声がした。



『…ごめんね、こちらこそ驚かせたね。私はシオン・シェパードと言います。よろしくね、セラ嬢』



少し屈んで、目線を合わせて。

やさしい仕草と笑顔に、セラは直前まであった不安を忘れそうになっていた。








それが、セラとシオンの初めての出会いだった。















ーーセラはベッドから這い出ると、ビューローに置いてある宝石箱に手を伸ばした。

何代も受け継がれ、昨年母から譲られた細かな装飾のあるものではなく、セラが依頼しつくったもの。


滑らかなクリスタルの宝石箱にひとつだけ収められているのは、婚約時にシオンから贈られた碧玉サファイアのネックレス。セラの瞳の色。


シオン自ら石を選び、創りあげてくれた宝物。



『きみへの想いを込めた。…気に入ってくれたら嬉しい』



よく似合ってる。


長い指が髪をかき分け、そっと触れながらはにかむように言ってくれた。










ーー夢ならいいのに。


ぽろぽろ涙が零れる。この冷たさも、夢なら。



セラは震える指で、ネックレスに触れようとした。



「ーー、ッ」



瞬間ぱきり、と。


静寂のなかで音が響き、セラの宝石は割れた。



シオンがくれた宝物が。



ふたつに割れて、輝きさえ失ってしまったかのようにそこにあった。





「ーーどう、して、……?」



崩れるように座り込み、欠片となってしまった宝物を両手で抱える。

何ひとつわからなかった。理解できなかった。
どうしてこんなことになったのか、どうしてこんなことが起きるのか。



どうしてシオンは、自分を捨てたのか。





かなしみと絶望に覆われながらほんとうの最悪はこのあとに起きることも、セラは何も知らなかった。












蹲るような姿勢の身体が大きく跳ねた。






窓を見上げる。




きこえた地鳴りのような音の正体が、遠くで赤く揺らめいていた。




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