3 / 3
グラーシュ伯爵家②
しおりを挟む泣きながら気を失うように眠り、泣きながら目覚めたセラは、瞬きもせずただ薄暗い天井を見つめていた。
どうやって邸へ戻ってきたのか、セラは覚えていなかった。
鮮明に焼きついているのはだいすきな婚約者の姿。
「……シオンさま、」
つぶやいた名前は、夜にとけていった。
『……お兄さまっおかえーー』
会いたい気持ちが逸り、駆けつけたセラを迎えたのは一月ぶりに会う兄のリーヤではなかった。
『……やぁこんにちは』
夜を思わせる髪と瞳の人物は、読んでいた本を閉じた。
寄りかかっていた窓辺から身体を起こし、ゆっくりとセラに近づく。
休暇に、友人の領地へ行っていた兄が帰ってきたときいたセラはまさか誰かと一緒だとは思わず、顔を青ざめた。
返事をきくまえにドアを開けてしまったのだ。しかも今部屋にいるのはリーヤではない。
動揺しながらも、セラは拙いカーテシーで頭を下げた。
『っ、…し、失礼いたしました…』
『リーヤは馬車に忘れ物をして取りに行っているんだ。…顔を上げて、きみは妹君のセラ嬢だよね?』
『は、はい、セラ・グラーシュです…初めまして、
…あの、…申し訳ありませんでした…』
リーヤとセラは二歳違い。十二歳ながらリーヤは上背があるほうだが、目の前にいる人物はもっと目線が高かった。逆にセラは同年代に比べ小柄なため、
視線は彷徨いがちになり、潤んでもくる。
そんなセラの耳に、ふ、と笑い声がした。
『…ごめんね、こちらこそ驚かせたね。私はシオン・シェパードと言います。よろしくね、セラ嬢』
少し屈んで、目線を合わせて。
やさしい仕草と笑顔に、セラは直前まであった不安を忘れそうになっていた。
それが、セラとシオンの初めての出会いだった。
ーーセラはベッドから這い出ると、ビューローに置いてある宝石箱に手を伸ばした。
何代も受け継がれ、昨年母から譲られた細かな装飾のあるものではなく、セラが依頼しつくったもの。
滑らかなクリスタルの宝石箱にひとつだけ収められているのは、婚約時にシオンから贈られた碧玉のネックレス。セラの瞳の色。
シオン自ら石を選び、創りあげてくれた宝物。
『きみへの想いを込めた。…気に入ってくれたら嬉しい』
よく似合ってる。
長い指が髪をかき分け、そっと触れながらはにかむように言ってくれた。
ーー夢ならいいのに。
ぽろぽろ涙が零れる。この冷たさも、夢なら。
セラは震える指で、ネックレスに触れようとした。
「ーー、ッ」
瞬間ぱきり、と。
静寂のなかで音が響き、セラの宝石は割れた。
シオンがくれた宝物が。
ふたつに割れて、輝きさえ失ってしまったかのようにそこにあった。
「ーーどう、して、……?」
崩れるように座り込み、欠片となってしまった宝物を両手で抱える。
何ひとつわからなかった。理解できなかった。
どうしてこんなことになったのか、どうしてこんなことが起きるのか。
どうしてシオンは、自分を捨てたのか。
かなしみと絶望に覆われながらほんとうの最悪はこのあとに起きることも、セラは何も知らなかった。
蹲るような姿勢の身体が大きく跳ねた。
窓を見上げる。
きこえた地鳴りのような音の正体が、遠くで赤く揺らめいていた。
11
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
お飾りの私と怖そうな隣国の王子様
mahiro
恋愛
お飾りの婚約者だった。
だって、私とあの人が出会う前からあの人には好きな人がいた。
その人は隣国の王女様で、昔から二人はお互いを思い合っているように見えた。
「エディス、今すぐ婚約を破棄してくれ」
そう言ってきた王子様は真剣そのもので、拒否は許さないと目がそう訴えていた。
いつかこの日が来るとは思っていた。
思い合っている二人が両思いになる日が来ればいつの日か、と。
思いが叶った彼に祝いの言葉と、破棄を受け入れるような発言をしたけれど、もう私には用はないと彼は一切私を見ることなどなく、部屋を出て行ってしまった。
感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました
九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」
悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。
公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。
「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」
――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる